43 魔王討伐、そして……
魔王城は、私達が飛ばされた水晶石がある場所と目の鼻の先だった。目と鼻の先と言っても、半日以上は既に歩き、時刻は昼を回っている。
青々とした森が突然終わり、絶壁となっていた。森が終わった先は、大きな円形の窪地になっており、隕石が衝突してできたクレーターなのか、火山が爆発してできたカルデラなのか私は分からないが、深淵を描くように環状の輪ができている。そして、絶壁の下は湖となっている。
大きな円形の窪地の中心に、黒茶色のお城らしき建造物が見える。あれが、魔王城なのだろう。湖水が鏡のように空を写していた。そびえ立つ魔王城は、雲の中に浮かんでいるように見える。
城はサクラダファミリアに似ていると私は思った。ロケットを思わせるような塔が正面、左右にいくつも立っていて、見る物に荘厳さを感じるというよりは、畏怖を感じさせることを目的としている。
「モニカ、ひとまず休憩だ。次は、崖を降りて、湖面まで降りるぞ」とマカイラスさんが私に声を掛ける。
「え、この絶壁を降りていくの?」と私は言いながら、絶壁の下を覗く。ほぼ垂直だった。
「安心しろ、ちゃんとロープを用意する。ちなみに崖を降り始めてから、魔王を倒すまでは息つく暇もないぞ。俺達が準備をする間、お前はひとまず休んでいろ」とマカイラスさんが言う。いや、ロープがあるからって、安心なんて全然できないんだけど……。
「休憩は助かるわ。さっきから、踵が痛いのよね。靴ズレしてしまったかも知れない」と私は言って、背嚢を下ろし、地面に座り込む。しばらく立ち上がれる気がしない。地面に座って靴を脱ぎ、右足の踵を見たら案の定、皮がペロリと剥がれていた。はき慣れたランニングシューズとかならともかく、こんな靴で森の中をあるいたら、それりゃ靴ズレするわよね、と素直に納得できる。
とりあえず、唾でも付けておいた方が良いのかな、と傷口を眺めていたら、「モニカ、薬だ。塗っとけ」と、トクソさんが薬をくれた。粘着性のある茶色の塗り薬で、八角の匂い香りがした。この薬、人間にも効く薬なのだろうか…… エルフ専用とかじゃないわよね、と心配になったが、そんなミスをトクソさんはしなさそうだったので、私はそれを傷口に塗った。
マカイラスさんとトクソさんは私が休憩している間、森の中に入ってツタを持って帰ってきたり、持って帰ってきたツタを1つに結ぶという作業をしている。途中でツタが切れちゃったり、結び目が解けちゃったりしたら、真っ逆さまなのではないだろうか……。
「おいモニカ、ちょっと調べたいことがある。背嚢を背負って、あの枝にぶら下がってくれないか?」とトクソさんが話かけてきた。トクソさんが指さした枝は、私はジャンプすれば、届きそうなくらいの高さだ。
「あ、良いわよ。ちょっと待ってて」と言って、私は靴を履く。皮がズリ剥けた所も、痛くはなかった。トクソさんの薬が効いたみたいだ。
「あ、薬ありがとうね。効いたみたい」とトクソさんに俺を言ったら、「当たり前だ。あれはエルフ秘伝の傷薬だ」と無愛想に返された。
「この枝にぶら下がればいいの?」と私は言って、軽く飛びはね枝を掴み、ぶら下がる。枝の先が、私という重みが加わり、上下に揺れる。
え? これ、もしかして、私の体重を計ってる? と、枝のしなりに身を揺らされながら思う。
「よし、では、出来るだけでいいから懸垂をしろ」とトクソさんが言った。
「え? 懸垂? なんで?」と言いながら二の腕に力を込めるが、体が持ち上がる気配はない。懸垂なんて、小学生の時やって以来したことない気がする。何度も呼吸を止め、腕に力を入れて体を持ち上げようとしたが、持ち上がらなかった。そして、そのうちに指の感覚がなくなり、枝から手が離れた。
呼吸を整えている私にトクソさんが「まさか一回もできないのか?」と無情に言う。
「出来るわけないじゃない」
「マカイラス。問題が発生した」とツタを木に巻き付け付けているマカイラスさんにトクソさんが言う。
「あ、どうした?」と、マカイラスさんは、右足裏で樹木を押しつけ、両手でツタを引っ張りながら顔だけこちらに向けた。
「モニカは、おそらくこの崖を降りることは難しい。下までは降りれたとしても、下から上までこの崖を登ることは絶対にできない」とトクソさんが言う。
「え? 帰りもこの崖を登るの? それは絶対に無理よ」と私は叫んだ。降りるだけならまだしも、登るのは絶対に無理だ。
「魔王城なら、何処かへ転送できる転送魔方陣があるはずだ。それを使えば帰りの足は確保できないか?」とマカイラスさんが言う。うぁ、この人、魔王城に行く気満々じゃんと私は思う。
「そうであればいいのだがな。もし、それが見つからなかったら、こいつを背負ってこの崖を登ることになるが、それは出来そうか? 俺には無理だが」とトクソさんが言った。
「それは俺にも無理だろうな」とマカイラスさんが間髪入れずに答えた。なんか、遠回しに私が重いって言われているような気がしたけど、それには自分の名誉のために深く追求しないことにする。
「モニカ、本当に無理か?」とマカイラスさんに聞かれる。
即座に無理だ、と答えようとおもったけれど思い止まり、試しにツタを掴んでみる。そして思った。絶対に無理だと。
ツタは、つかみ所がなく、滑りやすい。私の握力なんかじゃ、自分の体重を支えきれないだろう。少なくとも、崖を200メートル降りる間、こんな滑りやすいツタで自分の体重を支えるほど、私の握力が持つとは思えない。私は、絶対に無理、と答えた。




