40 魔王討伐、そして……
パンは固かった。日持ちがするように、二度焼きされたパンらしい。フランスパンのように表面は固いけれど中は柔らかいということでもない。パンを一度焼いて、そのパンをぎゅっと圧縮して潰して、そしてまた焼いたものらしい。
数日部屋において乾燥してしまったパンというような感じ。あまり美味しいものではない、というかそのままでは食べれない。スープに付けて、ふやけさせてから食べる用のパンなのだろう。
人参を輪切りにして塩を入れて煮込んだだけのスープは、人参の香りのする熱い塩水という感じ。出汁を取らず、味噌を入れないで作った味噌汁と似た味なのではないだろうか。
パンをスープに沈めて暫くしてから食べると、なんとかパンが食べるくらいの堅さになってくれる。咬んでいる内にパンの甘みが口の中にしみ出してくる。スイカに塩を振って食べると、甘みが引き立つというのと同じ原理だと思う。野菜スープの塩気で、パンの甘みが引き出される。
パンが無くなったので、スープの中の人参を食べる。うん、大きくぶつ切りされていて、中まで火が通っていない。
「ねえ、この人参切ったの誰よ?」と私は2人に聞く。
「俺だが?」とマカイラスさんが答えた。
「もっと小さく切りなさいよ。中まで火が通ってないじゃない」と私は文句を言う。
「人参は生ででも食えるだろ。中まで火を通しても、大して味に違いはねぇ」とマカイラスさんは言った。
「食感が大分違うわよ。大きく切ったのなら、せめて、もっと煮る時間を増やしなさいよ」と私はさらに不平を言う。
「文句ばっかりいってんじゃねぇよ。じゃあ、お前が作れよ。結局お前、何もしていないだろうが」とマカイラスさんが怒った。確かに、私は今回、見ているだけだった。作ってもらって文句を言える立場ではないだろうけど……。
それにしても、私が言いたくても言ったことのない台詞をマカイラスさんに言われた……。作った私の手料理に、いつも文句を言う男と付き合っていた時があった。濃いだの、薄いだの、冷めただの。炊いたご飯の水が多いだの……。新米を買ってすぐの時は、水の量の微調整が難しいのよ! 料理に文句を付けるだけならまだしも、台所で私の後ろに立って、効率が悪いとか、もうすぐ沸騰するから昆布は引き上げろだのと細かい指示もしてくるし。その癖、食器を洗うとかの手伝いもしてくれないし。取り皿出しておいてとお願いしても、手伝ってくれなかったし。
いつも、言いたかった……。『じゃあ、お前が作れよって……』って。
そういえば、手作りで作ったバレンタインデーのチョコに対して、チョコを溶かす温度が高すぎたんじゃないか? とか、形が歪すぎて食欲湧かないんだけどと、本気のダメだしをされたのは本当にトラウマになった。あれから、バレンタインの時は、既製品しかあげなくなったなぁ。
極めつけは、自宅で手巻き寿司を食べたいとか無理な注文を出してきた時だ。寿司桶とか、ぬれさしとか、家に無かったからわざわざ買いに行くはめになったし。頑張って作ったのに、「団扇での扇ぎが足りないな。酢飯に艶がないじゃないか」と言われたときは、私はこの男と付き合っていていいのだろうかと、疑問に思ったわね。結局振られてしまったけれど、まぁ、昔の男の話はいいんだけどね。
「すまん、言い過ぎた。今度は少し小さく切るようにする。言い過ぎた」と、マカイラスさんが謝ってきた。私が彼に答えず俯いて昔の男の事を思い出していたのを、私が気分が沈んでしまったのとかと勘違いしたのだろうか。
「あ、私こそごめんなさい。せっかく作ってもらったのに。野外での料理のかっては大体分かったから、晩ご飯は私が作るわ」と私は慌てて顔を上げて言う。
「ほぉ、そいつは楽しみだ」とマカイラスさんが笑顔で言った。険悪になった食事の場が、再び明るくなる。
