55 魔王討伐、そして……
私の気圧魔法で掃除機を作れるのではないかという着想を得た翌日から、私は訓練の合間に、掃除機の作成に取り掛かった。仕組みとしては簡単なものだ。小さな木の箱を作り、それに竹の節をくり貫いたも作っただけだ。竹の節を抜くのは、槍を使う冒険者に頼んだ。十数回、竹の節を貫いただけで、簡単に中が空洞の竹を作ることができた。竹が割れてしまうかと心配していたが、「力を一点に集中させれば、鋼鉄をも槍は貫くことができるのだ」と冒険者はどや顔で言っていた。
節をくり貫いた竹は、半分に割ったらそうめん流し用の竹も作れそうだななんて思う。こっちの世界には、ソウメンのような細く、白い麺は見かけないけれどね。それに、ソウメンの液の材料の1つである、鰹節とダシ昆布が手に入らなそうだし、そうめん流しの道具を作っても意味がないけどね……。
箱の中に、簡単な麻布の袋を入れて、そこにゴミがたまっていくように工夫をする。これで、外見は掃除機に見えないこともない。
スイッチのオン・オフが、私にしかできないということが自作掃除機の欠点として浮かび上がった。一度魔法を使うと、スキル「魔法自動継続」の効果だと思うのだけど、ずっと吸い続ける結果となってしまう。それに、竹筒の中を空気が流れている音が五月蠅い。だからと言って一旦魔法を解除してしまうと、また魔法を掛けなければならないから、めんどくさい。
「おいモニカ、その掃除機っていうの、五月蠅いぞ。黙らせることはできないのか?」と昼食を食べながらマカイラスさんが不機嫌そうに言う。
「今、改良中なのよ。動かしたり止めたりがねぇ」と私もご飯を食べながら言う。足下には、掃除機の試作機が転がっている。うぉん、うぉんと、竹筒の中へと空気が流れ込んでいく。
「それは、前にいた世界の道具なのか?」とトクソさんは、緑のピーマンかパプリカか区別のつかない野菜を食べながら言う。
「そうだけど…… でも、この世界では、私が発明者ってことになるわね」と私は言う。別に、私が発明にこだわっているわけではない。でも、青色発光ダイオードの裁判以来、会社の研究職に対する発明報酬が跳ね上がっていることを、経理だった私は知っている。そんなに特許出願件数は多くない会社だけど、特許を取って製品化された時や、他社から特許使用料を受け取ることができるようになった際の、研究者の発明報酬はびっくりする。何、この特別ボーナスの金額……、私のボーナスと桁が違うんですが…… ってな感じ。まぁ、発明なんて滅多にあるケースじゃないけどね。
「でも、そんなに便利なものなのか?」とマカイラスさんが胡散臭そうに言い放つ。
「便利だわよ。洗濯とか掃除は大変だし、出来る限り負担を減らしたいじゃない」と私は言った。洗濯板で洗濯をするのって、結構きつい。洗濯機がない時代の人は、これを定期的にやっていたと思うと頭が下がる。おそらく、昔の日本では、女性の仕事であったのだろう。当時は、家族も多かっただろうし、相当大変だったと思う。
私は、お風呂のついでに浴室で洗濯をしているが、それでも大変な作業に変わりはない。真冬などになればもっとつらい作業となるだろう。お湯ではなく、冬の冷たい水で衣服を洗濯板でこすり合わせるのは想像したくない。洗濯魔法ってのがあれば便利なのだろうけど、そんな便利なのはなさそうだし。
ターシャちゃんだって、この季節ならまだ大丈夫だが、真冬に冷たい水で雑巾を絞るという作業は大変だ。きっと、手は皸だらけとなっているのではないだろうか。
「まぁ、作るのはいいが、訓練はちゃんとやれよ。訓練をサボる言い分けにするなよ」とマカイラスさんが言った。そして、私はカチンときた。
「その言い方、酷くない? ちゃんと訓練だってやっているじゃない! さっきから、不機嫌そうにご飯を食べてるし、何が気に入らないの? 掃除や洗濯をやる人の大変さ、マカイラスさんは分かってないと思うわ」と私は言った。
「いや、悪かった。そういうつもりでいったんじゃないんだがな。訓練は命に関わることだから、おろそかにするなよ、と念を押したかっただけだが……。言い方が悪かったな。すまん」とマカイラスさんは言って席を立ち、訓練場の方へと消えて行った。
「もう。あの態度、何なのよ」と、マカイラスさんが席を立ってから、赤色のパプリカを食べているトクソさんに私は愚痴を言う。
「まぁ、奴なりにお前を心配しているってことだ。黄色の食うか? エルフは苛立ったときに、黄色のパプリカを食べるものだ」と言って、私の皿に黄色のパプリカを一個置いた。生のパプリカを丸かじりするのって、最初の一口目は美味しいのだけど、後から水っぽい感じしかしなくなってきて、食べきるのはきついのよね……。黄色のパプリカを食べるというのは、人間で言えば、怒りっぽくなった時はカルシウムが足りてないから牛乳を飲め、というのと同じことなのだろう…… というか、そもそも私、エルフじゃないんだけどね……。
「でも、あの態度はないですよ。きっと、奥さんとかに家事を任せっきりで、箸を準備したり、ご飯を装うとか、そんなこともしないで食事が準備されるまで、食卓で偉そうに新聞を読んでいるタイプですよ。そのくせ、味噌汁が濃い薄いとか、豆腐は今日は入ってないの? とか文句言うタイプだと思います。よく同じ家で生活できてますね」と、私は言った。
「冒険者として身の回りのことを自分でやるのは当たり前であるし、マカイラスも当然、自分自身でやっているぞ。『同じパーティーの仲間の陰口は言うな。文句があるなら、パーティー全員がいる場所で堂々と言え』という言葉も、冒険者の基本だから覚えておけ」とトクソさんが言った。
「あ、いや。陰口を言ったつもりではないんだけどね。そう聞こえたのなら謝るわ」と私は言う。ちょっと愚痴をトクソさんに言ったつもりだけど、陰口と言われると私の立つ瀬が無い。往々にして、給湯室で行われる女性だけの内緒話は、陰口の割合が95%くらいだしね。ちなみに、残りの5%は、道ならぬ恋の噂話であったりするが……。
「マカイラスの態度にも問題があったと俺は思うがな。同じパーティーだからと言って、生き方も考え方もそれぞれだ。尊重すべきだろう」とトクソさんが言う。そして、私はそれに頷いた。
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訓練が終わり、私は宿に試作機を持って宿に帰った。ターシャちゃんに使ってもらって、使用感とかモニタリングしたい。もし気に入ってくれたのなら、試作1号機はターシャちゃんにプレゼントしてもいいかなと思ったからだ。
私が、掃除機の使い方を実演して、床の砂を吸い取って見せたら、ターシャちゃんは感動していた。私の女子力に感動をしたのかも知れない。




