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花冠


 庭園を吹き渡る風が、かすかに湿り気を帯びてきた。

 フランソワは流れる雲を見上げる。


「もう、じゅうぶん集まっただろう? 屋敷なかへはいろう、フランソワ」


 一緒に草花を摘んでいたアレンの声に、フランソワが立ち上がる。

 花であふれんばかりになった籠は、アレンがすかさずフランソワのもとからさらっていった。


 ……また。シャャルル兄様の真似をしてる……。


 最近、アレンはフランソワの前で長兄シャルルの真似をすることが増えてきた。

 どうやら、そうするとフランソワが喜ぶと思っているらしい。


 王子シャルルとマルセル、そして父と長兄シャルル、――彼らの供をする者たちが出ていって、屋敷は火が消えたようになってしまった。


 ほんのひと月ほど前には、王子たちをもてなすために、屋敷をあげて心を尽くして準備をしてきた。

 忙しそうにしながらも、母はいきいきと楽しそうにしていた。

 マルセルが到着して、遅れて王子が――。

 フランソワにとって、めまぐるしくも、はなやいで楽しかった二日間。


 それが、タリス子爵あのひとが来て、一変してしまった。

 あのひとが来て――、その翌日には、王子たちは予定より早く都へ戻らなければならなくなった。

 それに先立って、父と長兄たちも都へと旅立っていった。


 それから、――母の顔に、疲労の色がにじむようになってしまった。ほんとうに注意して見なければ、わからない程度ではあるのだけど。



 客たちも含めて大勢いたひとびとのおよそ半数ほどがいなくなって、それでなくても広大な屋敷がよけいに広く感じられる。

 こんなに、――寂しかったのか……とも。





「違う、フランソワ。そこはこう」


「…………」


「違うってば。もうっ、貸して、俺がやるから」


 こういうところは、シャルル兄様の真似はしないのか。


 アレンはじれったそうに、フランソワの手許からつくりはじめたばかりの花冠を奪っていった。


 フランソワは、ぷっとむくれた。


 さっきからさかんに、アレンはフランソワにダメだしをしてくる。


 フランソワの小さな手は、花たちをうまく扱いきれず、すっかり持てあましていた。

 花茎を巻きつけていく力の加減がまちまちで、間があきすぎたりゆるくなったり、それは花の数が増えるにつれてひどくなってゆき、しまいにはバラけてきたり、とさんざんな有様だった。


 ではアレンはどうかというと、フランソワにしてみれば、じぶんとそんなに変わらないと思うのだ。

 まだいくらかマシという程度で……。

 長兄シャルルのつくる造形的にも色彩的にも完璧な花冠には、遠く及ばない。


 なにをしても、そつなく、なおかつ周囲の期待以上にこなしてしまうシャルルは、アレンだけでなく他の二人の兄弟たちにとっても、憧れであり目標である。


 シャルル兄様がいれば――。


 こんなとき、フランソワとアレンの間にはいって双方の気がおさまるよう、うまくはからってくれるのだが。

 次兄ユルグなら、問答無用で花冠をアレンから取り返してくれるだろうし、三兄エリックであれば、「見ていられない」とさらにアレンから取り上げて、時間をおいてフランソワに返してくれるだろう。


 二人はいま、乗馬の稽古もかねてジャンについて屋敷の外へ出かけていた。



 アレンは、フランソワの編んだものを一度ほどいてからやりなおせばいいものを、それをひとつずつ締めなおしたり位置を整えたりして、なんとか花冠かたちになるよう調整しようとしているようだった。

 ――相手は植物である。あれこれといじりすぎれば当然、茎はくたくたになり、せっかくの新鮮な花も精彩を失ってしまう。

 案の定、アレンは悪戦苦闘していた。


 すこしの間、フランソワはじっとその様子をながめていた。彼女の花冠は、花と花の間隔がつまって締まったぶん、心もち花の元気がなくなったような気がした。だんだん見ているのがもどかしく、切ない気持ちになってくる。だが、ここで手を伸ばすとケンカに発展するのは目にみえていた。

 フランソワの脳裏に、母の顔がちらりと浮かぶ。


 フランソワは躍起になって頑張っているアレンのほうをなるべく見ないようにして、テーブルの上に種類ごとに並べられた草花の束へとむりやり関心をうつした。


 前のより、もっとずっときれいですてきなのを、つくってやるんだから。





 アルティエ家では毎年、夏至の朝に、花冠をつくっている。

 武門で知られるこの家で花冠をいつからつくりはじめるようになったのか、フランソワは知らない。ただ、「その年を息災に過ごせる」という迷信にあやかろうと続けられているのだということは、幼いフランソワも肌で感じていた。



 去年は、家族みなで花冠をつくって、贈りあった。

 この一年のみなの無事を感謝し、来る一年のみなの健康を願った。


 母やシャルルはともかく、父が意外に器用だったのは驚きだった。センスという点では母たちに譲るとしても、かっちりとした仕上がりでは一番だった。

 父のてづくりの花冠を、父から頭に載せてもらったときの、母のあの少女のようにはにかんだ笑顔が、フランソワは忘れられない。


 今年の夏至は、家族が集まって過ごすことはないかもしれない。


 ――それで、お母様の元気がないのかもしれない。


 フランソワはそう思った。

 父と母が別々に暮らすことは珍しくはなかったけれど、――それも、自身の身体のせいだということを、いつの頃からかフランソワはわかるようになっていた。

 だからこそ、そうした特別な日に家族がそろうことが、父の隣りで満ち足りた様子でいる母の笑顔が、フランソワにはなにより大切だった。



 今年は、――お母様は、お父様から花冠をもらえないかもしれない。

 だから? だから、お母様は……?

