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怪盗モンブランと魔法の猫  作者: 望月 幸
第一章【コソ泥と猫の出会い】
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六話【猫と出かけてみるか?】

「なんじゃ。儂をこんなところに押し込んで……」

「我慢してくれよ。今から自転車で移動するんだけれど、籠はついてないからさ。君は鞄に入れるしかないんだ」

「じてんしゃ……か。それもよく知らんが、楽しみじゃ」

 俺はマロンが入ったリュックを背負って部屋を出た。時刻は既に十時近く。他のスーツを着た大人、例えば普通の会社員だったら遅すぎる出勤になる。しかし俺の場合、これくらいの出発がちょうどいいのだ。

 アパート脇の駐輪場へ向かう。そこには住民たちのママチャリの中に、自分の愛車のクロスバイクがある。貧乏な俺がどうしてもお金を駆けたかったものの一つが、この九畳ワンルームのそこそこ広いアパート。そしてもう一つが、このクロスバイクだ。趣味にも良し、仕事にも良し。俺にとって一番の相棒でもある。その一番の相棒を、新たな相棒が鞄の中から興味深そうに見つめている。

 新品のようにピカピカに整備された愛車を見つめる。少しくすんだ水色のフレームは大人の雰囲気を醸し出し、見ているだけで自分が一つ上の男になった気分になる。二重にロックした鍵を外し、アパートの敷地の外へと歩き出す。右を見て、左を見て、きっちり安全確認をしてから、俺はサドルにまたがり、くんっとべダルを踏んだ。風にそっと乗るように、俺たちは静かに、軽やかに出発した。


 俺たちが今回向かうのは「白冬市はくとうし」だ。

 この県の県庁所在地は「四季市よつきし」と言う。高層ビルのような都会の象徴こそ少ないが、活発に開発が進められている活気ある町だ。市長の口癖は「この四季市を、全国で第七の都市に!」で、中途半端に高い目標を掲げている。しかもその理由が「ラッキーセブンで縁起がいいから」といういい加減なものだ。しかしそんな人柄が意外と人気で、当選に当選を重ねて既に二十年は市長として四季市を盛り上げ続けている。

 その四季市の西側にあるのが、我らが「錦秋市きんしゅうし」だ。四季市の発展の影響を全く受けない、時代の流れに取り残された町と言える。しかしそのおかげで家賃も安く済んでいるので、なんだかんだで不満もない。むしろ、こののんびりとした錦秋市の雰囲気が好きだったりする。

 対する白冬市は、四季市のベッドタウンの役割を果たす町だ。錦秋市の人の中には、白冬市を「冬眠タウン」などと揶揄する人もいる。要は、都会で働いている人たちを妬んでいるだけなのだが。かくいう自分も昔はそう言っていたのだが、今では大事な仕事の場であり、ある程度の尊重はしている。


(なるほど、冬眠タウンか。それは面白くなさそうじゃのう)

「――うわっ!?」


 錦秋市を斜めに真っ二つに分ける紅葉川。もう少し秋が深くなってくれば、水面を赤と黄色で彩るその川の堤防の上。まっ平らに舗装されたサイクリングロードを気分よく軽快に走り抜けている時だった。突然頭の中にマロンの声が響いてきた。驚きのあまり、バランスを崩して堤防から転げ落ちるところだった。手を回してリュックのファスナーを確かめてみるが、閉じたままだ。マロンが顔を出しているというわけでもないようだ。

「マ、マロン!? 君、今どうやって俺に話しかけたの?」リュックの中まで聞こえるように大声で訊ねた。すれ違ったウォーキング中のおじさんが、訝しみながら振り返った。

(む。そういえば説明しておらんかったな。この契約の証を身に着けた者同士は、口で言葉を発せずとも意思疎通ができるのじゃ。お主たちが言うところの『てれぱしー』とかいうやつじゃな)

「テ、テレパシー!? すごいね、この指輪にそんな機能が付いていたとは!」

 しかしこれ、なんだか頭の中がくすぐったいというか、脳の隙間を文字が蠢いている気分というか、慣れるまではなかなか気持ちの悪いものになりそうだ。

(儂の魔法をそんな不気味な表現するでない!)

