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第二部

 お葬式に呼ばれたのは、少なくとも5人。一斉送信で最寄駅等を知らせてくれたメールには名前が5つ表示されていたから。


 本来はアットマークを含むアルファベットの羅列であるはずが、きちんと漢字の氏名で表示されていた理由は、全員が、中学の部活の同級生だったから。茶道部は人数が少なかった。



 お葬式に行くために集合した最寄駅。早く着きすぎた私は携帯電話を取り出してその旨を小春にメールで送った。訃報を知らせてくれたのも、最寄駅を教えてくれたのも小春だったから、小春に伝えれば十分だと思って。


 数分経ったけれど、返事はなかった。


 雨が降っていた。けれど、駅の中にいる私は、斜め上に向けた視線の先にある曇天から、その様子を他人事のように眺めていた。駅の中といっても、まだ辛うじて駅という建物の恩恵を被る場所に立っているだけなのだけれど。


 雨音に混ざって聞こえた足音に改札を振り向くと、黒いズボンの上に白い半そでシャツを着た高身長の男子が、財布をカバンにしまっているところだった。


 晴司(せいじ)は私を見ると、その人柄ゆえの愛想笑いを浮かべる。


「お、新冨(しんとみ)の制服じゃん。いーな」

「そう? 私は帆南(ほなみ)のセーラーと学ラン、好きだけどな」


 高校が別々だから制服が違う。


 晴司に褒められながら、私は首元のリボンに触れた。晴司は雨のせいで癖毛が邪魔だとでも言いたげに、その短い髪の先をつまんでいる。背が伸びたのに中学のときと変わらない癖だと、目を細めた。


「…茶道部以外、誰が呼ばれたか知ってる?」

「いや、知らない。けど、俺らだけじゃね?」

「そう? なんで?」

「だって、愛美、いまは部活入ってなかったし。クラスでも一番仲良かったのは小春だしな」

「そうなんだ…」


 電話くれたときの小春、声が震えてたな、なんて。昨夜のことを脳内に再生しながら考える。


「っていうか、晴司と愛美と小春がクラス一緒なの?」

「うん。帆南、クラス替えないからさ、ずっと一緒だったんだよね」


 晴司は目を閉じて、その唇で弧を描く。その様子を見上げながら、私も目尻を下げた。


「そっか。いいな、みんな一緒で」

拓也(たくや)は隣だけどな。最初はアイツだけクラス違うって拗ねてたよ」

「拓也、この間会ったなぁ。なんか彼女できてチャラくなってた」

「分かる、あのままで大丈夫かな、アイツ。受験転びそう」


 ははっ、という擬音語が似合いそうな笑いを零す晴司。確かに、とその声に少し笑いを含めながら同意した。


 再び足音が聞こえ、振り向いた私達の前に現れたのは、長いストレートの黒髪を耳の下で結んだ小柄な女子高生と、雨にも関わらずサラリとした茶髪を邪魔そうに掻き揚げる細身の男子高生。

 そんな小春と拓也を数え、足りない茶道部員に、晴司が先に疑問を呈じた。


結奈(ゆいな)は?」

「現地集合するって。あとは深上(みかみ)くんだけ…」

「深上? 誰、それ」


 一方、私は知らない名前に眉を顰める。小春の言い方だと拓也も晴司も知っているようだから、現在のクラスメイト、だろうか。

 すると、小春が小さく口を開く。


「覚えてない? 愛美の幼馴染の…」

「あ…あー、名前、(しょう)だっけ?」


 深上翔というフルネームを漢字に変換した上で漸く浮かんだ顔。

 愛美の幼馴染で、野球部で、明るくて、いつもふざけてて、優等生みたいな愛美とは反対に、悪ガキという典型表現が当てはまりそうな男子だった。


 そうか、幼馴染だから来るんだ、と安易に考えたことを読み取ったかのように、拓也が傘を開くべくその準備をしながら口を開く。


「付き合ってたんだよ。愛美と」

「え、そうなの?」

「高校入ってすぐな」


 知らなかった…、と私は小さく返事をした。そうだ、私は何も知らない。


「あ、来た」


 晴司の言葉に私達が一斉に見た先には、ICカードを使って改札を通過し、少し俯き加減に歩いてくる男子がいた。

 制服はみんなと同じ帆南の学ランで、長身で短い黒髪だった。いかにもスポーツ少年って感じ、と馬鹿でも言えそうな感想を抱く。


 深上くんの目の下には隈ができていた。肌の色が黒いからあまり目立たないはずなのだが、そこを敢えて注視した自分の思考──彼女を失くしたこの人の哀しみはどれほどだろう、取りあえず眠れていないのではないだろうか、という、月並みな想像──が読めるようだった。