「俺は肉は食わないから、その辺は考慮してくれ」とトクソさんも言う。
「あまり期待しないでね。材料が、パンと野菜と塩だけだと、正直、同じようなスープしかできないわ」と私は言う。レシピを考えようにも思い付かない。人参を☆型に切って、料理の見栄えをよくすることくらいしかできないと思う。
「まぁ、場所が場所だしそれはしょうが無いな。それに、トクソも気を利かせて、肉も持って来てくれればよかったのによ」とマカイラスさんが笑ってトクソさんに言った。
「そこまで頭が回らなかった。俺なりに随分と焦っていたからな。すまないな、モニカ」とトクソさんも笑顔で答える。
「いえ、私は別にいいんですけど」と私は恐縮する。
「おいおい、俺は無視かよ」とマカイラスさんがさらに笑って言う。
この2人の会話のやり取りを聞いているだけで、この2人が仲が良いのが分かる。命の危険のあるような冒険をしてきたのだろうから、強い信頼関係で結ばれているのだろう。
「街に無事に戻れたら、その時は美味しいスープをご馳走するわ」と私は言う。
「お、それはますます楽しみだな。何が何でも生きて帰らなきゃいけない理由が増えたぜ」とマカイラスさんが言う。
マカイラスさんは、普段は年相応のシブ面なのに、時折、屈託の無い、純粋な少年のように目をキラキラさせて笑う。たまに見せるその笑顔は、とても狡いと思う。
それにしても、どうやらマカイラスさんは私の料理に期待してくれているみたいだ。この世界で醤油らしきものは見かけないし、海産物も見かけない。鰹節も煮干しも昆布もないから、味のベースは鳥がらだろうか。でも、鶏がらスープを作るのって、結構大変なのよね。そういえば、私、鳥がらは圧力鍋でしか作ったことしかないや。普通の鍋だったら、どれくらい煮込むことが必要なのか、見当も付かない。
「ねぇ、圧力鍋って、聞いたことある?」と私は2人に聞いた。もしこの世界にもあるのなら、即時購入だ。料理の幅が広がるし、料理時間も削減できる。薪が燃料という世界で、長時間の煮込み料理は流石にやりたくない。
「あつりょくなべ? 聞いたことがないな。どんな鍋なんだ?」とマカイラスさんが言う。トクソさんも知らないようだ。
「高い温度で煮込む事が出来て、具に味が染みこむし、肉も軟らかく煮ることができる便利な鍋よ」と私は答える。やっぱりこの世界にはないのか。一度圧力鍋を使ってしまうと、普通の鍋に戻ることはできないとよく言われるが、まさしくその通りだと思う。残念だ。
「へぇ、そんな凄い鍋があるのかい。正直、あんまり料理道具には拘りがないからなぁ。この鍋も、もう10年は使っているよなぁ」とマカイラスさんが言い、それにトクソさんが同意する。
随分と年季が入った鍋だと思っていたけど、10年使っていたのね。鍋の裏側なんか、煤で真っ黒だし。
あ、でも、気圧魔法を鍋に使って、鍋の中を高圧にすれば、圧力鍋と同じ効果を作り出すことができるのではないだろうか、と私は閃く。圧力鍋は、中の蒸発した水蒸気を逃げないようにして、高い圧力を作り出すという構造だった。その構造を、私の気圧魔法で代用すれば、鍋の中を高圧に保つことができるのではないだろうか。そうすれば、同じように、美味しい料理が作れるのではないだろうか。
ちょっと待って。圧力鍋は、鍋内の気圧を高くすることによって120度近い温度で煮込むことが出来る。じゃあ、反対に気圧を下げた場合はというと、液体の沸点は下がるはず。富士山の山頂では、90度くらいで沸騰するということを聞いたことがある。私の気圧魔法で、気圧が低くなったことにより、少なからず液体の沸点は下がるはずだ。これは検証してみる価値があるのではないだろうか。私は、そう思った。




