第1部 夢の世界へようこそ
「……暑い」
夏の日照りと目の前のPCの排熱によって室温は最悪
その上蝉がミンミンと騒音を立てており余計に暑さを強調させてくる
うちの部屋にはエアコンなんて便利なものはなく、扇風機と風通しの悪い窓を全開にして何とか夏を凌ごうとしている最中だ
ただ、それでもやはり……
「暑い……あ」
暑さによって集中力を欠いた俺は操作ミスをし、操作していたキャラクターは一発で倒されてしまった
「……ごめんなさい。リザおねっと」
PTメンバーに謝罪のチャットを送りつつリザレクションをかけて貰うのを待っていたとき、それは起こった
PCの画面が真っ青になったのだ
一瞬何が起きたのかわからず俺の頭も真っ白になった
「はぁ!?後少しだったのに!?1時間以上殴ってたのに!?嘘だろ!?」
カチャカチャとキーボードを叩いても当然応答はなく……暑さに耐えてひたすら敵と戦っていた時間は無に帰ってしまった
「……はぁ~~~」
大きなため息とともにPCの電源を長押しして、強制終了させようとしつつ
「……ゲームの世界なら、こんな事にならずに済むのにな」
そんな現実では有り得ない事をつぶやいたのだ
まぁ、誰にだってあるじゃん?そんなバカな事を考えること
教室にテロリストが来ないかなとか、何かバイオハザード的な事が起きて街が大変な事になるとかさ
それで自分は颯爽と主人公のように立ち回ったりとか、こんな事が起きたら俺ならこうするとか妄想したりとか
やっぱり皆一度はすると思うじゃん
世間ではそれを中二病だとか言われてしまうけどさ、でも一度や二度、そんな経験ぐらいあるだろ?
こんな夢も希望もない世界で、少しぐらい夢を見たっていいじゃないか
「……バカみたいだよな」
俺はニートで、ロクデナシの穀潰しだ
そんな人間が自分の考えを正当化しても誰も耳を貸したりはしないだろう
思考が少し後ろ向きになったときにふと思った
……PCの電源が切れない
「あれ……?」
仕方ない、あまりやりたくないけどコンセントを引き抜いてしまおう
そして、コンセントを抜いてみたのだが
……画面は真っ青なままだ
「……一体、何が……」
背中がじんわりと汗を書いた
いや、暑いからとかじゃなく、冷や汗だ
何かがおかしい、何かが……
その時、真っ青のPC画面から突如とんでもない速さで無数の黒い腕が飛び出し俺を掴んだ
「なっ!?」
ああ、これは悪い夢だ
そんな事を考えつつゆっくりと意識を手放した---
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「---」
……何かが聞こえる
……何か柔らかい?
頭の部分が何かに乗っているのだろうか
背中とかは硬い床にいるのに……頭だけが柔らかい感触にある
「起きて……」
女性の声?
……そうだ、俺は確かあの黒い腕に掴まれてそれで……!
自身に起きたことを思い出して目をあけると
「ねぇ、いい加減起きてくれない?」
鬼の形相をした何かが視界に広がっていた
「うわああああああああああああ!?」
慌てて飛び跳ねその鬼から距離をとる
「ぷっ!あ、あはははははは!さいっこう」
「な、なななななんだ!?鬼!?つうかここ何処!?俺殺される!?」
「あははははは。少しは落ち着きなさいよ。進藤和也。これ、ただの仮面よ」
「え?」
「ほら、ね?」
仮面を取り外したその下にはとてつもない美人がそこにいた
いや、美人っていうかさ、まるでゲームとかアニメに出てくるあれ
あんな感じなやつ
それぐらい美人な赤い髪の、女の子
「ほらね?じゃねーよ心臓止まるかと思ったわ!あんた誰だよ!ココドコだよ!?なんで俺の名前しってんの!?」
「質問が多いわよ。和也。少しは落ち着きなさい」
「いや、だって」
「私はフレイ。この世界の……んーっと。神様?」
「はぁ?」
「あんた、ぶち殺すわよ?」
「ごめんなさい」
フレイと名乗った自称神はとんでもなくかわいい笑顔で物騒なことをいいのけた
いや、まぁ信じてないけど殺されるのはごめんだ。さっきの変な腕も怖いし
「あんたの名前を知っているのは神様だから。ここは私の仕事部屋」
「……もしかして俺、死んだとか?それでここは死後の世界で俺はこれから地獄か天国かって」
「いや、全然?」
「はい?」
「あんたは私が気まぐれで呼んだのよ」
「……何ですと?」
「だって、あんたニートだし、ずっとゲームやってるし、攫っても問題ないでしょ?」
「……おいこら!確に俺はニートだしゲームばっかやってるけどなぁ!?……やってるけどなぁ……」
「言い返すならちゃんと言いなさいよ……なんかごめんね」
「いいんだ……ニートだし……」
「ほ、ほら。元気出して?ニートって言ってもまだ学生だし。ね?それにちゃんと訳があるわけだし……」
「慰められると余計辛い……」
「ああもう!とにかく!」
「え?」
フレイが手をかざすと目の前に謎の白い扉が現れた
なにこれすっごいファンタジーっぽい!
「これから私と、異世界に行くわよ!」
「……異世界?」
「そう。ゲームの世界みたいなものよ。行きたいって言ってたわよね?」
「……いや、そりゃ確かに行けたらいいなとは」
「あ、ちなみに拒否権はないわ」
「ちょっと!?意味がわからな……ひぃ!?」
その白い扉からさっき見た黒い腕が伸びてくる
「それじゃあ行くわよ!転移!」
「どうしてこうなるんだよおおお」
父さん、母さん、そして妹よ
俺、生きて帰れないかもしれない
ロクでもない息子、兄でごめんよ!