60 魔王討伐、そして……
私とマカイラスさんは、井戸の水を飲みながら話を始める。井戸端会議と表現してしまうと締まらないが、会話の内容は楽しい類いのものではない。
「トクソとパーティーを組むよりも前の話さ」と、マカイラスさんは語り出す。この井戸よりも深いであろう、彼の内面の話だった。
マカイラスさんが仕事で村を留守にしている間に、村が襲われ、奥さんとまだ幼かったマカイラスさんの娘が魔物に殺されたらしい。妻は変わり果てた姿となり、娘の遺体は見つからなかったらしい。
マカイラスさんは、その復讐の為に、魔物を1人で殺しまくった。ひたすらに。
この世界には、「修羅」という表現はないようだけど、マカイラスさんの話を聞く限り、修羅道を突き進んだとしか表現しようがないようなことをやっている。魔物の巣に1人で突入して戦う。自らの剣が折れたら、魔物の武器を奪い、角や牙を引き抜き、それを武器として突き進む。巣穴の中の魔物を殺し尽くしたら、その血だまりの中で眠り、目覚めると次の標的を探す……。
冒険譚ではない。英雄譚でもない。復讐劇でもない。1人の男の狂気の物語だった。
「それである日、巣穴の奧で最後の一匹を斬り殺した後の話だ。魔物が、やけに不自然な斬られ方をするなと思って、疑問に思ったんだ」とマカイラスさんが言った。私は、彼の話を相づちを打つこともせず、ただ聞いているしかなかった。彼は、私にこの話を聞かせたいのではないと思う。彼は、口から、もしくは心から、この話を吐き出したいのだと思う。
「奴は、斬られながら、自分から狙った方向に跳んだんだ。逃げようとしたのではない。自身の死体が横たわる場所を選んだんだ…… 違和感を憶えた俺は、奴の死体を足蹴にしてどかした。するとな、その死体でちょうど小さな穴が覆い隠されていた。そして、その穴の中には、生まれたばかりの乳飲み子がいやがった。もちろん、魔物のだがな。俺は、怒り狂ったさ。身を挺して、自分の死を覚悟しながらも、乳飲み子を守ろうとする、そんな心があるなら、どうして俺の妻と娘を殺したのだと」とマカイラスさんは言った。そして、口を閉ざす。私は、彼の沈黙に耐えきれなくなり、「ねぇ、それで、その見つけた乳飲み子は、どうしたの?」と私は聞いた。
「もちろん、殺したさ。串刺しにした。その乳飲み子を身を挺して守ろうとした母親の牙を引き抜いて、それで刺し殺してやった。だが、滴る血を見つめながら、俺は気付いた。いや、気付いたというより、正気に戻ったということだろうな。妻と娘を殺した魔物達と俺は、同じことをしているのだとな」とマカイラスさんは言った。
「そう」としか私は言えなかった。
「たったそれだけのことに気付くまでに2年掛かった。それからだ。魔物だろうが、動物だろうが、討伐や狩りをしなければならないときはある。冒険者として生活していたら、尚更にな。しかし、せめて、子持ちの群は、見逃すということにしたんだ」とマカイラスさんは言った。
「それは、罪滅ぼし? 贖罪?」と私は聞いた。思わず口から出てしまった言葉だった。引っ込めることが出来たら引っ込めたいが、吐いた唾は飲み込めない。
「なんなのだろうな。バランスを取っているということかな。過去が変わるわけじゃない。ただ、子持ちの群れとは戦わないようにしようと決めた。昨日、お前が魔法を使って狼を殺したとき、昔の俺とダブってな。それで叩いちまった。本当にすまなかった。俺の身勝手だった」とマカイラスさんは言った。
「マカイラスさんの気持ちは分かったわ。叩かれたことは水に流すわ。私も、狼や魔物だとしても、子供を殺すということは悪いことだと思うし。それに、話してくれてありがとう」と私は言った。
「ああ」とマカイラスさんは言う。
「それじゃあ、私は今日は宿に帰るわ。冒険者ギルドにも顔を出さないは。せっかくだから、この街を歩いてみようかしら。それと、お水、ごちそう様」と私は言った。
