42 魔王討伐、そして……
水を2分ほど入れた鍋を私は見つめる。私の仮説が正しければ、水は沸騰してくれるはずだ。私は、頭の中で気圧よ下がれと念じる。
水はすぐに沸騰し始めてくれた……。私の仮説は正しかったようだ。分かってみると、結構あっけないものね、と思う。不思議でもなんでもない、ただの物理現象だ。
得体がしれないときには、もやもやするし時には恐ろしく感じてしまうこともあるけれど、分かってしまうと、なんだぁ、と思う。分かるまで、発見するまでが大変なのよねぇ。
林檎が木から落ちる、重力が存在する、ということも、誰かに教えてもらったら「そりゃ、そうでしょ」と簡単に納得してしまうが、自分でそれを発見出来るかというと、できないだろう。発明の類いも知ってしまえば、私にも思いつきそうだったな、と思うことが多々あるけど、最初にそれを発見するって、難しいし、そんな機会に恵まれることなんて滅多にない。
洗濯機に今では当たり前のように付いている糸くず取り具の発明だって、言われてみれば、糸くずは浮いてくるし、水の流れはあるのだから、それを網で掬ってやれば、簡単に糸くずを取り除くことができる。鍋の中に浮いてきた灰汁を取り除くことと原理的には変わらない。何も難しいことをしている分けじゃない。だけど、それを思いつけるかどうかというと、思いつかないものなのだ。
鍋の中の水は、やがて凍り付き始めた。この現象も、タネが分かってしまえば常識の範疇だ。気化熱だろう。その影響で、温度が下がっていき、水が凍っているのだろう。だから、ネズミの死体も表面が冷たく、霜が降りたようになっていたのだろう。
よし、分析完了。頭のモヤモヤが解消されて気分がいい。気圧をどうやって下げているのかという魔法原理は不明だけど、それによって引き起こされることは理解できたと思う。
「マカイラスさん、トクソさん。ちょっと来て。私の魔法の正体が分かったわ。今から説明をしたいのだけれどいいかしら」と2人に呼びかける。
私は、先ほどと同じ様に鍋に水を入れる。鍋の水が沸騰するところ、そして残った水が凍るということを見せれば、彼ら2人にも魔法の効果が分かって貰えると思う。
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「待たせたな」とマカイラスさんが座る。トクソさんは既に鍋の横に座っている。私もマカイラスさんに続いて座った。3人で、鍋を囲んでいるような感じだ。まぁ、鍋には水しか入っていないけれどね。
「では、私の魔法についての解説を始めます」
会社のプレゼンテーションと同じ要領でやればよいのだろう。「まずは、鍋を見ていてください」と言って、鍋の中の気圧を減らしていく。
そしてマカイラスさんが「水が沸いているっ」と、目を大きく開けて驚いている。いつもポーカーフェイス気味のトクソさんも驚いたようだ。二人とも、予想通り驚いてくれて、私は大満足だ。
そして、私は気化熱で水が凍ってしまう前に、1度魔法を解除する。
「2人とも、鍋の水を触ってみて」と私は言う。
「え? 火傷してしまうだろうが」とマカイラスさんが即座に言った。
「大丈夫よ、ちょっとでいいの」と私は答えて、自ら鍋の中に指を入れる。水は汲んできたときより明らかに冷たくなっているけれど、凍るほどの冷たさにはまだなっていない。
「ん? 熱くないな。むしろ、冷たくなっているのか?」と鍋の中から指を抜いたトクソさんが言う。驚き、この現象に困惑しているようだ。
「さっきの魔法をまた使うわ」と、私は当惑している2人に対して話を続ける。水はまた沸騰を始める。そして、水は凍る。
「魔法を解除したから、触ってみて」と2人に私は促す。2人は、既に鍋の中の水が氷に変わっていることには気がついてはいるようだ。
「凍っているな」とマカイラスさんが言った。
「なるほどな。つまり、お前の魔法は、3つの段階があるわけだ。1つ目が、窒息させる。この段階で、死ぬのも多いだろう。2つ目が、体の中にある水、つまり血液を沸騰させると言ったところだろう。それならば、サイクロプスやネズミから血が噴き出してたりしていたことにも納得がいくな。血が流れすぎると死ぬし、血の循環が止まれば朽ちていく……。効果は、絶大だろうな……。そして、最後が、凍らせるということだな。自己再生能力を持っている魔物でも、凍らせれば治癒速度は落ちるのは道理。呼吸が出来ないことに加え、体中の血液を蒸発させられて体内から爆発させられているような状況で、治癒能力が進まないのであれば、やがて絶命するだろうな。この理解で正しいか?」とトクソさんが言う。
トクソさんに、うまくまとめられてしまった。私が説明したかったのに……。ってか、まとめ方がひどい。何か凶悪な魔法を使っているようにまとめられてしまった。しかし、トクソさんの言っていることは、概ね正しい気がしたので、私は肯定をする。
「俺は、モニカの魔法で魔王が倒せないか、試してみる価値はあると思う」とトクソさんが、私が首を縦に振った後に言った。
「俺も、こんな魔法聞いたことねぇ。やるだけやってみるか」と、マカイラスさんも言う。2人とも、やる気満々といった顔つきになる。
本当は、「私は、嫌よ」と答えたいけれど、多数決の原理で言えば、すでに3人中2人が魔王討伐に向かう方向で賛成している。覆すことはできないだろう。それに、朝ご飯を食べ終わってからの2人の様子を見ていると、戦う気満々というか、尻尾を巻いて逃げる気が無いということは、薄々私も感じていた。
それに、私自身も、呼吸できない、体内の血液が蒸発、最後に凍結、ということをされても死なない生物はいないのではないかと思っている。少なくとも、地球上の生物は、この魔法で死ぬと思う。それに、魔王だろうが、天下人だろうが、死ぬときはあっけなく死ぬ。これは歴史が証明していると思う。だって、日本の歴史でも、第六天魔王と呼ばれていた織田信長は、部下の裏切りであっけなく死んでいるし。
「モニカ、魔王を倒しに行くということでいいな?」とマカイラスさんが言う。
「私の魔法で倒せなさそうだっときは、私だけでも逃がしてよね」と私は答える。
「そのときは全力でお前を逃がすことを考えよう」とマカイラスさんは言って、私の肩を叩いた。そして、「よし、パーティーの方針は決まったな。魔王城へ向かうぞ」と威勢良く叫んだ。




