33 魔王討伐、そして……
「それでよ、俺は四男だったわけよ。体も兄弟の誰よりも大きくてな。それで大飯くらいだったのよ。豊かな村でもなかったし、いつも空腹だった。弟も3人いたしな。俺が食べちゃダメだ。弟達に食わせなきゃならないと頭では分かっていても、お腹は勝手に空いてしまう。モニカ、お前は経験したことがあるか? 食事が終わった後に大きな腹の音が鳴っちまうって経験を。飯を食ったあとだぜ。ぐううううって、大きな音だ。部屋中に響くんだよ、これが。最初に鳴ったときなんぞ、恥ずかしかったし、気まずい。それが、毎日だ。たぶん、俺の胃袋の方も、飯が入ってきて、もっとくれ、もっとくれと叫んでいたのだろうが、まぁ、俺も家族もいい気分はしねぇわな。まぁ、そんな日々を過ごしていた中でよ、弟が病気になって死だのよ。ただの風邪を拗らせて、あっという間だった。俺は思ったのよ。弟が俺の分の飯を食っていたら、生きたんじゃないかった。風邪を拗らせて死ぬようなことはなかったんじゃないかって。それで、俺は家族と離れ、冒険者になるために旅立ったってわけよ。家出同然だったけれどな」と、マカイラスさんが言った。既に彼は酔っている。
エールを既に樽1つを開けて、二つ目の樽に既に突入している。途中でトクソさんも加わって、私達3人で飲んでいるのだが、よくこんなに飲めるなぁと私は思う。前の世界のようにキンキンに冷えたビールではないから、飲み過ぎでお腹を壊すということはないのだろうけど、樽を1つ空けるとは思わなかった。そういう私も、10杯くらいは飲んでいるけれどね。あ、でも、このコップは小さいから、このコップ3杯で中ジョッキ1杯分の換算くらいだろう。
「それでよぉ、このエイラトの街で冒険者登録をして、晴れて冒険者となったのさ。この街を拠点にして活動してたんじゃあ、家族と顔を合わせる機会もあるかもしれないと思ってよ。ブノンに直ぐに移って、そこで活動を始めたんだ。それからすぐだったな、お前と出会ったのは」とマカイラスさんがエールを樽から柄杓ですくいながら言った。
「ああ、そうだった。お前が森の調査依頼でトラバにやってきたのだったな」とトクソさんが言う。トクソさんは、お酒が凄い弱いと思う。最初の1杯目のエールをずっとちょびちょび飲み続けているだけなのだが、すでに顔が真っ赤だ。特に、彼の特徴的な尖った長耳は真っ赤だ。不健康そうな色白の肌だから、赤くなると余計目立つ。典型的なお酒を飲むことができない人という感じ。
「そうだ、思い出した。モニカ、こいつは酷い奴だったんだぞ。俺が森に調査に入ったとき、木の影、俺の背後から俺を射殺そうとしたんだからな」とマカイラスさんが笑いながら言った。
「それが森の掟だ。縄張りを犯したのはお前の方だったからな。それにしても俺の矢を防いだ人間は久しぶりだった」とトクソさんが言った。
「ああ、あれは偶然だ。気配がしたような気がしたから、盾を体の後ろに回したら、勝手に盾が矢に当たったんだ。あの幸運がなかったら、あの時死んでいただろうなぁ。ははは」とマカイラスさんは言って、杯を口で傾ける。マカイラスさんは、笑い上戸なのかも知れない。
「それから、仲良くなったということ何ですね。マカイラスさんとトクソさん、一緒に訓練したり、仲良さそうですしね」
「ああ。一応、パーティーを組んでいるからな。もうかれこれ20年以上になるか」とトクソさんが言った。
「ああ、もうそんなになるのか? 長いようであっという間だな。あ、そうだ。モニカをパーティーに入れるってのはどうだ? 魔力量が多いのだったら、鍛えればモノになるかも知れないぜ」とマカイラスさんは言った。
「あまり、賛成しかねるがな。その前に、本人にその意向があるかないかが先だろうよ」とトクソさんが言う。
そして、2人が私の方を見る。私は、自分の意向というのを2人に示さなければならないのだろう。しかし、問題があった。エールの樽1個目の半分くらいからだろうか、マカイラスさんが上機嫌で話すのを私は適当に相槌を打って笑顔で聞いていただけだが、実は、あまり理解できない話の方が多かった。前の世界で、私の興味のない男が、何が面白いか私には分からない趣味の話を延々としているのを、笑顔で聞かなければならない時は幾度もあった。その時よりも今回は何故か楽しいし、嫌な時間というわけではなかったが、私の常識からかけ離れた冒険談が多かったし、分からない地名や人名も多く出てきた。それで、私の頭は理解しようとする努力を完全に諦めていた。ほろ酔い状態で、心地よく、時々「へぇー」とか「すごい」と言っていただけなのだ。そんな状態だった私に、いきなり話を振られても困ってしまう。私の意向を聞こうとするのは、勝手に2人だけで決められるよりは良いとは思うのだけれど、時と場合による。今回のは、2人が私に対して、何の意向を確認しようとしているのかすら分かっていない。
