63 魔王討伐、そして……
私は、冒険者ギルドを通り抜け訓練場に入る。やはり2人は訓練をしていた。
「マカイラスさん、トクソさん、大事な話があります。少しよろしいですか?」と、訓練中の2人に私は話しかけた。ちょうどトクソさんがマカイラスさんを肩車しながら、スクワットをしている所だった。腰、痛めたりしないのかな? なんて思う。まぁ、回復魔法でなんとでもなるだろうけれど……。
「ああ。どうした? 今日は本当に休んでよかったんだぞ」とマカイラスさんは言った。
「あ、別に、訓練をしにきたわけじゃ無いんです。私の世界に帰れる方法が分かりました」と私は切り出して、私の世界に帰る方法を説明した。探していた、私を元の世界に送り返せる凄腕の魔法使いというのは、実は自分のことでした、なんて言うのは随分と間の抜けた話ではあったけれど、説明責任があるだろうから、ちゃんと説明をした。
私が一通り説明をし終わった後、「風と木々が騒いでいる。慰めに行ってくる」なんて言う、訳の分からない言葉を残して、トクソさんは冒険者ギルドの中へ入っていった。
「トクソさんは、行ってしまいましたが、お二人に相談しようと思ったんです。私、どうしたらいいでしょうか?」と、私はマカイラスさんに聞いた。そして、後悔をした。私はなんという愚かな質問をしているのだろうかと。私を元の世界に送り返せる魔術師を探すために、私達パーティーは訓練を行っていた。私達の目的は、私が元の世界に帰ることであり、マカイラスさんとトクソさんから視れば私を元の世界に送り返すことだ。その目的を達成する手段が見つかったのだ。私は何を躊躇っている? 帰る、という以外の回答を提示して欲しいかのようじゃない……。
「どうしたらいいのかって、俺に言われてもなぁ……。しかし、帰れる手段が見つかって何よりだ。若い時だが、村長に言われたことがある。子供ってのは、親が教えようとする前に、自分で解決方法を見出すもんだってな。教えよう、なんて偉そうなことを考える前に、子供を信じようとすることが重要だ。しかし、それはとてつもなく難しいってな。20年以上前に聞いた話で、今まですっかり忘れていたが、思い出したよ。モニカ、お前も、俺とトクソが手伝ったりしなくても、しっかりと自分で帰る方法を見つけ出した。大したもんだ」とマカイラスさんが言った。
「なんでしんみりとしちゃってるのよ。それに、私を褒めても何も出ては来ないわよ」と私は言う。
「それでいつ帰るんだ?」とマカイラスさんが言う。
「どうやらいつでも帰れるみたいなの。だから、それを相談しようと思ったのだけど…… 」と私は言った。
「それなら、お前が自分で決めればいいじゃないか」と、マカイラスさんは汗を拭きながら言う。
「私が決めればって…… 私たち、同じパーティーじゃない。それに、訓練もまだ中途半端だし?」と私は言う。
「訓練は、お前をお前の世界に送り返せる魔術師を探すための前準備だっただろ?」とマカイラスさんは言うのだ。
「そうだけど……」と私はうまく言葉が紡げない。私を引き止めてはくれないのだろうか……。
「まぁ、寂しいがな。お前と出会ったのは、1か月くらい前か…。サイクロプスが侵攻してきたり、魔王を倒したりと、いろいろと驚きの連続だった。まぁ、一番驚いたのは、お前が最初に冒険者ギルドに入ってきたときだったがな」とマカイラスさんが言った。
「私が冒険者ギルドに入ったときに驚いた? それは初耳だけど。あなたが妙に絡んできたのを覚えているわ。でも、いろいろ世話をしてくれたわね。アナウサギを捕まえようと街の外に出た私を心配してくれて、追っかけてきてくれたわね」と私も言う。今から振り返ると、とても濃い時間を過ごしたと思う。
「それは驚くさ。お前のその髪の色。このあたりじゃ、珍しい色だしな。それに、俺の娘と同じ色だったからな」とマカイラスさんは言う。
「え? あなたの娘?」と私は驚く。マカイラスさんの娘って、20年以上前に亡くなったと言っていたような……。
「ああ。俺の髪の色が茶色だろ? 妻の髪の色は黒だった。そして、娘は、お前の髪の色のような栗色だった。もし娘が生きていたら、お前と同じくらいの年齢だろうしな。死んだと思っていた娘が何処かで実は生きていて、ひょっこり現れたと思った。そりゃあ驚くだろ?」とマカイラスさんは言う。
そっか。そうだよね。ああ、そりゃそうだ。20年も2人だけのパーティーを組んでいたベテラン冒険者パーティーが、私のような右も左も分からないような新参者を、パーティーに誘うなんて、普通はないわよね。それがあるなら、とっくに誰かとパーティーを組んでいるはずよね。死んだはずの娘かも、なんて思ったら、気にかけるのは当然よね。守ろうとして当然よね。私、一人で浮かれていて、馬鹿みたい。
「私、もう帰るわ。ねぇ、マカイラスさん。お世話になっておいて大変恐縮なんだけど、一発、殴ってもいいかしら?」と私は言う。
「ん? この前のこと、まだ根に持ってたのか。いいぞ。一発と言わず、好きなだけ殴れ」とマカイラスさんは言って立ち上がり、お尻に着いた砂を払っている。
「やっぱり良いわ。じゃあ、さよなら。トクソさんにもよろしく言っておいてよね」と、私は言って、巫女のいるチュートリアル部屋をイメージして転移魔法を使った。
・
私の視界は一瞬にして変わった。そして、巫女の姿を探すと、例の鳥居の下に巫女は座っていた。テレビを食い入るように観ていて私に気が付いていないようだ。
「巫女、来たわよ」と、私は後ろから声を掛ける。
「わぁ」と巫女は驚いて、手からリモコンのようなものが落ちた。ん? これは、ゲーム機かしら?
