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59 魔王討伐、そして……

 習慣というのは、やはり恐ろしいものだと思う。ベットに入ってもなかなか寝付くことができず、明け方近くまで寝れなかった。明らかに睡眠不足なのだけれど、体が勝手に起きてしまう。いつもの起床時間だ。いつもの、城壁を一周する時間に起きてしまった。昨日はいつもの訓練に比べたら体への負荷はそんなになかったようで、体は疲れてはいない。けれど、やはり重いのは心の方だろう。疲れているのは精神なのだろう。


「憂鬱だわ」と私は独り言をいう。正直、今日一日、寝ていたい気分だったけれど、日本での社会人生活が長いせいか、決められたルーティンをこなさなければという結論に至る。そして、服を着替える。


「モニカさん、おはようございます。朝食の準備できていますよ」と、食堂に降りた私にターシャちゃんが呼びかけてきた。


「おはよう」と言って私が席に座ると、ターシャちゃんが素早く給仕をしてくれた。相変わらずの黒砂糖パンと、今日は玉ねぎ入りのスープ。バジルが細かくきざまれてスープの上に浮かんでいる。


「わっ。モニカさん、どうしたんですか。目が腫れてますよ。し、失恋ですか?」と驚いたターシャちゃんが大声で言う。私よりも先に食堂に来て食事をしていた冒険者達も、バレバレであるけどさりげなく話を聞こうとしている。冒険者の一人はあからさまで、食事を終えて席を立ったのに、不自然にまた席に戻ってきた。腕を組んで瞑想しているようなポーズをとったけど、盗み聴きしようとう魂胆が丸見えすぎて呆れてしまう。情報収集は冒険者の基本であるし、それに対して文句を言うつもりはないけれど、他人の失恋? の話は冒険者業にまったく関係ないじゃないとは思う。


「違うわよ。色恋沙汰ではないわよ」と私は周りの冒険者にも聞こえるように大きめの声で言う。みんな聞き耳を立てているようだから、小声で話してもどうせ聞こえるだろうけど……。


「え? それじゃあ、何があったんですか?」とターシャちゃんは仕事を放り出し、私の座っているテーブルの向いの席に座る。いやいや、私の話を傾聴するような体勢を取らなくてもいいのにと思う。


「ちょっと昨日、しくじっただけよ。あまり話したくないことなの」と私は言う。端的に言えば、動物を虐殺したということだ。人として話しづらい。


「モニカさん、一晩中泣いていたんですよね。誰かに話したら楽になることってありますよ」と、ターシャちゃんが笑顔で言う。私を心配して話を聞こうとしてくれていることは素直にありがたく感じる。


 ちょうど1人の冒険者が食堂に入ってきた。

「あ、お客さんが入ってきたわよ。仕事しなくていいの?」と、私の心が言葉や態度に出ないように慎重に言った。


「また今度聴かせてくださいね」とターシャちゃんは言いながら、その冒険者への給仕を始めたり、食器の片付けを始めた。


 私も食事を終え、宿を出て南門へと向かう。私が倒したサイクロプスの全身骨格が飾られている広場の中央の井戸で、マカイラスさんが水を飲んでいた。


「おはようございます」と、私は無視して通り過ぎるわけにもいかず、彼に声を掛ける。


「目が腫れてるな」と言うのがマカイラスさんの朝の挨拶だった。ええ、腫れていますがなにか? 私は右手を前髪にあて、髪の毛で目が隠れるようにする。


「今日は、訓練は無しだ。それを伝えようと思ってな。今日はゆっくり休め」とマカイラスさんは言う。


「うん。気を使ってくれてありがとう。でも、城壁は一周してくるわ」と私は言って、その場を立ち去ろうとする。


「あとだな。もう一つ。昨日、はたいたりしてすまなかった。よく考えたら、戦いらしい戦いは、お前にとって始めてだったしな。初陣は、誰だって緊張するもんだ。俺の初陣したときなんか、生き延びることで精一杯だった。それに比べたら、立派なもんだったと思う。すまなかったな」とマカイラスさんは言う。


「そう。ありがとう」


 マカイラスさんが私の前に立ちはだかった。話はまだ終わっていないらしい。


「あとだな。これは、俺たちのパーティーのルールについて1つ伝えておく。っていっても、俺からのお願いみたいなもので、暗黙の了解みたいなものだがな。魔物と戦うときも、出来るだけ子持ちの奴がいたら、そいつ等との戦闘は極力避けるようにしている」とマカイラスさんが言った。


「うん。分かった。次からは気を付けるわ」


「理由は聞かないのか?」とマカイラスさんが言う。


「魔物とはいえ、子供を殺すっていうのは良心の呵責っていうか、常識的にどうかと思うし。当たり前のことだと思うわ。昨日も、酷いことをしたって思っている」


「いや、そうじゃないんだ。何か勘違いしている。お前は、冒険者として正しいことをした。俺の、町まで引き返すという判断は、他の冒険者や商人や街の人を危険にさらすということだ。討伐ができるなら、それをするのが、依頼を受けた冒険者の務めだ」とマカイラスさんが言った。


 さっきから、この人は何を言っているのだろうと思う。私が狼を虐殺してしまったことが正しいと言っているのか。でも、それならば、なぜ私はあのとき、マカイラスさんに頬を打たれたのか……。


「喉が渇いたわ。ちょっと、水を汲んだくれないかしら」と私はマカイラスさんに言う。マカイラスさんは、「ああ」とだけ返事をして、水を汲んでくれた。

 どうやら、私の言葉の意味を、マカイラスさんは理解してくれたようだ。私が前の世界で「喉が渇いたわ」と言うときは『喫茶店にでも入って、ゆっくり話しましょう』という意味だ。マカイラスさんも、その意味を察したようだ。

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