35 魔王討伐、そして……
差すような眩しい光の後、ゆっくりと目を開けると優しい闇が広がっていた。大きな水晶石が大きな石の上に置かれて、うっすらと輝いている。モルディブの海の中から、波に揺られる太陽を見上げた時のような優しい光。
大きな石の下からは、湧き水が流れており、水面が水が光っていて、なんだろうと近づくと、光が一斉に火の粉のように舞い上がる。無数の蛍だった。
「わぁ、きれい」と私は思わず声を漏らす。実家で夏に蛍を見ることはあったが、これよりもグッと数は少ない。私は空を見上げた。空へと舞飛ぶ蛍と、星空が重なる。星の正体は、空高くまで飛んでいった蛍なんだよ、とこの光景を見ながら教えられたとしたら、私はそれを信じてしまうかも知れない。そんな光景だった。
スゥ、スゥ、スゥ、という音が水晶石から静かに響いてくる。水晶石が何かと共振している音だろうか。心なしか水晶石の輝きも明るくなってきている。
そう、思っていたら、いきなり目の前にマカイラスさんの後ろ姿が現れた。一瞬で現れるという奴だろうか。ハリウッド映画か何かで見た、テレポートの力を持った超能力者みたいだった。
「あの、マカイラスさん?」と私は声を掛ける。私の方を振り返った「ああ、モニカか。どうやら転送されちまったようだな」と、肩をワザと挙げて戯けた印象を作る。
「なんか、幻想的な場所ですけど、ここ、どこなのでしょうね?」
「俺にもはっきりしたことは分からないが……。これは、スズランだな。スズランが生えているとなると、エイラトの辺りではないな。あの辺りはスズランが生育するには暑すぎる。群生地はエイラトからかなり北の地域だ。もしくは高原や山地だが……」と、マカイラスさんは胡座をかいて地面に座った。
「これ、スズランなの? 行者大蒜なんじゃないの?」と、私もその植物を見て感想を言う。
「ん? ぎょうじゃ、ってのが分からないが、似たような大蒜の植物はあるな。しかし、これは間違いなくスズランだ。トクソが、毒矢を作る際に使うし、俺も手伝って採取したことも数え切れないくらいあるからな。見間違うはずが無い。モニカ、これは毒性があり、食えないからな。食うなよ」とマカイラスさんは言う。
「いや、食べたりしないけれどね……」と私は言う。例えこれが行者大蒜であったとしても生で食べたりはしないわよ。
「やはり、あの野郎の話からしても、植物の種類からしても、魔王城の近くなのだろうな」とマカイラスさんは言う。
「魔王を倒せとか言っていたものね。まったく迷惑な人ね」と私はため息交じりに言う。
「モニカ、お前、前向きな奴だな。俺は、ここが魔王城の近くってことは結構ショックなのだけどな」とマカイラスさんが言う。
「魔王城に近づかないようにして、逃げ帰れば良いじゃない」と私は言う。
「いや、それも一苦労だぞ。魔王の力の影響で、この辺りのモンスターは強いと聞いている。あのサイクロプスなんて目じゃない程の強さだと思うぞ」とマカイラスさんがため息をつく。
「え? じゃあ、これからどうするの? ここも危険なんじゃないの?」と辺りを見渡す。この場所は森の中の開けた場所なようで、周囲には木々が広がっている。
「ああ、ここは大丈夫だ。ここは、セーブポイントのようだからな」と、マカイラスさんは水晶石を指さして言った。
「セーブポイント? なんか聞いたことがあるわね。あ、思い出したわ。なるほどね。でも、どうしてこんな所にそれがあるの?」と私は言う。たしか、ゲームを途中で止めるための場所、名前の通り、データをセーブする場所だった気がする。
昔付き合ってた男が、デートの約束の時間になっても来ないし、携帯に電話してもつながらなったから、心配して彼の家まで行ったら、彼はテレビゲームをしていて、「セーブポイントが見つからなくてよ。あ、いま手を離せないからちょっと待ってて」とか言われて、一時間以上放置されたことがあった。ちょっと文句を言ったら、「こんな広いダンジョンなのに、セーブポイント作ってないなんて、制作側のミスだよ。俺のせいじゃないよ。文句なら制作会社に言ってくれよ」と逆に怒られたなぁ。私の誕生日にも同じ事をされて、怒ってゲームのコンセントを抜いたら「どうやら君は、僕と違う次元で生きているらしい。僕は2次元で、君は3次元で生きている。別れた方がお互いのためだ。四次元ポケットが発明されたら、その時はまた付き合おう」とか言われて、喧嘩別れしちゃったなぁ。まぁ、昔の話だけど。
「おそらくだが、勇者の誰かがここに設置したのだろう。見たところ、湧き水が沸いているようだし、魔王の邪気を浄化するような地脈があるのだろうさ。セーブポイントを設置するには絶好の場所だ。まぁ、その辺りはトクソが詳しいのだがな。それにしても、トクソのやつ、転送されてこないな」とマカイラスさんが言う。
「別の場所に転送されたとか?」
「いや、それはないな。セーブポイントの水晶石には、転移魔方陣が彫り込む形でセーブされている。その魔方陣を目印に俺達を転送したはずだからな。トクソだけ違う場所に転送されたということはないだろう」
「じゃあ、どうするの? ここでトクソさんを待つ?」と私は聞いた。
「ああ、そうだな。どちらにしろ、こんな夜では森の中を移動するのは危険だ。今日は、ここで野宿だな。俺も、酒が回って、眠たくなって来ちまったしな」とマカイラスさんが言う。
「そうね。でも、こんな所で寝て風邪引かないかしら? マカイラスさんは、毛布とか持って来ている?」
「持って来ているはずがないだろう。ギルドからいきなり飛ばされたんだからな。だが、風邪とかは心配ないぞ。この水晶石の光が届く範囲だったら、むしろ健康になるくらいだぞ」とマカイラスさんは言って、地面に寝転がった。どうやらこのまま寝るつもりらしい。
私もマカイラスさんに習って、地面に寝っ転がる。横たわって目を閉じると、マカイラスさんの言っている意味が分かった。おそらく水晶石の効果だと思うのだけれど、体中がぽかぽかしてくる。充分に暖められたオイルで、全身マッサージを施術されているような心地よさ。草が耳に当たってくすぐったいのが何とも表現しがたい感覚。すぐに私は眠りに落ちた。