「暗くなる前には宿に帰れよ。この街も、場所によっては危険だ」とマカイラスさんは言って、冒険者ギルドの方へ歩き始めた。
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三流宿に帰ると、宿の入口にターシャちゃんがいた。なぜか、私の渡した掃除機で、路上を掃除していた。
「あ、モニカさん。もう戻られたんですか?」とターシャちゃんは笑顔で言った。彼女の笑顔は相変わらず屈託のなく素敵なのだけど、舗装をされていていない土の路上を掃除機で掃除しながらだと、どことなく滑稽に見える。
「今日は、仕事休みよ」と私は言った後、「ターシャちゃん、何をやっているの?」と私は聞く。
「この掃除機で、入口近くの砂を全部吸い取ってしまおうと思いまして。このあたりの砂を全部吸い取ってしまえば、宿に砂が入ってしまうのを防げるんじゃないかと思ったんです」とハキハキと言う。
かなりの砂を吸い取ったのか、入口の周りは砂が無くなり、硬い岩のようなものが露出している。よく見ると、宿の入口付近は、他の場所よりも3センチから5センチくらい地面が低くなっている。相当な量の砂を吸い取ったように見える。
「たぶん、また風に運ばれてきて、無駄だと思うのだけど」と私は言った。それに、掃除機を野外で使うって、結構、大変なことをしていると思う。野外で使うにしても、べラダンくらいが限界であろう。学校の校庭のような、砂がたくさんある場所を掃除機掛けても、焼け石に水な気がする……。
「やっぱりそうですよね。思い切って、この通りの砂、全部吸い取ってしまった方がいいですよね。掃除をするなら徹底的にって感じですね」とターシャちゃんは張り切っている。私は、四角い部屋を丸く掃除するタイプだけど、たしかにターシャちゃんはしっかりと四隅まで掃除をするタイプだ。
「吸い取った砂をどこに捨てかも問題よ。街の外に持っていくのにも、砂って結構重いでしょうに」と私は言う。
あ、そういえば、掃除機紙パックの代わりの箱に入れた布を交換したり洗ったりするということを説明し忘れていたと気づく。掃除機の使い方を知っている現代人ならそんなことをいちいち説明しなくてもわかるだろうけど、ターシャちゃんには説明をしないといけないだろう。箱の中がいっぱいになって、宿の中で、吸い取ったゴミが飛び出して来たりしちゃったら大参事だし。
って、今気づいた。掃除機の中の袋を取り出す際に、掃除機をオフにする必要がある。つまり、私が魔法を切らなければならない。やっぱり、スイッチのオン・オフを私がやるっていうのは面倒だわね。スイッチのオン・オフはやはり最重要課題だ。発明王への道のりは遠いなぁ。
「ターシャちゃん、その掃除機、砂とかある程度吸い取ったら、中の袋を出して、箱の中に貯まった砂を捨てる作業が必要なの。それをしないと、吸引力も悪くなるしね。ちょっと今から実際に教えるわ」と私は言って、掃除機に掛けてある魔法を切った。
「あ、そうなんですか。かなりの量の砂を吸い込んだと思うので、たくさん詰まっているかも知れないです。でも……」とターシャちゃんが首をかしげている。首を傾げている姿も可愛いと思う。不格好な箱、つまり私が作った掃除を抱えているにしても、その可愛さはいささかも衰えない。
「でも……? 何か気になることがあるの?」と私は聞く。
「特に、この箱が重くなったりしているようには感じないんですけど」とターシャちゃんは言う。
「気のせいじゃないかしら。今から布を取り出して見せるから、すぐにわかるわよ」と言って、地面に置いてもらった掃除機を私は開けた。
「あれ? ターシャちゃん、この箱の中の袋、取り出しちゃった?」と私は聞く。箱の中は空っぽだった。私が確かに入れたはずの布もない。
「いえ、箱を開けたりはしていないんですが」とターシャちゃんは首をかしげる。
「さっきまで吸っていたはずの砂も無いわね? 何処に行っちゃったのかしら?」と私も首をかしげた。