「モニカ、どうだ? 俺達のパーティーに参加しないか?」とマカイラスさんが言った。やはり、あくまで私の意見を尊重してくれるような対応だ。でも、せっかく誘ってくれているなら、それはやはり参加すべきだろう。しかし、問題は沢山あるように思う。まず思いつくのが服装の問題だ。私はパーティー用の服などこの世界で持っていない。ドレスくらいは必要なのではないだろうか。ネックレスなどのアクセも持っていない。化粧品も必要だろう。
「私、パーティーに相応しい服とか持っていないし、こんな格好で行ったら恥をかくだけだと思うのよね」と私は言う。どこで売っているかも分からないし。少なくとも私がこの街に来たときに行った服屋には、普段着しか売っていなかった。服の種類も2、3種類だったし、色も地味な黒とか紺しかなかった。
「確かにそれだと軽装すぎるな。もうちょっとちゃんとした装備をするべきだろう」とトクソさんは、頷きながら言う。
「まぁ、いきなり揃えるってのは無理が有るが、俺たちもカバーしていくしな。当面は、急所をなんとかしてくれれば良いかな。まずは、胸当てだな。胸当ては厚いやつにするのがまず第一だろう。そんな薄いのじゃ、守れるものも守れない」とマカイラスさんが言った。
「結構、傷つくことをはっきり言うのね。こっちの世界の人、みんな大きいから結構気にしてたのよね。一応、Dはあるんだけどね。でも、左の方は、DというよりCに近いんだけどね……」と、私は言う。
胸の大きさというのが、男の急所の一つではあるということは知っている。小さいのが好きという男より、大きい方が好きという男の方が多いのも経験上も知っている。それにしても、守れるものも守れないというのは、言い過ぎではないだろうか。やる気でないってこと? 寄せて盛っても、結局はバレるってのよ。
「まぁ、無いものは無いでしょうがないと思うんだけどね」と私はため息交じりに言う。『俺は、自分の手で収まるくらいが好みなんだよね』とか、嘘でもいいから言えよ、ばーか。
「金が無いのだったら胸当てくらいであれば、俺達がその費用を出してやってもいいぞ。あ、あと、重要なことだが、モニカは料理ができるか?」とマカイラスが聞いてきた。
「料理? 一応、それなりに出来るわよ」と私は当然のように答える。男の胃袋を掴め、と言われて、死に物狂いで料理を練習したものだ。仕事の帰り道、駅にある料理練習の教室に通ったりもしたし。醤油を相手に合わせて薄口に変えて肉じゃがを作ってみたりと、あの時が一番料理に凝ってたなぁ。まぁ、全部無駄だったけど。なにが、「俺は盆地育ちだ。平野育ちの女とはやはり相性が良くない。俺達、別れた方がお互いの為だ」よ。未だに意味が良く分からない別れ文句だわよ。他に女が出来た、別れようと言われた方がまだすっきりするわよ。まぁ、昔の話だけれどね。
「そうか、そうか。そりゃよかった。こいつ、生野菜しか食わないし、料理しなくてよ。野宿しなきゃならないとき、どうしても料理が素っ気なくなっちまう。トクソが料理当番の日は、うんざりしちまう。戦闘では、俺達に任せてくれればいい。その代わり、料理はモニカが担当してくれるってなら、本当に大歓迎だぜ。モニカももっと飲んだらどうだ」とマカイラスさんは言う。
「料理を作るっていうことは、パーティーの主催者側ってことでいいのよね? でも、戦闘をあなた達に任せるってどういうこと? それに野宿って? 野外パーティー?」と私は自分の杯にエールを注ぎながらマカイラスさんに私の疑問を投げかけた。ちなみに、どうやら相手に酒を注ぐという習慣がこの世界にはないらしく、各自セルフで注いで飲んでいくシステムなようだ。「俺の酒が飲めねぇってのかぁ?」というような状況は発生しないで何よりだ。
「主催者? パーティーのリーダーは俺だがな。戦闘に関して言えば、俺が前衛で、トクソが後衛だ。お前も魔法を使っての攻撃ということになるだろうから、後衛だろうな。まぁ、細かいことは実戦で適宜教えていくことになろうだろうよ。トクソから何かあるか?」とマカイラスさんがトクソさんに話を振った。
「俺と獲物の間に入るな、ということだな。矢の軌道に入られると、邪魔でしょうが無い」とトクソさんが言う。
「野宿も当然の話だろう?。一日では辿り着けない所にも俺達は頻繁に行く。俺達くらいの冒険者になると、一回の依頼で一ヶ月くらい野宿することだって普通にあるぞ。その際の、食事は分担するのが公平ってものなのだが、お前は当面の間、戦闘で役に立たないだろうから、野宿の間は料理をお前が担当するってことでイーブンにしようぜ、っていう提案だ。自分で言うのもなんだが、結構破格の待遇で誘っているんだぜ?」とマカイラスさんが笑顔で言う。
「なるほどねぇ……」と私は言う。そして、思う。私と、この2人とで、どうも話がかみ合ってない。この状況、どうしたら良いのだろう。とりあえず飲めば良いのだろうか。私は、自分の杯に入っているエールを一気飲みした。