「今私は、休憩中だったので、遊んでいただけです。別に、普段からこんなことをしているわけではないのであります」と、巫女は言う。何一人で焦っているのかしら、と私は思う。
「別にあなたが何してようが興味はないわ。私、元の世界に早く帰りたいわ。早く元の世界に帰るための手続きを済ませてよ。それをしてもらえば、元の世界で時間が進んでいないってことになるんでしょ? 私のスーツも汚れてしまっているし、運動靴なんて砂だらけよ。それに日焼けもしちゃってるし。早く元通りに戻しなさいよ」と私は言う。
「予想以上に急な話ですね。モニカさんは、あと20年とか30年くらい、この世界を満喫してから帰るとばっかり思っていましたよ」と巫女が言う。
「いや、そんなはずないでしょ。水が合わないのよ、水が」と私は言う。確かに、この世界で一生遊んで暮らせるだけのお金はあるのだけれどね。もうちょっと疑似休暇的なものを満喫してもよかったかも知れない。いや、もういいや。
「へぇ~。そうだってんですか。そういえばモニカさん、ちょっとお顔が変ですよ?」と巫女が私の顔をじっと見つめてくる。
「え? なに? 泥とか付いちゃってる?」と私は聞く。ひょっとしたら、自分でも気づかず泣いていたのかも知れない。
「いえ、汚れているとかではなくて。なんと表現すればいいんでしょうか。自分の事に好意を持ってるんじゃないかと期待していて、自分自身も惹かれ始めていた人がいた。しかし、実は相手にまったくそんな気持ちがなかった! まったくの自分の勘違いだった! ってことを思い知らされた。超ショック~ってな、そんな顔をしています」と巫女は言う。
「……」
「あ、図星でした?」と巫女は言う。
「……」
「あ、いえ、私の勘違いだったと思います。変なこと言ってすみません。じゃ、じゃあ、モニカさんの時間の経過を無かったことにしますね」と巫女は言って、お祓いのようなことをし始める。私も、別にありがたく感じないし、私自身が悪霊のような扱いを受けている気がしてならなかったのだけど、一応、慎んで、巫女のそれを受けた。
私の体が光、服装などが私がこのチュートリアルに来たときと同じになる。
「手続き終わりました! ちなみに、モニカさんは元の世界に戻っても、自分の周りの気圧を一定にしている魔法は継続できるようにはなってます。魔法使いなんて存在しない世界で、唯一存在する魔法使い。魔女とはあなたのことです。中世だと、魔女狩りとかにあってたかもしれませんけど、まぁ現代なら大丈夫ですよ。あ。あと、特別に、モニカさんの男運の無さも解消しておきました」と巫女は言う。
「え? 男運の無さ? 余計なお世話よって、まぁ良いわ。じゃあ、私は、前の世界にさっさと転移するわ。工場へ向かう途中、社用車の脇ね。巫女、あなたも、時間というか時代を間違えないでよね。元の世界に帰ったと思ったら、日本は日本なのだけどそこは戦国時代でした、なんてことは嫌よ?」と私は巫女に念を押す。
「大船に乗ったつもりで安心してください。そんなイージーミスはさすがにもうしないですよ。前回はちゃんとできましたし!」と、巫女は胸を張って言った。とても不安だけど、もう何も言うまい。早くいろいろと忘れたい。
「じゃあ、行くわよ。『いち・にの・さん』」と私と巫女は、声を合わせた。
・
私は、目を開けた。空にはちらついている雪。目の前には、見慣れた社用車がエンジン音を響かせている。久しぶりに冬の温度を味わった私は、寒い寒いと、車の中に逃げ込む。幸い、というか、暖房を付けていたからなのだけど、車の中は暖かかった。時刻を確認し、一安心をする。一応、携帯電話で何年何月何日であるかまで確認をした。どうやら、巫女は私を正しい時間に私を戻したようだ。
ラジオを付けると「日本海を中心に低気圧が急速に発達しながら北東に進んでおります。今日は全国的に大荒れの天気となり、暴風、暴風雪、高波、大雪に注意が必要です」と天気お姉さんが淀んだ空の下で笑顔で言っている。やはり低気圧がきているようだ。
きっと、気圧が大きく変化しているのだろう。昔の私なら、きっと頭痛で苦しんでいただろう。でも、今は頭が痛くなったりはしない。低気圧の日に頭痛に悩まされたのは昔の話です、ってね。それにしても、いろいろとちくしょーな体験ばかりだったわ。久々に失恋しちゃったし。
あぁ、また婚活を再開しようかなぁ、なんて考えながら、私は工場に向けて車を飛ばす。




