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夏の日の夢 1


 夏至の前夜、人ならざるものたちの不思議の力が強まる晩に摘む薬草は霊験があらたかであるという。

 その夜、フランソワはカトリーヌの屋敷の庭園の隅にある薬草園で、薬草とハーブを摘んだ。

 明日は、花を摘んで花冠をつくろう。

 そうすれば、一年健康に過ごせるという。

 もう十年以上も療養生活を続けていれば、そんなはかない俗信にもすがりたくなる。





 「天使」というより、さながら「妖精」のようだとシャルルは思った。


 シャルルと両親と兄たち国王一家は夏の休暇を楽しむために、少し前からカトリーヌの公爵の屋敷のひとつに滞在していた。そこはカトリーヌがまだ王家の直轄領だった頃からあった別邸のなかで一番規模の大きな屋敷である。王家の要請を受けて、すっかりカトリーヌを気にいったシャルルをはじめとする彼らが休暇でカトリーヌを訪れる際の滞在先として提供されるようになっていた。



 夜が明けて、精気に満ちた清々しい夏至の日の朝――――。

 日が昇り始めたばかりの早朝に朝駆けに出たシャルルと供の者たちの一行は、そのままフランソワのいるレムの屋敷を目指した。


 端からそのつもりだったのだろう。途中レムで休息をとりたいと言いだしたシャルルに、随伴していたアレンは戻ったほうが早いとしぶったものの王子には逆らえず、結局先ぶれとして走らせられることになってしまった。


 やたらこの辺りの地理に明るいシャルルに道案内は不要である。ようやくに得られたフランソワとの再会のチャンス。シャルルは逸る心を抑えきれず、アレンに遅れることたったの五分で屋敷に行きついてしまった。


 そして。

 あわたただしく出迎えに出た家人のなかに、彼女がいた。

 


 おりしも、夏至の日をむかえたフランソワのいでたちは、ついさっきまで花摘みをしていたのだろう。古式ゆかしいシンプルなドレス姿。

 十三歳となったフランソワは、すらりとした肢体に気品が漂い、幼女から咲き初めのたおやかな少女へと変貌をとげていた。ゆるくひとつに編んで左肩へとたらされた蜂蜜色の髪。その身をつつむ衣装のオフホワイトの色合いが彼女の白い肌をいっそう際立たせ、柔らかな素材が彼女のかすかな動きにもまとわりつくように優美な曲線を描いてシャルルの目をみはらせる。胸元と袖、裾の部分にあしらわれた軽やかに透ける生地が、これまたかわいらしさを添えていて、これまで見たどのフランソワよりも、「美しい」とシャルルは心底から感動していた。



 フランソワの手には、つくりかけの花冠が握られている。

 ジャスミンに青やピンク、紫のブルースター、こぶりの花々の優しい色合わせが、白すぎる彼女の指に生気をあたえており、礼をとる彼女の淑やかな動きにつれてえもいわれぬ芳香が彼女の周囲に広がった。

 すかざず花の香りに誘われるように、シャルルが愛おしげにその手をとろうとした。

 ――ところで、ユルグから鋭い声がかかった。


「殿下! 急なご来訪痛み入ります。殿下におかれましてはご休息のために当屋敷へ急遽のお立ち寄りとうかがっております。突然のこととて満足なおもてなしも適いませぬが、遠路お疲れでございましょうから、ひとまず中へお入りいただきどうぞごゆるりと存分にお寛ぎくださいませ」


「……うむ。世話になる」

 慇懃無礼にあてこすられて、さすがのシャルルもそのままフランソワを連れ去ることはできなくなった。

 おまけに案内された客間のソファに腰かけて先程から大人しく紅茶を飲んで待っているのだが、ユルグもアレンもなかなか現れない。

 手持無沙汰で瀟洒な室内を見回していると、控えていた侍女が二杯めの紅茶を注いでくれた。



 ここまで歓迎されていないとは……。

 しかし、こうでもしないとほんとに会えないのだから、仕方がないというものだ。


 今回のカトリーヌ行きは、シャルルにとってまったくの期待外れだった。

 王家はこのあとリーヌの森で狩りを楽しんだあと、王都へ帰る。

 狩りにフランソワはもちろん参加しないし、狩猟小屋へも顔を出さない。


 アテがはずれた――――。


 がっかりすると同時に、ほっとした側面もあった。

 今回は、シャルルの腹違いの二人の兄も一緒に来ている。


 …………この兄たちは二人とも、――――女好きだ。


 フランソワへの執着ぶりから、特にエルガー伯家側にしてみたら、「あなたがそれを仰いますか」と鼻で笑われそうなものなのだが、その点についてじつはシャルルも多少は自覚していた。

 しかし。抑えられない。会えないように邪魔され続けているのだからなおさらである。恋する若者にその仕打ちは、ますます恋情が募るというものだ。



 それでも、兄上たちよりはマシだ。――――と、密かにシャルルは思っている。

 兄たちは、見境がない。噂にのぼった女性たちの顔をざっと思い浮かべてみても、一貫性がない。

 そのなかにはシャルルが社交の場で見知っている女性もいる。容姿も性格も様々だが、よくよく観察してみれば共通項はあった。

 それは、シャルルでさえ眉をひそめるものだった。


 兄たちの好みは、器量がよくて年の若い、無垢な女性。

 いくら美人でも、気が強かったり才気走った女性は苦手だった。



 今のフランソワを、兄上たちがご覧になったら――――?


 ゾッとして身震いがした。

 以前兄たちがフランソワと対面したとき、彼女はまだ七歳だった。彼女より七歳以上も年の離れた兄たちには子供としてしか映らなかっただろう。

 だが、今はどうだ?

 十三歳といささか若すぎるとはいえ、あとは兄たちの嗜好にドンピシャではないか。




 第一王子は、既に妻帯していながら愛人との間に子をなした、という醜聞がある。

 彼の妻は公爵令嬢だった。美しく賢く慎みもある女性だが気位は高い。婚約時代からそりが合わず、結婚してからもそれは変わらず夫婦仲は冷えきっていた。

 そこに。

 妃に懐妊のきざしもないまま、なんと結婚から一年後に男子ご誕生。

 これには妃だけでなく、公爵家が激怒した。お相手の令嬢の実家は、過去の代にまでさかのぼって瑕疵がないかと調べられ気の毒に社交界から追放されてしまった。



 なにより酷いと感じたのは、問題を起こした張本人であるはずの兄が、令嬢も我が子も守らなかったことである。

 令嬢は社交界にデビューして間もないうぶな女性だった。彼女の可憐な魅力に崇拝者は数知れず、よい縁談の話がいくつもあがっていたそうなのに。

 十六歳という若さで、母は子とともに僧院へ送られた。


 むろん、それらのことは内密に処理された。だが、人の口に戸は立てられないものである。

 憶測が憶測をよび、ひとびとの間で密やかにささやかれていくうちに真実がどれなのかわからない体になっていた。



 ――ただ、ここにとばっちり、……実害をこうむった人物がいた。

 誰あろう、第一王子の片親だけとはいえ血をわけた弟、第三王子のシャルルである。

 それ以来、さらに露骨さを増してきたエルガー伯家の妨害に閉口したシャルルは、あるときとうとうグレアム候に噂の真相を問いただした。


 しかして得られたその真実に、「俺を兄上たちと一緒にするな!!」と激高して、候にたしなめられたのは苦い思い出である。

 




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