初恋
今から十年ほど前に僕は一目惚れをした。生まれて間もない頃の話でその時僕はまだ子供だった。そして、これが人生で初めての恋でもあった。桜も散る春の終わりで、学年が1つ上になったばかりの時期に僕の最初の転校は決まった。
彼女といたのは半年。同じクラスだった。
頑固な教師で、親の顔も分からない雛のようだった僕の席を決めるために名前の順に教師は番号を振って席を決めた。
お行儀よく並べられた番号ごとに席があり、僕の席は彼女の後ろだった。挨拶もなく黙って席についた僕に周囲の視線がまち針のように刺さるその姿は、きっと足を千切られた蟻のように見えたのではないだろうか。
その日は緊張して何も出来ず、ただ机に空いた小さな穴を見つめるだけだった。
翌日には、友人ができた。
今でも連絡を取るほど仲の良い友人だ。しかし初恋とは関係がないので彼については割愛する。
彼女と会話をしたのもその日だった。前の席だった彼女は緊張していた僕にこう言った。
「来たばかりだと、まわりは怖いよね」
自分もそうだった、と彼女は笑っていた。
そこで打ち解けた僕は色々な話を聞いた。彼女はカナダ人とのハーフで、長期休暇には旅行に行くこと。背が高いことを気にしていること。金色の髪の毛は染めていないこと。
よく分からずに転校した僕とは違って聡明で話上手だった。
転校の多かった僕と友人と、海外旅行の経験がある彼女とで気があったのだろう。他にもクラスメイトはいたが休み時間は三人で過ごすことが多かった。
そして時はあっという間に過ぎ、空を覆う雲の絨毯がぶつぶつと裁断され、まばらになった夏の終わりに僕らは別れを知ることになった。
夏休みに僕はまた転校することを聞いた。
もちろん教師は僕より先に把握していたのだが、不思議と話が広まっていることは無かった。
僕は友人と彼女にその話をして泣いた。そこから転校を知ったクラスメイトへ火が移っていった。お別れ会なんてものの企画が起こるまで時間はかからなかった。
そしてお別れ会の日がきた。
「それでは、二人のお別れ会を行いたいと思います」
お別れ会の主役である二人が
僕と彼女だと気がついたのは
当日になってからだった
二人のお別れ会ということも初耳だったし、彼女からは聞いていないかった。
クラスメイトがそんな噂をコソコソと話す素振りもなかった。自分のことで精一杯で気がつかなかったというのは、今だから言える言い訳に他ならない。
お別れ会の企画の段階で教師は助言したのだろう。
「彼女も転校するんだよ」と。
そしてそれを聞いたクラスメイトはご丁寧に黙っていた。
それだけだった。
正確に言うと転校なんて易しい距離ではなかった。彼女は海外に帰ることが決まっていた。幼かった僕はその距離に対して何が出来るかも思い付かず、ただひたすら悲しく思った。
お別れ会の主役として前と後ろで名前を呼ばれた僕達は教壇に立った。当時の僕は泣き虫だったので、彼女の転校と聞いた時点で既に泣いていた。
泣きそうな笑顔で彼女が僕に言った言葉を覚えている。
「二人で段にあがると少し恥ずかしいね」
これが初恋だと気がつくのに幾年もかかったが、今でも背の高いブロンドを見ると意識して思い出すことがある。