七話【空き巣に入ったことはあるか?】
「見損にゃったぞ、アキト! 不器用にゃがらいい奴だとは思っておったが、まさかそんな犯罪者だったとは! しかも何も知らにゃい儂を、契約して仲間に引き入れようとは……!」
毛を逆立て、威嚇する形で俺をにらみつけるマロン。愛らしいその姿が倍近くに膨れ上がり、猛獣の片鱗を見せ始める。太陽の光が降り注ぐ日中にも関わらず、はっきりわかるほどその体は青白く発光している。テレパシーを使うことも忘れ、完全に怒りに身を焦がしていた。
それでも俺は、なんとか必死に言い訳を考える。が、テレパシーで筒抜けになることが怖くて、自然に頭は考えることを拒否していた。
確かに、契約の前に俺の仕事内容を話していないのはまずかった。うっかりしていた。そりゃあ誰だって、知らないうちに犯罪の片棒を担がされていたら怒り狂う。しかも、この世界のことをよく知りもしない女の子に、そんな酷いことをしてしまった。罪悪感に、視界がぐらつく。手足に力が入らない。その場に立ち上がることもできなかった。
(――しかしまぁ、仕方にゃいな)
ふうっとため息をついて、マロンは思い出したようにテレバシーで語りかけた。光はスッと消え去り、体毛は再び柔らかくマロンを包み込んだ。
(事情なんて、人それぞれあろう。儂の世界にも、お前より若く、ずっと重大な犯罪を犯すガキもおった。それに比べれば、人の物を盗もうというお主は、まだ可愛いものじゃ。それに……)
マロンが歩み寄る。びくっと体を震わせるが、もう彼女には敵対の意志が感じられなかった。むしろ、俺を温かく包み込むような包容力を感じる。
(お主は儂を拾ってくれた。不気味な猫だと、放り出すようなこともせんかった。それになにより、お主は根っからの悪者というわけでもなさそうじゃ。むしろ、善人に思える)
そう言って、マロンはぴょんと俺の肩の上に器用に乗った。
(……許してくれるの?)そう、そっと訊ねる。
(何度も同じことを言わせるでない。この話は、もう終わりじゃ)ぷいっと顔を背けて、マロンはこの話を半ば強引に終わらせた。マロンが寛容なのか、俺の落ち度が思いのほか小さいのか、それはわからない。ただ、彼女自身が、この話を続けたくないようにも見えた。マロンの横顔が、迷子の子供のように憂いを帯びたように感じた。
(それでは、儂をだまくらかしたクソ野郎の仕事ぶりでも拝見しようかの)
(……マロン、やっぱり怒ってるんじゃないのかい?)
俺とマロンは緑に覆われた庭を渡り、土肥邸の玄関前へと来ていた。最後の留守の確認として、インターホンを押してみる。誰も出なければ問題なし。万が一誰かが出れば、練習してきたセールストークを披露し、キッパリ「結構です」と断られればその場はしのげる。足元に猫がいることについては……どこかの野良猫がいつの間にかついてきたことにすればいいだろう。
「ピィン、ポォーーン……。ピィン、ポォーーン……」
低音を程よく響かせる、高級感のある音が鳴り響いた。実家のそれとは、えらい違いである。同時に、この家に目を付けたことが間違いでないことを確信した。この家には、きっとお宝が眠っている……!
(どうやらもくろみ通りに留守らしいのぉ。で、次はどうするんじゃ?)
(右へ回り込んだところに、よく茂った木が植えられている場所がある。たぶん風呂場だろう。その窓から侵入する)
(ふむ、オーケーじゃ)
誰にも見られていないことを確認しつつ、自然な装いで庭から回り込む。通りに面した側はすっきり芝生も刈り取られているが、家の陰に回るにつれて徐々にその荒さが目立つ。
師匠の渋柿さんから何度も教えられたのが、「相手を観察すること」だ。相手の日々の行動パターンはもちろん、こういった庭の手入れだとか、自家用車の清潔さだとか、子供の習い事の数だとか。そう言った諸々の情報から住民の人となりがくっきりと輪郭を持ち、より『仕事』の成功率が上がるのだという。まだ駆け出し泥棒の俺につかめる情報は少ないが、だからこそ疎かにはできない。なぜならきっと、それが仕事というものだろうから。
目的の窓の前に着いたところで手袋をはめ、まずはリュックからドライバーを取り出す。手の中でクルクルッと回し、パシッと取る。バッチリ決まった。今回はきっとうまくいくはず!
「さて、まずは格子を外して……と」
家によっては窓の外側に格子をはめているパターンがあり、この家もそうだ。一見すれば防犯に役立ちそうだが、一概にはそうも言えない。物によっては簡単に外すこともでき、逆に「格子があるから大丈夫」と、防犯意識を下げかねない。結果、空き巣に侵入されるリスクが上がるのだ。
カコン! と、ねじを外した格子を取り外し、そのあたりに置いておく。
次に窓だ。土肥さんは格子付きの窓でもしっかり鍵をかけているようで、自分の立場を忘れ感心する。
(鍵がかかってるようじゃな。リュックの中には開けられそうな道具も無かったが、どうするんじゃ?)
(まあ、見てなよ。このドライバー一本ですぐに開けて見せるさ!)
(ほほう)
手順は簡単。鍵の周りに、三角形を描くようにドライバーで傷をつけ、囲まれた部分を突き破るのだ。こうすると大きな音も出ず、開いた窓から手を差し込み、内側から鍵を開けてしまうことができるのだ。
キィィーっと線を一本、二本引く。そして線で囲まれた部分をガツンとドライバーの柄で突けば、あっという間に――
(開かないではないか)
(あれ? おっかしいなぁ……)
何度もガンガンと突くが、それでも窓は破れない。先ほどの線をなぞるように何度も窓をひっかき、傷を深くする。再び窓を突くが、やはり破れない……!
(たぶん、お主の手に対してドライバーとやらが小さすぎるのじゃ。だから、上手く力が伝わらないのじゃろう。なんでそんな小さいのにしたんじゃ?)
(……大きいのは、ちょっとだけ値段が高かったから……)
(…………ハァ)
じわじわ冷や汗が湧いてくる。他に用意したドライバーも同様に小さく、代わりにはなりそうにない。敷地に入ってから三分……いや、四分は経ったか。これ以上足止めを食らうことになれば、侵入を断念せざるを得なくなる。マロンという仲間を、ほぼ騙す形で手に入れたというのに、それでも俺は何もできないのか……。
グッ、と悔しさに拳を握った、その時に感じた違和感で閃いた。
(あった! 俺のもう一つの道具!)
俺は握った拳をそのままに、思い切り体をひねり、重心を後ろへ傾ける。そして開いた足で地面を踏みしめ、体重を拳に乗せる勢いで一気に右腕を振りぬく! 俺の拳はまっすぐ、土肥家の窓に向かって放たれた!
ガン! と、硬い者同士が衝突する鈍い音が放たれた。それはまさしく、手袋の中の『猫の指輪』が、窓をぶち抜いた音に違いなかった。着けてるのが恥ずかしいくらいに存在を主張する、その猫の指輪のサイズがプラスに働いた。要は、メリケンサックとしてこの指輪を活用したのだ。
(……さっすが魔法の指輪! 窓ガラスなんて一発だ!)
(儂の指輪をっ! そんな乱暴な使い方するでニャイッ!)
顔の高さまで飛び上がったマロンに、頬に思い切り猫パンチをお見舞いされた。