「ごめん、俺が一番遅くて」

「いいよいいよ。行こうぜ。あっちだっけ?」


 私の記憶の中にいる深上くんは、いつでも笑っている人だった。普段からその顔に明るい子供らしい笑顔を浮かべて、偶に叱られたときにも笑って誤魔化して。


 その人が、ちらとも笑わない。


 拓也に言われて、私達は雨の中を歩き出す。梅雨だから仕方がないことかもしれないが、雨が多く蒸し暑い季節、みんなの肌はじっとりと汗ばんでいた。


 私は一番前を歩いている深上くんの顔を斜め後ろから盗み見たが、表情は分からなかった。ただ、いくつも玉を結び流れていくその汗を拭おうともしないことしか、分からなかった。



 愛美はクリスチャンだった。

 尤も、それを知ったのは昨晩、小春から訃報を受け取った時。クリスチャンの場合の適切な名称を知らないし、若しくはクリスチャンにも共通しているのかもしれないが──お葬式は教会で行われると聞いたから、知っただけだ。

 そんな話、したこともなかった。


 教会に着くと、結奈がいた。普段のツインテールだと派手だと思ったのだろうか、それとも高校生になってからはツインと言っても低い位置で結ぶことにしたのか、私は知らなかった。


 揃って現れた私達を待っていた結奈は、私が目の前に来たタイミングで、赤く腫らした瞳に私を映した。


「…久しぶり、真由(まゆ)

「久しぶり…」


 なんと続けるべきか分からず、黙った。結奈もそれは同じだったらしく、結奈も含めた私達6人はゆっくりと教会の敷地内へ足を踏み入れる。


 教会内と称されるであろう最も手前の位置にいる2人の、中年のおばさんの前に名簿のようなものがあった。名前を書き込むように言われ、私は6人の中で4番目にそこに名前を書く。


 そして、手渡されたのは、和紙のような白い紙でできたしおりだった。


 併せて小さな箱も手渡されたが──これは、返礼品と言うのだっけ──あまり関心は湧かなかった。


 それよりも私の目を釘付けにしたのは、そのしおりに書かれた“空清(からすが) 愛美 葬儀式”というタイトルだったから。


 自分の足取りの態様は、あまり覚えていない。


 ただ、イエスキリストが(はりつけ)にされたというその十字架がある、内部に入り、先に入っていた3人に続いて座ろうとしたとき、真っ先に目に入ったのは愛美の写真だった。

 愛美は表情豊かだった。けれど、その写真はそんな愛美の表情の一部を切り取り、そこに押しこめていた。

 無表情というほどではないし、無愛想というほどでもない。ただ、そこにいるのは“写真のため”の、愛美の緊張した表情だった。


 その写真は、俗に言う“遺影”だ。


 そのことに気づき、不意に目頭が熱くなった。その“遺影”を見れば見るほど、今、私がここにいる理由が、“空清愛美”の“葬儀式”ゆえだと無慈悲に知らされる。



 昨晩受け取った訃報は、それだけ切り取れば何の意味も持たないただの言葉だった。先ほど駅に元茶道部員が集まった瞬間など、中学生の部活が始まる前ならよく見られた光景だった。現地集合の結奈がいなかったように、全員が揃っていないことに特段の理由などなかった。


 はずだった。


 愛美はいない。愛美は死んだから。今日は愛美の葬儀式。


 どうして。


 思考できなくなった頭は、ただひたすらに愛美の“遺影”を私の脳に情報として送り続けた。その情報は“愛美の死”という現実をただ私に押し付けた。


 その現実に耐えることができていない証拠は、私の目から溢れている。


 どうして。どうして。どうして。


 どうして、愛美はいないのだろう。


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