49 魔王討伐、そして……
「それで、お前は一体何者なのか、聞かせてもらおうか」とマカイラスさんが言う。私たち3人は応接室に座って話し合いを始める。机の上には、コップが3つ。結局マカイラスさんがお茶を淹れてくれた。悔しいが美味しい。
私は巫女っていう怪しい女に突然召還されて、魔王を倒して欲しいと頼まれて断ったことや魔法の能力やスキルをもらったことをマカイラスさんとトクソさんに説明をした。そして、最も大事な部分、私を元の世界に送り返してくれるような、凄腕の魔法使いを探さないといけないということを話した。
私が説明を終えてから、しばしの沈黙の後、「なるほどな、お前の話を聞いて納得したことが2つある」とトクソさんが口を開いた。
「1つ目が、お前の魔力だ。魔力は筋肉同様、使えば使うほど強くなっていくはずだが、魔法をあまり使った事がなさそうなお前が、なぜあれほどの魔力を秘めているのか、ということが納得できた。才能、天性、という言葉で片付けて、深くは考えていなかったがそういうことだったとはな」とトクソさんは言って、お茶を啜った。
私は、黙ってトクソさんの話の続きを待つ。
「2つ目が、勇者のことだ。勇者達は、この世の者とは思えない、それこそ魔王を倒せるのではないかと思うほどのスキルを持っていたが、どうも違和感があったのだ」とトクソさんは言う。そして、またお茶を啜る。
「違和感と言うのは?」と、続きを待ちきれなくなったマカイラスさんと私は、同時に同じことを言った。
「スキルというのは、研鑽の中で生まれていくものだ。体に技を染みこまてやっと習得するものだ。しかし、俺が一緒に戦ったことのある勇者は、どうもスキルを頭で使っているような感じだった。決して、体が覚えているからというような感じではなかったのだ」とトクソさんが言う。
「ごめんなさい。言っていることがよく分からないわ」と私は言った。
「つまりはこういうことだ」と言って、持っていたコップを勢いよく私の方に向けた。
コップの中に残っていたお茶は、飛び出してきて私の方に向かって来る。私は、思わず目を閉じる。そして、顔と首筋に温い水の感触を感じる。トクソさんに、お茶を掛けられた。
「ちょっと、何するのよ!」と私は怒る。
「つまりは、そういうことだ」とトクソさんは言って、思索に耽っている。トクソさんの態度に、私の堪忍袋はぶち切れ、「ちょっと、どういうつもりよ。人にお茶をかけるなんて、失礼じゃない!」と言って、テーブルに置いていた私のお茶を持って立ち上がり、お返しにトクソさんにお茶をぶっ掛ける。
しかし、トクソさんめがけて放ったお茶は、「シュッ」という風の音と共に何処かに去っていった。
「これが、スキルを無意識で使いこなす者と、頭で考えてから使う者の差だ」とトクソさんが静かに言う。
「どういうことよ」『モニカ、まぁ落ち着け』とマカイラスさんが私を制する。
「お前が一挙手一投足にまで魔法やスキルを染みこませていたのなら、お前の魔法で蒸発させるなり、凍らすなり、簡単に防げたはずだ。しかし、お前は防げなかった。逆に、トクソは防いだ。その違いだ。咄嗟に使えるか使えないか。それが、スキルや魔法を体で覚えた者と、単に与えられた者の明らかな違いだ。口で説明されるより、わかりやすいだろ?」とマカイラスさんが説明をする。
説明の意味は分かったけれど、お茶を掛けて説明するなんてひどい。しかも、私の中に嫌な思い出がよみがえってきた。事の終わりに、妙に私の顔にアレをかけたがる男だ。髪にまで付着してしまったりすると洗い落とすのが大変だったし、ゴムを付けてと言っても付けてくれなかったし。「出来たら結婚しよう」と言う割に、顔に出すし。まぁ、たまにお腹だったけど。私としても、その人と結婚することには異存はなかったけれど、式場の予約をするにしても半年以上先の話になるし、お腹が大きくなってからウエディングドレスを着るのもなぁなんて思って友達に相談したら、「来ないの。出来たかも」と嘘を言って、プロポーズを誘導してみたら? というアドバイスをもらってそれを実行してメールを送って見たら…… 彼と音信不通になるし……。嘘を付いた私も悪かったけれど……。
まぁ、そんな暗い過去をトクソさんにお茶を顔にかけられて思い出してしまった。
そして、ふっと我に返ると、
「竜滅者バルドロス、魔術宰相アクオンタム、豊穣のスラヴァ、和解者リーヴァイストラウスの4人が、有力候補だろうか」とマカイラスさんが言っていた。
「豊穣は、魔力という面では可能性が高いだろうがな。見渡す限りの砂漠を、百花繚乱の草原へと変えるあの魔力は恐ろしく感じるほどだ。しかし、魔法属性がそもそも違い過ぎるだろうな。和解者も、彼の英知を借りるというのは手かも知れないが、魔術師としての能力はそこまで期待できないと思うがな」とトクソさんが言う。
完全に話に置いていかれている。
「ごめんなさい。今、何の話をしているんですか?」と私は聞く。聞きなれない言葉が多すぎて、話がうまく掴めなかった。
「お前を元の世界に送り返せそうな候補を出してるんだ」とマカイラスさんが言う。
いやいや、その前にタオルとか持ってきてくれよ、こっちはびしょ濡れよ、と心の中では思いながら、
「え? 協力してくれるんですか?」と私は聞く。成り行きで魔王討伐に一緒に行ってくれたが、今後も協力してくれるとは思っていなかった。
「パーティーを組んだよしみだ。一緒に魔術師を探してやる。それに、突然、こっちに来てしまったんだろう? お前の親は、お前の帰りを待って心配してんじゃないのか? 事情を知っちまったからな。さすがに、放っとくことはできないわなぁ」とマカイラスさんが真剣な顔で言う。
「もし帰還できたとしたら、あっちの世界では一瞬の出来事になるみたいなので、親や会社の人が心配をするというにはなっていないと思います」と私は、チュートリアル部屋で巫女から聞いたことを伝える。
『私には恋人がいて、向こうの世界で私の帰りを待っているんです!』と言えないことが非常に残念ではある。それに、こういう場合、待っているのは恋人と相場が決まっていそうなものだが、親が待っていると、恋人という線を外してくるマカイラスさんの渋く、そしてある意味的確なチョイスに、なぜか自分自身を情けなく思う。
「まぁ、またしばらく一緒に旅をするってことだ。魔王討伐もあっという間に終わってしまって、物足りてねぇってのが本音だがな」とマカイラスさんが言う。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」と、私は頭を下げる。
「いいってことよ」とマカイラスさんが言う。
「こちらこそよろしく頼む。さて、話を戻すが、誰から当たってみるべきだろうか? 俺は、バルドロスか魔術宰相を当たってみるべきだと思う」とトクソさんが言った。
「魔術宰相は、王都か。和解者も王都で研究をしているはずだ。豊穣は、出張ってなければ神殿都市にいるだろうな。王都に向かうのが効率が良いように思うが、バルドロスがいる場所によっては、バルドロスを先に当たるべきだろうな。絶島や深緑森なんかにドラゴン討伐に行っているようなら、追いかけるのは事実上無理だし、その場合は王都を目指そう」とマカイラスさんが言う。
「うむ。では、ギルドに魔王討伐の報告を行うついでに、バルドロスの居場所も聞くことにしよう。モニカはそれで良いか?」とトクソさんが私に話を振る。いや、私に話を振られてもまったくわからない。
「はい。よろしくお願いします」と私は言う。正直、それしか答えようがなかった。