 ――だったら。


 それは、とてもよいことのように思えた。

 それで――。

 フランソワは、密かに決意した。


 今年の夏至は、お母様のために、お父様やシャルル兄様のぶんも花冠をつくろう。



 ――が。

 ここにひとつ、大きな問題があった。

 去年のフランソワの花冠は、ほぼ「シャルル作」といってもいいものだった。フランソワはシャルルの横に座って、問われるままに使いたい花の希望を伝えて、望みどおりにこしらえてもらったのだ。


 シャルルだけでなく、ユルグやエリックも、花冠づくりはうまい。

 じつは、上の三人の兄弟たちはフランソワのために、彼らの将来にいったいなんの役にたつのだというこの技を覚えるだけにあきたらず、それこそ地域の祭りのためのリースづくりにまで手を染め、いつしか祭りの参加者たちから賞賛をあつめるまでに上達していたのだということを、フランソワは知らなかった。



 ――しかし、このところ母だけでなく、ユルグとエリックも忙しくしている。

 彼らに頼ることは、はばかられた。

 そこで、フランソワは決意をあらたにした。


 夏至までに、いっぱい練習して花冠を自分でこしらえられるようになる!





 他の兄弟たちよりもっとも年齢としがちかくて一緒にいることの多いアレンには、すぐにフランソワのやろうとしていることがばれてしまった。


 アレンは、出発の日の朝シャルルからフランソワたちのことを頼まれていた。そのせいもあるのか、彼は、兄たちのかわりだとばかりに以前にもましてフランソワにかまってくる。


 いつもアレンは誰よりも一番フランソワの身近にいて、たくさん遊んでくれて、なにくれと面倒をみてくれた。

 ときには、さっきのような空回り――もあるけれど。


 もっともアレンがフランソワの手がけた部分をあえてほどかなかったのは、彼の優しさであることに、フランソワは気がついていない。

 出来はどうあれ四苦八苦して編んでいたのに、眼の前でいともたやすくばらばらにされてしまっていたら、フランソワはきっと傷ついていただろう。


 それでも、上の兄たちのように、――もう、手を出してしまいたい! しかし、そこをぐっと辛抱して見守る!! ――という域にまで達するに、アレンの道のりはまだまだ、……程遠かった。





 ともあれ、アレンがこんなふうにフランソワにかまってくるのは、フランソワにとってはありふれた日常のことである。

 だが最近、変化があった。

 アレンがかまってくると、不思議と――王子のことを思い出す。


 王子シャルルの世話やきも、そうとうだった。

 ふたりとも、ちょっとかまいすぎではないかと、フランソワでさえそう思う。

 アレンには、ときにその不満を言葉にし、態度でしめすこともある。

 だが王子には、どうしてだか、そんな気はおきなかった。




 王子が帰ってしまって、思い出すだけの存在になってしまって、ある時そのことに気がついて、――どうしてだろうとフランソワは考えた。


 ……王子様は、お兄様ではないから?

 よそのひと、だから?


 それも、あるかもしれない。

 でも、それだけではないような……。

 一緒にいると、くすぐったいような、恥ずかしいような……?


 まるで、――女の子のようにきれいな王子様だった。


 ……それで、かな?

 ほんとに、おはなしのなかにでてくる王子様みたいだった。


 きれいで、優しくて、……ちょっと強引だけど、でも乱暴ではなくて。

 話す言葉も、――わかんない言葉も多かったけど……。

 ――近くにいると、いい匂いがした。

 兄様たちと、違う匂い……。

 お母様や、エマとも、もちろんお父様とも。




 あれほど咲き誇っていたアイリスの花も今はまばらになり、かわって薔薇園の花々が咲き匂うようになっていた。


 思い返していると、夢をみていたのではないか、と心もとなくなってくる。


 王子様と一緒にいるとき、わたしは熱っぽかった。


 王子様に、あんなにも親切に、大切にされているじぶんが信じられなかった。


 夢のなかで、大好きな物語の世界に迷いこんで、おはなしのなかのお姫さまのように……。




 ――――あ!


 フランソワは、眼を見開いた。


 夢ではなかったと、証明してくれるものがあった。

 あるはずなのだ。

 王子様からもらった、あの、きれいな宝玉いしが――。

 どこかに。






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