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シンデレラは望んでいない

作者: 氷雨

完全なる傍観者視点。主人公がかわいそうです。

 数あるメイドのなかでも、その娘を選んだのは目立たない凡庸な容姿をしていたからだ。

 二十歳になったばかりの、メイドとなって二年ばかりだが、聡明で勤務態度も真面目で誠実。

 やや性格が穏やかで優しすぎるきらいはあるが、あまりに気性が激しく荒いメイドでも困る。

 両親を早くに亡くし、高校生の妹を養っているという環境も、こちらにしてみれば都合が良かった。

 幾重もの安全策をはっておかなくては、有数の名家である千寿家の、当主の末息子づきのメイドになどできない。

 血筋の高貴さとそれにともなう財力も勿論だが外国人の美女を妻にした当主の三人の息子たちは、揃って見目麗しい。殊に、三男の珪祥は顔立ちの端整さをとれば兄弟随一だった。

 仕える主家の息子とはいえ、将来有望で容姿端麗な、未婚の若い青年となればたとえ職を失うことになろうと、富裕な暮らしを夢見て好意を抱かぬはずはない。それが若く、ある程度己の容姿に自信のある娘ならばなおのこと。

 当主の長男、次男が未婚だったおりの若いメ イドらが巻き起こした騒動は枚挙に暇がなかった。

 千寿家には代々千寿家に仕える家系の人間が大半だが、人手がない場合には外部からの人間を受け入れることもあり、騒動を起こしたメイドらは皆、外部からの人間だった。

 メイド頭として、外部からの人間ではあるが長年千寿家に仕えてきた榊は、騒動を未然に防ぐべく、そのメイドに目をつけたのだ。

 珪祥づきのメイドは、中年の既婚者であるベテランの女性だったが、病を患い入院手術することになった。三ヶ月ほどで復帰できるとのことだったが、その間専属のメイドを不在にさせておくわけにはいかず、短期間ではあるが代わりのメイドを珪祥につけさせることにした。

 榊が実際に会ってみると、清楚な雰囲気はあるものの、至って凡庸な容姿の娘で、人柄も千寿家のメイドの職に就けるだけあって問題ないように思えた。

 当主の妻である奥様にも許可をとり、榊は早速深海夕陽という名前の、そのメイドを珪祥のもとに連れていき、紹介をした。

 大学生の珪祥は、自室で寛いでいたが榊の紹介した夕陽をちらりと一瞥するとすぐに興味をなくしたかのように視線を外したまま、わかったとだけ頷いた。

 珪祥の反応をみた榊は、密かにほくそえむ。

 夕陽は十人並みの、どこにでもいるだろうありふれた娘だ。これならば、珪祥もただの使用人のメイドとしてしかみないだろうし、無用な接触もない。

 念のために、夕陽にも珪祥様にはメイドとしての分を弁え、それ以上の感情も好意も抱かないようにとくれぐれもと諭しておいた。

 問題が一つ解決した、と榊は処理済みのその件を忘れ、通常の業務に戻った。





 それから、その件は処理済みの事項として済ませていたが、夕陽と同僚であるメイドの一人から、夕陽が珪祥の部屋に必要以上に出入りをしているようだ、との報告を受けた。

 それなりに手入れのいきとどいた愛らしい容貌のメイドは、外部から雇い入れたメイドで夕陽が僅かな期間とはいえども、珪祥づきのメイドとして仕えるようになった夕陽に、嫉妬の念を抱いているらしく、細々とした日常の様子まで粗を探し、忠告する体をよそおいながらも非難していた。

 化粧が濃くなった、髪型が変わった、他人より豊かな胸を強調してみせるようになった、など明らかに日常の業務とは関係のない点まで非難するメイドの言葉を遮り、榊は仕事に戻るよういいきかせる。

