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閑話 2


「フランソワは?」


 この日、いつもは閑散とした離宮は多くの人の出入りでごった返していた。

 前日から捕り物のために離宮につめていたエルガー伯家の兄弟たちは、三兄のエリックと末兄のアレンがこの日、明日からの予定を繰り上げて離宮に滞在されることになった国王夫妻の警護の体勢が整うまで引き続きとどまるよう言い渡された。

 次兄のユルグはフランソワを伯爵邸に連れ帰る、はずであった。が果たせずして、フランソワともども夜半になっても未だ離宮にいた。

 フランソワとユルグのためにあてられた客間の一室に、休憩になった兄弟たちが集まり、ユルグは王子の病床の傍を頑として離れようとしないフランソワを迎えにいったのだが……。


「気のすむようにさせてやるしかないだろう」

「陛下も好きにさせてやれ、って仰ってるし」

「うむ。それでだな、さっき父上と母上が、こちらにおみえになると連絡があった」

「それか! どうりで陛下がなんだかやけにフランソワに同情して、そのくせ彼女を帰すまいとしてるようで、奇妙だと感じたんだよな。さては公式行事以外で父上たちと会う口実に、フランソワを利用したな」

「まぁ、殿下の命に別状はないとわかってるし。利用できるものは、なんだって利用するんだろうさ。それに……」

 ユルグがゆっくりとカップのなかの紅茶を飲み干す。

「殿下もきっと夢のなかで言ってるぞ。今日くらい、フランソワと二人でいさせろって!」

 兄弟が同時に吹きだした。

「殿下は年の割にマセガ……コホン、早熟でなにかにつけてフランソワと二人きりになりたがったからな」

「ほんと。マセテたよな」

「俺、未だにハッキリ覚えてるから。殿下の、あの……」

「あ~。アレ、ね」

「俺は、覚えてないから!」

「アレンは殿下と同い年だからな。無理も……」

「……なくはねーよ! あのエロ王子は、きっちりあのときのこと覚えてんだから」 




 カトリーヌ侯領、建国史に燦然とその名を刻まれた聖女の名前をいただくこの地方は、美しい自然とノスタルジックな街並みが調和した大陸屈指の一大リゾート地である。

 元は王家の直轄地であったが、フランソワの母カトリーヌのゴリ押し降嫁の折の持参金の一部となり、現在は夫妻が共同で管理している。

 ちなみにまったくの余談であるがこの国では、女子の名前では「カトリーヌ」が、男子の名前では「ダニエル」が一番人気であり、もっとも多いといわれている。



 伯爵家が体の弱いフランソワのために毎年訪れている保養地も当然ここカトリーヌであり、その年の気候なども考慮して所有する屋敷のうちからひとつを選び、或いは新たに建造してそこで過ごすなど、ここでも一家の過保護ぶりは徹底していた。



 「それ」が起こったのは、フランソワが四歳の誕生日を迎える年のことであった。

 国王がカトリーヌを含むこのあたり一帯の国土の視察旅行という名目で、カトリーヌにある侯爵の館にも滞在されることになった。ここまでは、別に問題はない。おかげで迎える側がそのための準備で大わらわだったとか、この際だからと陛下の宿泊される部分を豪華に改装したりとか、はとりたてて言うまでもないことである。

 ところが社会勉強という大義名分のもと同行していた第三王子に、「疲労がたまっているようだから、二~三日休ませてやりたい。どこだったかな? ご息女が療養しておいでの屋敷は?」と、国王が逗留先まで指定して、療養中のフランソワを強襲させたのである。

 ――――と、一家は今でも思っている。




 ――――どこが、疲労がたまっているって?


 王子殿下へのご挨拶に顔を出したフランソワを、シャルル殿下は離そうとしなかった。

「久しぶりに同じ年頃のお子様と遊べて嬉しくていらっしゃるのでしょう」

 と殿下の侍従は取り繕ってみせたが、この屋敷には殿下と年が同じのアレンもいれば他の兄弟もいる。


 なのに、つきっきりでかいがいしく幼いフランソワの世話をやく殿下のその姿は、ほほえましいを軽く通り越して兄弟たちにある危惧を抱かせるにじゅうぶんなものがあった。


 フランソワがお昼寝の時間になり、侍女にともなわれて皆と一緒にいた部屋を出ていこうとした。

 するとシャルルも、当たり前のようにその後をついていこうとする。

 長兄がさりげなく止めに入ったのだが、そこでひと悶着あった。


「フランソワはお昼寝の時間がきたので、殿下はこれからは僕たちと一緒に遊びましょう」

「うん、でも僕はフランソワが寝るなら、僕もそこで一緒に昼寝をしたいな」

「殿下。お休みになりたいのでしたら、殿下のお部屋へ……」

 見かねた侍従の言葉を、シャルルはさらりと一蹴する。

「聞こえなかった? 僕はフランソワと一緒にいたいんだ」


 これに、とうとうアレンがきれた。


「フランソワは僕たちの妹だ! 僕たちだって眠っているフランソワのジャマをしないようにって部屋から追い出されるのに。いくら王子様だからって、寝ている妹と一緒にいたいだなんて、そんなのダメに決まってる!」


 ところが、である。アレンの懸命の抗議を、シャルルはこともなげに片づけた。


「それは、きみたちが兄妹だから」


 苦りきった兄弟たちの顔が、殿下の言葉の意味をはかりかねて、一様に困惑へと変わる。


「兄妹はずっと一緒にはいられないんだよ。お嫁さんになったら、離れなければならないんだ。そのてん僕たちは、将来は結婚するんだから、いつまでも一緒にいられる。フランソワは、僕のお嫁さんになるんだから、僕のものだ。だから、お昼寝の時間も、一緒にいてもいいし……」


 このときシャルル殿下、御年五歳。

 子供どうしの会話から端を発したとはとうてい思えぬ殿下のこの迷言は、この場に居合わせ者だけでなくその話を伝え聞いた者皆を震撼させた。


「……あなた」

「気にするな。五歳の子供の言うことだ」




 

 今を去ること二十八年前、外征で当時王太子だった現国王陛下の護衛を務め、以来気に入られてしまったエルガー伯爵は、相手が陛下だろうと遠慮がない。

 伯爵に陛下から寄せられる好意を光栄に思う気持ちがないわけではない。

 だが、「不吉な王女」との噂が広まりすっかりいき遅れてしまった第一王女の降嫁先としてエルガー伯爵に白羽の矢を立て、陰で強力にプッシュしたのが他でもない王太子時代の陛下であったことを知り、おかげで早々に年貢の納め時を迎えることになったエルガー伯爵は、人の目のないところではいつしか義兄として容赦なく陛下に毒を吐くようになっていた。そしてそれを当の陛下も歓迎している。



 ――――で。

 その伯爵が、このときも陛下に思いっきり罵声を浴びせたのは、言うまでもない。


「誰だ!? 思い込みの激しい子供に、こんなとんでもないことを刷り込んだバカは!!」




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