夢解き (7)
「はい、どちら様ですか?」
インターホンから聞き覚えのある声が返って来た。
「あの、ぼく…、友田といいます。あの…、ぼく、春樹さんの知り合いの者なのですが」
ここまで言うと
「ちょっと待って下さい」
とインターホンが切れた。春樹の母が玄関に向かっているのだろう。皆の心臓の音がドンドンと同調しているようで、緊張が高まった。
相良家の扉が開くと、春樹の母はぐるりと佐輔たちを見回した。春樹の友人というには、ちょっと年が下だから、なんか変だと思っているのかもしれない。
「あの、お線香を上げさせてもたいたいのですが」
と佐輔が言うと、春樹の母はハッとして、「どうぞ」と皆を中に招き入れてくれた。
一階の両親の寝室の畳の間に祭壇が作られていて、花が活けてあり、ろうそく、普通の線香のほかに、焼香用の線香も用意されていた。そして、位牌の後ろに、白い布で包まれた四角い箱が置いてあった。
佐輔はその包みから目を離すことができなくなった。その中に春樹が入っている。一度も会ったことがないというのに、なんなのだろう、この感じは。泣きたいような、気持ち悪いような、今まで感じたことにないような気もちだった。
まず佐輔が、焼香をして、続いて木原、美里も焼香をした。皆それぞれていねいに手を合わせてお祈りをした。
春樹の母がお茶とお菓子を持って来てくれたが、誰も手を出そうとはしなかった。母は目をうるませていて、どうしても涙がこぼれて来てしまうようだった。
「あの…、失礼ですが…、どちらのお知り合いでしたか?」
皆が想定した通りの質問を、春樹の母が口にした。皆でシナリオを考えておいて良かった、と佐輔は思った。
「ぼくたち、子どもの頃から水泳を習っているんですけれど…、ときどき、春樹さんが来てくれて、水泳のコーチをしてくれたことがあるんです」
こんな時に嘘をつくなんて…、なんだか心苦しかったが、しょうがなかった。春樹の心臓はドキドキと痛いほど鳴っていた。
春樹の母は涙でいっぱいの目で佐輔を見つめ、その沈黙が重たくて、佐輔は息苦しくなってきてしまった。
「あら? どちらの水泳教室かしら?」
さあ、どうしようか。下手な場所を言っても、その先が続かなくなるから、と、一応皆で考えてはいたのだが…、佐輔は気分が悪くなってきてしまった。
「あ、ま。松戸です」
「あら、そう?」
「あ、その…、ちょっとだけ教えてもらっただけなんですけど…、その…、水泳教室には春樹さんの友達も来ていて、それで、あの…、たまたま、春樹さんの事故のことを知って…」
皆で組み立てた時には、なかなかよくできたシナリオだと思っていたし、練習ではうまくするすると言えたのだが、言葉をつなぐたびにしらじらしくなってきて、佐輔はしどろもどろになってしまった。
だって、穴ぼこだらけじゃないか! たかだか1、2回水泳を教えてもらっただけで、わざわざ違う駅から、春樹のことを探してやって来る奴なんかいるだろうか? それに、事故のことを聞いたっていうのも、いざ口に出して言ってみると、いかにも不自然な感じだ。
佐輔の背中を冷たい汗がすべり落ちた。
「あの…、とても変なことを聞いてごめんなさいね。その水泳教室では、皆さん名前で呼んでいらしたの? 名字ではなくて?」
春樹の母が予期せぬ質問をしてきた。別に悪いことをしに来たわけでもないのに、三人は後ろめたい気持ちになり、佐輔の頭の中は真っ白になった。
「そ、その…、友達の人が、春樹、って名前を呼んでいたんです」
美里が言い訳がましく付け足した。
春樹の母が、ふっと微笑んだ。
「ごめんなさいね。そんなこと、どうでもいいことだったわ。こうやって、遠い所をわざわざやって来て下さったのですもの。春樹は喜んでくれていますよ。ね、春樹?」
春樹の母はその祭壇にまるで春樹がいるかのように呼びかけた。
「さあさあ、こんな狭い所じゃあゆっくりお茶も飲めないから、イスの方に行きましょう。良かったらお昼でもいかがしら。ゆっくりお話も聞きたいわ」
春樹の母はお盆を持ち直すと、皆を居間の方へと促した。
(これ以上、何か聞かれたらどうする? 答えられなくなるぞ!)
佐輔は落ち着かなかった。あらかじめ想定していた場面はもう終わってしまった。図書館で二時間もかかって打ち合わせて来たことがバカのように思えた。
「ぼくたち、もう帰ります。お線香だけ上げさせてもらいたいと思っていたので。もう、それでいいんです」
今まで黙っていた木原がきっぱりと言い、美里も佐輔もなんだかほっとした。
「まあ、そう言わないで、せめてこのお茶でも召し上がって行ってね、ね、ね」
もじもじしている三人に比べて、春樹の母はテキパキしていて、三人を応接の椅子に座らせてしまった。
「少しでいいのよ。亡くなってみて、ずいぶん知らなかったことがあったのだな、って思っているの。何か、聞かせて下さい」
「あ…、あの…、ぼくたちちょっとお会いしただけですから、そんなに良く知らないんです」
木原があわてて答えた。
「でも、わざわざお線香まで上げに来て下さったのだもの。何か…、ちょっとしたことでもいいのよ…」
いよいよ三人は返答に困って来た。
佐輔がじりじりと、何か言おうかと必死に言葉をさがしているところに、
「ただいま!」
菜摘の声がして、菜摘が静かに居間に入って来た。




