56 魔王討伐、そして……
「囲まれるぞ。モニカ、俺とトクソの間に入れ」とマカイラスさんが狼を威嚇しながら私に指示を出す。
「はい」とだけ答えて、私は弓を構えているトクソさんの間を通り、二人の間に移動する。敵に囲まれた時を想定した陣形で、直径2メートルの円の中心に私がいて、その周りにマカイラスさんとトクソさんがいるという配置だ。
そして、私も剣を抜いた。狼が体を低く伸ばし、後脚に重心を移しているのが分かる。いつでも私達に飛びついて来れるような体勢だ。
私達は、エイラトの東の草原に来ていた。狼3、4匹がエイラトの東10キロの場所に住み始めた、との情報が冒険者ギルドに入り、私達はその討伐に来た。私の実戦経験の場として適切な討伐依頼ということで、私達はそれを引き受けていた。しかし、現場に到着してみると、狼の群れの数は事前の情報よりも多く、狼20匹以上の群れだった。そして運が悪いことに、生まれて間もないと思われる狼の子供も何匹かいた。
数が予想より多い上に、群れに子供がいるは危険ということで、いったん街に引き返そうということになったが、狼が襲ってきた。子供を守ろうとしているだけだと思うのだけど、殺気立っている狼は、私達を逃がそうという発想はないように感じる。
「警戒しながら街の方へゆっくり移動するぞ」とマカイラスさんが叫ぶ。トクソさんは既に弓を番えている。いつでも放てる状態だ。
牙をむき出しにしている狼の一匹と目があった。他の狼よりも一回り大きい。この群れの主だろうか。敵意が映る瞳。こうなってしまったら、もうどうしようもないと、私は思う。
「マカイラスさん、駆除しないんですかっ」と、私の背後にいるマカイラスさんに叫ぶ。今回の討伐は、気圧魔法は使わず、あくまで剣のみで対処するということを事前に打ち合わせているが、もう仕方がない。私の視界に映った狼達の周りに結界を張っていく。
「モニカ、結界を張るんじゃない! 刺激するな」とトクソさんが叫ぶ。彼は、私が結界を張ったのを感知したのだろう。私達を囲む狼の数が増えていく。
「あっちの群れは子連れだ。数か月もすれば群れごと森に帰る。俺たちが縄張りから離れれば済むことだ」とマカイラスさんも叫ぶ。
鎖につながれている犬が10メートル先から私に向かって吠えているのを見るのだって怖い。早く何とかしたい。
一匹の狼が、私の方に一歩足を進めたのを、私は視界の片隅で捉えた。反射的にだろうか、私は気圧魔法を使った。
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狼達のうなり声が消え、風で揺れる草々の擦れる音と、私の心臓の鼓動しか聞こえなくなった。襲おうとしている狼がいなくなったのを確認し、私は息を撫で下ろす。
「おい、モニカ」とマカイラスさんの声が後ろから聞こえた。私は後ろを振り返る。
ぱぁぁん
私は、振り向きざまに、頬を叩かれた。




