62 魔王討伐、そして……
「え? じゃあ、私が魔法を使えば、元の世界に帰れるという結論で良いのね?」と私は聞く。巫女のせいでかなり回り道をしたような気持ちとなる。
「そのはずですが……。転移魔法の使い方、分かりますか?」と巫女が恐る恐る質問をしてきたが、私はその質問を一蹴した。
「はっきりと分かるわ。物質を瞬間移動させるのが私の魔法と考えた瞬間から、頭が切り替わったというか、スキルの意味が本当の意味で理解できたというか、頭のもやもやが消えたというか、腹に落ちたというか、すっきりとした感じになったわ」と私は巫女に言う。そうなのだ。自分でも良く分からないのだけど、転移魔法の使い方を知っているというか、体が知っているという感覚なのだ。
以前、巫女が、「自転車に乗れる」というスキルを得ることができたら、一度も自転車に乗ったことがないのに、いきなり手放し運転が出来るようになると言っていた。たぶん、それと同じ感覚であろう。私も、転移魔法の使い方が、手を取るように分かる。
「このまま魔法を使ったら、元の世界に帰れちゃいそうなんだけど、帰っていいの?」と私は巫女に聞く。そうなのだ。いま、元の世界をイメージしながら転移魔法を使ったら、実際にその場所に行けるような気がするのだ。冷凍してあったご飯を、電子レンジに入れて暖めボタンを押せば、暖かいご飯ができるのと同じくらいの確信が持てる。私は、魔法を使えば、帰れる。
「いやいや、それはちょっと待ってください。モニカさんが戻る世界の時間を調整したり、モニカさんの姿形を元通りにしないといけないので、一度チュートリアル部屋に来て下さい。そこで、モニカさんが神隠しにあっていないように調整する手続きをしましょう」と巫女が言う。確かに、と思う。今の姿格好で、工場へ向かう途中の車の中に戻されても困る。いや、時間が元の世界で過ぎてしまっているのであれば、無断欠勤を何日に続けているわけだから、懲戒解雇になっている可能性がある。いや、その前に、失踪事件として警察の捜査が始まっているかもしれない。それは不味いなぁと思う。
「チュートリアル部屋に行けばよいの? あっ、でも、元の世界に帰るなら、お世話になった人達にお別れを言っておかないと具合が悪いわね」と私は言った。パーティーを組んで大変お世話になったマカイラスさんとトクソさんにはお別れを言わなくてはならないだろうし、ターシャちゃんにもお別れを言った方がいいだろう。ターシャちゃんにはお世話になったし、宿も連泊をしていたキャンセルの手続きをしなければならない。
「じゃあ、用事とか何もかも済ませて、モニカさんが元の世界に帰りたいって思ったタイミングでチュートリアル部屋に来て下さい。ちなみに、モニカさんは生真面目な所があるから言って置きますが、元の世界に帰らないという選択もありですからね。一応お伝えしておきます。では、そろそろ時間なので失礼しま〜〜す」と、巫女は言って、巫女巫女ホットラインの通信が切れた。
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「あの、モニカさん、何か分かりましたか?」と、宿に入るとターシャちゃんが掃除機に関してのことを話しかけてきた。巫女巫女ホットラインをしているところを見られると、独り言を言っているみたいで嫌だったから、私は、先にターシャちゃんに宿の中に戻るように言ったのだ。
「あ、この掃除機、問題無いみたい。この中に砂が入っていなかったのも、私の魔法のせいだったみたいよ」と、私は応える。
「そっか。モニカさんの魔法って、本当に凄いですね。サイクロプスや魔王を倒すっていうだけでも凄いのに、こんなに生活に便利なことまでできるんですもの。私ももっと頑張らなきゃいけないな、負けられないな、なんて思います」と、ターシャちゃんは言う。
「ターシャちゃんは、私なんかよりよっぽど頑張っているわ。私があなたぐらいの歳の時は、まだ高校生かしら? 私が高校生の時なんかお気楽に過ごしていたし、さらに大学でもモラトリアムだったし。毎日、一生懸命働いているターシャちゃんは偉いわ」と私は言う。本当に偉いと思う。その若さで、一つの宿を切り盛りするなんて、容易くできることではないと思う。
「ふふっ。『私があなたぐらいの歳の時』だなんて、モニカさんは私とほとんど同じ歳くらいじゃないですか。私、本当に嬉しいんですよ。宿に来るお客様で、女性で私と同じ年齢の人なんて滅多に来ませんし。お客様に言うのも失礼かも知れませんが、モニカさんとは友達に成れたような気がして、毎朝、話をするのが楽しかったです。でも、聞こえてしまっちゃいました。モニカさん、この街から居なくなってしまうんでうすよね。寂しいです……」とターシャちゃんが言う。いやいや、私とターシャちゃんが同じ歳なんてことはないだろう。明らかに一回り以上違う。二回り違う可能性だってある……。あっ、そうか、と私は思い当たる。ターシャちゃんやマカイラスさんをはじめ、この街の人間は前の世界の人種で言えば欧米系の人種だ。ターシャちゃんは、ブロンドの髪に豊満な肉体。日本人じゃありえないプロモーション。眉毛を整えて、ソバカスを上手くファンデーションで隠せば、マリリン・モンローのそっくりさんとしてテレビ出演できそうだし……って、どうやら私の声が宿の中にまで聞こえてしまっていたようだ。
「えぇ……。急な話でごめんなさい。とりあえず、この前、払った前金は、ターシャちゃんのほうで取っておいてね」と私は言う。
「分かりました。この街に来たときは、この宿に泊まりにきてくださいね。約束ですよ」と、ターシャちゃんは言う。私は、「もちろんよ」とターシャちゃんに言った。もし、元の世界に帰ったら、こちらの世界には二度と行くことは出来ないだろう。永訣ということになるのかも知れないけれど、ここは笑顔で別れておく。




