4 チュートリアル
「次は魔法属性を選んでいただきます。ご希望は何かございますか? 魔法の品揃えは豊富です」と巫女は言う。
「魔法? 非科学的なあれ?」と私は訝しく聞く。
「左様でございます。一番人気は、火魔法ですね。次点は風魔法。その他、水魔法や土魔法も根強い人気があります」と、巫女はどや顔で説明する。どや顔で魔法とか言って、この恥ずかしくないのかな?
「ちょっと待って。魔法を使えるようになるって言いたいのだろうけど、その魔法を使えるようになってどうするの? まさか貴女がさっき言った魔王とやらを魔法で倒せってこと?」と私は聞く。
「はい。そういう流れになっております」と巫女は言う。なにが、そういう流れよ。意味が分からんし、と心の中で思ったけれど口には出さない。さすがの私も限界に近いようで、額の血管が浮き出ていたりしているかも知れない。
「いやいや。そんな戯れ言より、はやく私を解放しなさいよ。いい加減、私も怒るわよ? 私は仕事に行かなきゃならないのよ。それに貴女、学校に行かなくていいの? 見たところ、高校生くらいの年齢でしょ?」
「ごめんなさい。私が求人募集から魔王討伐を選択してモニカさんを登録したので、魔王を倒すまでは元の世界に貴女は帰れません」
「言っていることが本当に分からないわ。詳しく、そして分かりやすく説明してくれないかしら?」と私は言った。なんなのよ、この巫女って子。大人を馬鹿にするにも限度というものがあるわ。
「えっとですね」と巫女は暫くの沈黙のあとに口を開いた。
「巫女巫女ミュニケーションの求人広告欄に、【魔王を倒して世界を救え!】という依頼がありまして、その依頼の1つをモニカさんが引き受けたことになってます。魔王を倒さない限り、モニカは元の世界に確実に帰れません。例えるなら、外国人傭兵部隊に一度入隊したら、簡単に除隊できないのと同じです」
外国人傭兵部隊? 意味が分からない。
「私は引き受けた記憶もないのだけれど?」と私は反論する。
「はい。私が勝手に引き受けたことにしました」と彼女は言った。いや、自白した。
「つまり、巫女さんのせいで私は帰れなくなってしまった?」
「はい」
「やっと状況を掴めてきたかもしれないわ。貴女、ちょっとそこに正座しなさい」と、私は地面を指差しながら言った。厳しめの口調だ。
「はい。お姉さま」
「いや、なんでお姉さまなのよ」と私は呟いた。叱責をしようと思っていたが、毒気を抜かれてしまった。
「どうして、私の意思とは関係なく、魔王を倒すとかいう話を私が引き受けてしまったことにしたの?」と私は聞く。
「間違って神隠しを起こしてしまったとなれば、私は厳罰に処せられます。しかし、巫女巫女ミュニケーションの求人募集に合致する人を見つけたからこちらに呼び寄せたという風にごまかせたら、叱責されないからです」と巫女は言った。なんて清々し顔で巫女は話すのでしょう……。呆れて何も言えない。
つまり、巫女の勝手な自己保身のために私は誘拐されたのだろう。もう、なんかいろいろと疲れたよ。頭が低気圧と関係なく痛くなってきたよ……。
「私がこの場にいるのは全部貴女のせいだということはわかったわ。それでなんだったかしら、魔王だっけ? それを倒さないと帰れないというのはどこまで本当なの?」と私は聞いた。
「どこまでも本当です」
いやいや、本当だったら困るのだけど……。
「魔王を倒せば帰れるの?」
「…………」
「え? 帰れないの?」
「分かりかねます。貴女を元の世界に送り返せるほどの使い手がいたら可能ではありますが……。そんな術者は100年に1度現れるかどうか……。しかも、術者自身が見たことも聞いたこともない世界へ送り返すとなると……。非常に難しいと思われます」
「ちょっと、貴女さっきから言っていることが支離滅裂よ。つまり、魔王を倒せないと確実に帰れない。そして、魔王を倒しても帰れるとは限らない。つまりそういうこと?」と私は巫女に聞く。
「そういうことです。お姉様はまとめ上手なのですね」と巫女は言う。
だからなんでお姉様なのよ……。そんなキラキラした目で見つめられても気持ち悪いわ。
「なんとなく分かってきたわ。魔王を倒すとかいう馬鹿げたことであっても、そしてそれが私の預かり知らないところであるとはいえ引き受けたということになってしまったのであれば、その仕事を完遂するまでは帰れないというのは理解できるけど、仕事を完遂させたのに帰れないというのは、理不尽な感じね。どうにかならないの?」と私は言う。
「どうにもできません。でも、お姉様は器が大きい方ですね。一方的に召喚されただけでも充分理不尽だと思うのですが……」
いや、召喚した張本人がそんなこと言う方が理不尽でしょ、と思ったけれど言わないでおく。
「まぁ仕事柄そういうことには慣れているからねぇ」と私は言った。
先日だって、資材調達部の連中が『給水逆止め弁』を注文するつもりだったのに、『給水弁』を注文して大騒ぎになった。しかも、納入されてから気づいたというお粗末さ。返品するわけにもいかないし、泣く泣く経理部が持っていた事業計画とのバッファを全て掃き出して穴埋めすることになった。もしこれ以上円安が進んだら「円安による材料費の高騰を価格転嫁できず、事業計画未達という結果になりました」なんていう内容の文章をIRに乗せなきゃならなくなる。そして、業績未達だと来年夏のボーナスが大幅に減るんだよね……。
「お仕事によって器を大きくされたのですね……。魔王を倒しても帰れないかもしれないということは、あなたの上司のように、片道切符で関係会社へ出向するようなものだと思っていただければ納得していただけるかもしれません」と巫女は感慨深げに言った。
「え? どういうこと? 上司って? 出向?」
「ええ。昨日、モニカさんの部署の課長さんが、責任役員から出向の内々示を受けておりますよ」と巫女は言う。
「そ、そうなんだ。特に課長、変わった様子はなかったけれど……」
「内々示を受けたあと、長い間、地下の駐車場の車の中で男泣きをされていましたけれど……」
そっか……。だから社用車の中が煙草くさかったのか……。そういうことだったのね。
『ちなみに、昨日は営業部の入社同期の方と新橋の高架橋下の居酒屋で飲まれておりましたよ。「入社以来、会社の為に身を粉にして働いてきたのに……」なんて言われながらホッケをつまみ、ハイボールを飲まれる姿は、私の胸を締め付けるものがありました』
「いやいや。ちょっと、ちょっと。なんでそんな私の会社の内部事情に詳しいのよ。もしかしてあなた、課長のストーカー? でもそんなことしても無駄よ。課長は愛妻家で有名だし、昼はいつも愛妻弁当なんだからね!」
「いえいえ。私は巫女ですから、そういうことも分かってしまうのですよ」と巫女はどや顔で言う。
「不思議な力を持っているのね。私をこんな場所に連れてきたのも、どうやら貴女なようだし」と私は言う。確かに、この変な娘に、超常的な力があるということは分かった。
「はい。不思議な力を持っております。それに、同僚からも不思議ちゃん、とよく言われますので」と巫女はどや顔で言った。