 若い娘の嫉妬の混じった報告など、信頼性が乏しかったが、念のため夕陽を呼び寄せた。

 直ぐに榊のもとにやってきた夕陽は、確かに髪型も化粧もやや濃くなったように思える。だが、髪型は髪が肩についたために一つにまとめたようで、化粧に至っては以前までが薄すぎた。今は濃いというほどではない。それより顔が一回り小さくなったように見えるし、胸を強調というよりは、痩せたために胸があえて目立つようだ。顔色も、あまり優れない。顔色の悪さを隠すために化粧を濃くしているのかもしれない。

 夕陽に、必要以上にぼっちゃまの部屋に出入りしているのではないか、と尋ねると夕陽は困惑しながら答えた。

 専属のメイドとして、懸命に仕えているうちに様々な雑務も命じられるようになったのだと。

 部屋の掃除や洗濯ものの管理に加え、食事の支度から配膳、夜遅い時間に茶を運んでいくこともあるという。日中の殆どを珪祥の部屋で過ごすことも多いのだと。

 珪祥はどちらかといえばあまり使用人の手を煩わせず必要以上に干渉されるのを嫌い、メイドを寄り付かせなかったが、己より年下でまたおとなしい性格の夕陽に、遠慮もなくあれこれと世話をさせているらしい。

 下手に興味をもたれては、とあえて夕陽をつけたのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。

 榊のほうから、それとなく珪祥にあまりメイドを酷使させないように頼んでおく、と言うと夕陽は安堵したように表情を和らげた。

 業務に戻るように命じ、榊は千寿家の情報部に夕陽の身辺をもう一度洗うように依頼した。

 一応筋の通ってはいたが、夕陽がよからぬ思惑を抱いていないとは限らない。調べておいたほうがいいだろう。





 情報部の調べによると、夕陽の身辺は綺麗なもので異性の影すらない。唯一夕陽を悩ませているらしいのが、全寮制の高校に通う妹の進路だった。学業も優秀だが、夕陽の妹は音楽の才に恵まれていた。その優れた才で、私立の都内でも有数の全寮制の高校に特待生として入学したのだが、海外への留学の話がもちあがっていていくら特待生とはいえど、海外へいくとなればそれなりの金額がかかる。両親を亡くし、肉親は二十歳の姉一人では、用意できる金額ではない。だが、妹は折角のチャンスを無駄にしたくないからと、すっかり留学に乗り気らしい。

 夕陽が痩せたのは、その心労もあるようだ。

 夕陽が頼れる親類はおらず、その工面に頭を悩ませているのだ。

 周りの人間には誰一人として、相談していないがそんな事情があるから、やはり珪祥づきのメイドから外すべきかと思ったが、あと二ヶ月余りだ。その二ヶ月で、夕陽に何か出来るとは思えないし、珪祥がきっぱりと拒絶するだろう。

 そのあたりの事情も踏まえ、珪祥に報告と進言をすると珪祥はわかった、と了承した。

 ついては、夕陽の詳しい素性も知らせておく。

 両親を亡くし、妹の面倒をみていることなども伝えておいた。

 それから後は、夕陽は長時間珪祥の部屋にとどまることはなくなり、榊も安堵した。

 だが、さらに一月たった頃、夕陽が珪祥づきのメイドから外してくれないだろうか、と榊に申し出てきた。

 理由を尋ねても、私には荷が重すぎる役目で満足にお仕えできないから、と。

 珪祥のほうは、これからも引き続き夕陽をつかえさせるようにとしか返答がない。

 夕陽の身辺を定期的に調べていた情報部から報告があり、夕陽の妹が海外への留学が決定したらしい。どこから工面したものか、留学するに申し分ない金額も用意できたようだ。だがいくら調べてもその大金を夕陽がどこから工面したかが調べがつかず、ある日突然夕陽がどこからか用意したとしか説明つかないと。

 榊が当主に報告すべきか悩んでいると、決定的な場面を目撃することになった。

 珪祥のもとを下がろうとした夕陽の腕を珪祥が掴み、引き寄せ何事かを告げていた。みるみるうちに夕陽の顔から血の気がひいていき、珪祥に引き寄せられるがままに腕のなかにおさまった。

