5 チュートリアル
「とりあえず話を元に戻しましょう。まず、その魔王を何とかしなきゃ話が前に進まないということよね」
「はい」
魔王を倒すということに対して具体的なイメージが湧かない。なんか男の子が遊ぶゲームのような話だ。そもそも、魔王を討伐するって、勇者とかそういう感じの人がやる仕事だったような気がする。経理部が営業部に対して「もっと採算の良い仕事とってきてよ」なんて言おうものなら部署対立が起きる。魔王の討伐は、少なくとも私の仕事ではない気がする。人様の部署には、口出し無用、手出し無用。それに、勇者って女性というより男性な感じじゃん?
「ねえ巫女さん、貴女って、他の人を召喚したりできないの? この世界の魔王を倒せそうな人を呼べば良いんじゃないの? 私がしなきゃいけないって訳でもないのでしょう?」
「はぁ……。まぁ、出来ますが。しかし、既に多くの召喚者や転生者が失敗しているような案件ですので、慎重に人選をしなければならないので、お時間をいただくことになると思いますけど」と巫女は言う。
「私がその魔王討伐の案件を受注したときなんて、かなり適当なようだったみたいだけど?」
「うっ。申し訳ございません。あの時はかなり焦っておりまして……」
「そのことはもういいわ。じゃあ、魔王を倒せそうな人の人選はお願いね。私は、その間、生き延びることだけを考えるわ。それでいいでしょう?」
「はい……。分かりました」と巫女さんはしぶしぶ承諾した。
「あ、ちなみに、魔王を私じゃない誰かが倒し、私が元の世界に帰れるということになったら、時間の進み方はどうなるの? 時間が経過してしまうことになると、私、失踪扱いになってしまうわ」
「あ、それは大丈夫です。もとの時間に戻すことができますよ。それに、年齢や外見も元に戻すことができますので、その点は安心してください」
「あら、それは好都合ね。じゃあ、考え方によっては、休暇をもらったようなものじゃない」
「前向きに考えてもらうと、そういうことになります。私も、モニカさんに前向きに捉えてもらうと、罪悪感的に助かります」と巫女さんは軽く頭を下げた。
「まぁ、有給じゃないのが残念なところね。って、話が反れてしまったわね。とりあえず、そのチュートリアルを終わらせましょうよ。話が脱線しすぎよ」
「は、はい。では、魔法属性を選んでください」
「火とか、風とか言っていたわね。何がいいの?」と私は聞く。はっきり言って、魔法なんて信じられるか。真面目に考えること自体が阿呆らしい。
「オーソドックスなのが火魔法でしょうか。酸素がある場所なら使用可能なので場所を選びませんし、応用の利く魔法です。一流の使い手となれば、都市を丸ごと火の海にすることが可能です」
「いやいや、ちょっと待って」と私は巫女さんの発言に割り込んだ。
「都市を火の海になんかしないわよ。私は魔王と戦ったりしないし、安全に過ごすの。生活するのに便利な魔法は何かという点から、どの魔法がいいのか教えてよ」
「それだと、火魔法は料理をする時にも便利です」
「いや、ガスコンロかIHを普通に使えばいいじゃないのよ」
「ですが……」「もういいわ。火魔法は却下。風魔法というのは?」
「風魔法は火魔法に及びませんが、防御という観点からすると極めて有用です。特に、弓矢などの飛び道具に対する防御に関しては……」「いやいや、私のさっきの話聞いていた?」と私は巫女をキッと睨む。
「すみません……。生活となると、暑いときにそよ風を起こして快適に過ごせるということでしょうか」
はい、却下。普通に扇風機かクーラーでいいじゃない。
「水魔法は?」と私は聞く。
「水を自在に操ることができます。海や川、湖など水が大量にある場所だと無敵の強さを誇りま」「ストップ」と私は発言を遮る。この娘、わざとやっているのかしら?
「生活する上で水魔法は役に立つの?」
「それは、えっと。井戸で水をわざわざ汲まなくても、水を井戸から魔法で吸い上げることができるので、力作業が減ります」と巫女は言った。
井戸で水をくみ上げる状況なんて、どんな状況よ。蛇口を捻ればいいだけでしょうに。
「水魔法もいいわ。それで、土魔法は、土を自在に操ることができるってことでいいの?」と私は聞いた。
「はい。家を作る際など、大変便利です」と巫女は言った。私は当然、土で家を作るなんて、何を巫山戯たことを言っているのよ、と思った。