「ああもう! これ、慣れるまでは心の声がだだ漏れじゃないか!」

 便利なアイテムも、使い方が分かるまでは厄介な代物である。初めて火を見つけた原始人も「なんかこれ、凄く使い道ありそうじゃない?」という予感がありつつも、「あっっつい! こんな危ないもの消しちまえよ!」と、なかなか次の一歩が踏み込めなかったことだろう。

 そんな原始人に親近感を覚えつつ、マロンとテレパシーの練習をしながらペダルを回し続けた。傍から見たら静かなサイクリングだが、頭の中では自分とマロンの声が狭いトンネルの中のように煩く響き合っていた。


 一時間ほど走り続けたあたりで堤防を下り、サイクリングロードから一般道へと入り込む。開放的な景色から一転、人々の生活感に包まれた街の風景が俺たちを包み込む。しかしベッドタウンというだけあり、昼前のこの時間帯には外を出歩く人の姿というのはほとんど見られなかった。せいぜいは、還暦を越えた高齢者や、学校をさぼっている若者だとかがちらほら見える程度だ。

 近くにあった駅の駐輪場に自転車を停める。きっちり二か所に鍵をかけ、だいぶ息苦しかったであろうマロンをリュックから出してあげる。ファスナーの隙間から飛び出たマロンは、固まった体を精いっぱい伸ばしてほぐしていく。

(――むぅ、やっと到着か。次回からはせめて、鞄から首だけは出させてくれんか?)

(ああ、ごめんごめん。でも、そこはほら、魔法でなんとかできなかったのかい?)

(なんでもかんでも魔法を頼りにするでない。そんなことでは、一人前の大人にはなれんぞ!)

 魔法を使う猫に言われると、いまひとつ説得力はないが……。そんな心の声がマロンに届いてしまったのか、ふくらはぎに猫パンチをくらった。

(……それじゃあ、出発するよ。街中で君と話すわけにもいかないから、基本はテレパシーで会話をしよう)

(うむ。了解じゃ)

(よし! じゃあ、いざ出発!)


 駅を離れたどり着いたのは、少々高級感のある一軒家だ。鼠色の箱を組み合わせたようなその外観は、シンプルながら洗練された機能美のようなものを感じさせる。風化の度合いも小さく、築何年も経っていないように見られる。

 家の周囲は、子供の身長ほどの白く清潔感のある塀が取り囲んでいる。内側の庭はなかなか広く、バドミントンくらいなら十分遊べそうだ。家の無機質さとは対照的に、庭は短く刈り揃えられた芝生が覆い、ところどころ背の高い草木が存在を主張している。小さなガレージは車二台分の駐車スペースがあるが、今そこにはママチャリが一台置いてあるのみだ。

(ほらマロン、こっちこっち)

 塀の上から敷地内を観察するマロンを呼び寄せ、スーツに毛が付かないよう抱っこする。俺とマロンの目の前には、この家の主である「土肥どひ」さんの表札がある。ステンレスの表札は無機質ではあるが、草花があしらわれたそのデザインは同時に温かみも感じさせる瀟洒なものだ。

(ほら、ここ。隅っこにシールが貼ってあるだろ?)そう言って、表札の右下を指さす。そこには小さく、「共」と書かれたシールが貼ってある。

(にゃんじゃ、これは?)

(これは「ここの夫婦は共働き」だという印なんだ。つまり日中は仕事に出かけている。俺も何日か観察したんだが、実際にそうだった)

 と、師匠から教わった知識をマロンに披露する。特定の職業の人たちは、こうした《マーキング》を行い、情報を共有しているのだ。

「……アキトよ。儂は一つ疑問がある」

「なに?」

「儂はてっきり、この家の主に話があるものかと思っておった。しかしお主は、わざわざ留守を狙ってきたようじゃ。お主、ここに何をしに来たのじゃ?」

 腕の中のマロンが鋭い視線を向ける。縦長の瞳孔が、射抜くように俺の目を見つめている。返答次第では……という、緊張感が漂う。

「…………空き巣です」

 そうぼそっとつぶやくと、俺の体はマロンから弾かれるように吹っ飛び、道路の上で数回転。丸められたティッシュのように惨めに転がった。目の前には青い光をまとったマロンが、俺を蔑むように見つめていた。

「フザケルニャーーーーーッ!」

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