第一部
その知らせは、突然だった。
「え──…」
携帯電話を握りしめて、私は、息を詰まらせる。
「──…そう、教えてくれて、ありがとう…」
通話を終了した携帯電話は、最早友達の声を届けず、代わりに一般の電話に備わる機械音を発する。
その音を暫く脳へ伝わせた後、私は携帯電話を耳から離した。耳に押し当てたせいで僅かな水分が画面に広がり、その所為で画面が奇妙な具合に曇っている。
手のひらで強く画面を拭い、通話終了を示している画面を確認し、パチンと携帯電話を折りたたんだ。
左手から滑り落ち、机の上に放り出された携帯電話はゴトリと音を立てる。
手のひらに収まる程度の四角いそれを眺めていたけれど、不意に焦点が合わなくなった──否、焦点が合わないというのは間違いだった。目の上にある透明な膜が、視界に入る事物の境界を歪めていた。
頬を異物が流れる。痒い、と感じた。
──訃報、だったのだ。中学の部活が一緒だった、友達の訃報。
高校は別。今となっては、下校時の電車で偶然会うくらいしか、彼女との接点はなかった。
特別連絡を取り合う仲ではない。出会えば友達だから会話をする。でも出会う頻度は低い。だから、会話の頻度も低かった。
──私は、中学の部活を途中でやめていた。県内一の進学校を志望する親と、成績を下げていく私。元々親に反対されて始めた部活だから、2年の終わりに辞めるよう言われた。
そして、私は、顧問以外には言わずに部活を辞めた。事後的に、同学年の子達にメールの一斉送信で伝えた。
そのときに感じた後ろめたさから自らの告白を削除した私には、厳密になんという言葉を遣ってその旨を表現したのか、覚えがない。
覚えているのは、直後に彼女から個人的な連絡が来たこと。
確か、こんな内容だった気がする。辞めちゃうんだね、たくさん悩んでたんだね、なにも相談に乗ってあげられなくてごめんね、がんばってたの知ってるよ、今まで楽しかったよ。
思わず、嬉しくて、今と同じように視界が歪んでいた。
止めどなく走っていた線は、やがて頬という道を失って空中に放り出される。床に当たって形を変えたけれど、透明だから、床に同化する。
「…あいみ──」
その名前は、どこから出てきたのだろう。腹か、喉か、口か。
声が出てくる場所なんて、一般にそのうちのどれかだと表現されると思うのだけれど。私には、どこから声が出たのか分からなかった。
今しがた受け取った訃報の主の名前は一人しかいない部屋で広がる。
その名前に振り向くはずの人が、この世から消えたと、聞いた。
嗚咽を漏らしながらリビングに現れた私に、親が驚いたのは当然だった。
大学受験を控えた私だったが、まだ6月で、世間一般の追い込みの時期に突入した感覚はなかった。だから、今まで特に受験を理由に神経質になった事はない。そんな私のそんな態様に驚くのは、当然。
親に事情を説明して、明日は学校を休みたいと、告げた。
「明日、お葬式なの。午後からだけど」
頭を撫でて慰めてくれる母親に抱き着いて、泣き叫んだ。日付が変わる直前に、もう寝間着姿の親に、すがった。
哀しかったんだと、思う。