 夕陽が痩せた理由も、大金を用意できた理由も、珪祥づきのメイドからはずしてほしいと申し出た理由も、榊は漸く理解できた。

 夕陽の容姿や性格を榊自身が軽んじていたために、可能性を否定していた。だが、誰が予想できただろう、優れたところの少ない、ただのメイドを千寿の御曹司が欲したなど。

 夕陽を呼び寄せた榊は、単刀直入に目撃したことを告げた。

 夕陽は卒倒するのではないか、と思うほど顔色を青ざめ震えながら自分は望んでいないとはっきりと口にした。ただのメイドしかない自分は分不相応で、珪祥は遊びで自分に手を出しただけだ、確かに大金を貸していただいて恩は感じているが、それ以上の感情はなく、だが今、千寿家のメイドを辞めれば職を無くせば妹はもとより自分も生活が困窮する。だからどうか、珪祥づきのメイドから外してほしい、そうすれば珪祥も興味をなくして別の女性を相手にするだろうから、夕陽は青ざめながらも榊に懇願した。

 酷だと思ったが、夕陽に珪祥とそういう関係になったのか確認したところ、微かに頷いた。

 何故そうなる前に言い出さなかったのかと夕陽を責めたくなったが、何を言ってももう遅い。それに、夕陽の心情と妹の件を思えばそれ以上追及できなかった。

 それに、気付かなかった榊の失態でもある。

 珪祥はそれまで、周りのメイドや他の使用人に対してそうした行いを一切せず、よもや遊びとはいえ夕陽の話では、退路を断たせて囲いこんだ当主の三男に、少なからず驚いていた。

 直ぐ様当主に報告し、夕陽を当主の母が住む遠く離れた別荘地へ転勤させた。

 夕陽には口止め料と慰謝料として、それなりの額の金銭を用意し、また望むのならば他の就職先を斡旋すると当主が申し出、謝罪した。

 夕陽はお世話になり申し訳ないが、他の就職先を紹介してほしいとの願いをききいれ、その間は当主の母のもとに身をよせた。

 珪祥は当主から厳しく叱責されや夕陽には二度と接触しないよう言い含められた。

 夕陽の就職先が決まり、千寿家を辞したのを聞いたのはその一月後だった。




 日々忙しく過ごしているうちに、一年過ぎた。

 榊のもとに、珪祥が結婚するとの話が耳にはいり、これで夕陽の件も漸く済んだと安堵した。

 夕陽が千寿家を辞してからというもの、珪祥は以前の様子に戻り、女性を連れてくることはなかったが、意中の相手はいたらしい。

 相手の女性の名をきき、榊は呼吸を止めた。

 絶句する榊をよそに、事情を知らぬ他の使用人たちはまるでシンデレラのようだと、しきりに羨んだ。

 榊がその足で当主のもとに向かうと、当主は例の一件を口外せぬようにとだけ命じられた。

 新婚生活は二人だけで過ごしたいと、珪祥は屋敷を出、千寿家の所有するマンションに住むという。

 既に妊娠している珪祥の新妻は、一度だけ屋敷を訪れた何も事情を知らぬ他の使用人たちに羨まれ、嫉妬されているシンデレラは榊を目にすると、何かを言いたげに唇を開いた。

 だが夫に腰を抱かれ、榊と目線をあわせたまま誰もが羨むシンデレラは部屋のなかに入っていった。

 この一年の間に、何が起きたのか、彼女が心変わりをしたのか、何故当主が結婚を承諾したのか。

 目線が合ったとき、これだけはわかった。彼女は、シンデレラは望んでいない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 榊から見ても夕陽は礼儀作法は出来ていたが容姿は普通で珪祥が惚れる要素がない判断が裏目に出た事は良かったと思う。 [気になる点] 珪祥が夕陽に何故惚れたのか凄く気になる。 番外編も読んだがわ…
[一言] ヤバい、なんか中身が知りたいようで知りたくない。
[良い点] よく書けているなと思いました 少し硬い印象も受けましたが 文学小説みたいな書き方だなとも思いました [気になる点] ヒロインの女性の魅力がよくわからないのが残念 不幸を一身に背負って…
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