30 魔王討伐、そして……
冒険者たちは夕食を食べようとギルドに集まって来ているものの、冒険者達の頬はげっそりとしている。テーブルの上に置かれた食事に誰一人手をつけようとしない。給仕された時には白い湯気が出ていたスープも、いつの間にか冷えている。
冒険者達に食欲がないことは当然のことのように思う。私だって、お腹が減っている自覚はあるものの、食欲が沸いて来ない。胃は空なのだけれど、日中に何度も嘔吐しているせいか、食道が荒れてしまっているように思う。水を口に流し込んだだけで、なんとなく首から胃までが沁みる。
結論から言えば、サイクロプスは全滅し、街の誰1人として負傷しなかった。それは喜ばしいことだし、祝うべきことだ。偉そうな紫の羽根野郎は街の住人達に、あたかも自分がサイクロプス達を撃退したかのような口ぶりで話すのには、すこしうんざりした。
サイクロプスが何故全滅したのか? という疑問が残るが、それは、冒険者達と兵士達の間でサイクロプスの群は疫病にかかっていた、ということが最終的な結論となった。
疫病に罹患したサイクロプス達は、仲間へのこれ以上の感染を防ぐ為に、移動を開始した。そして、その進路にこの街があった、ということらしい。
サイクロプス達が街を通る前に、疫病が発症して死んだのは街からすれば幸運だ。しかし、サイクロプスに襲撃されて死ぬということから逃れられたが、そのサイクロプスの死体の片付けという過酷な作業が冒険者達を待っていた。最悪なことに、私にも待っていた。
サイクロプス達が全滅して、冒険者は何をさせられるか。答えは、サイクロプス達を土に埋めることだ。文明的なことを言えば、埋葬するということだが、やっていることは埋葬という言葉が似合わないくらい野蛮だ。
通常、討伐した魔物は、放置するのが通例だそうだ。誰が討伐したものを手間暇掛けて地中に埋めるのかって話らしい。自然の洗浄力というか、自浄能力に任せるのが普通ということなのだろう。もちろん、有効利用することができる部位は持ち帰るなり、食べるなりするらしいけれどね。
しかし、疫病に感染した死体を放置するというのは、街への感染の危険があるから、早急に地中深く、具体的に言うと、50センチ以上深くに埋めなければならないということらしい。腐乱した死体の匂いに引かれて、蝿が寄ってくる。そして、卵を産み付け、蛆が湧き、そして蝿の王となって街に悪い物を運んでくる、というのが言い伝えらしい。まぁ、私からしたら迷信であるけれど。
たしかに、私の世界から言えば、黒死病はネズミを媒介して人間へと感染したし、マラリアは蚊が媒体だ。蝿も、病気の宿主となることももちろんある。ウイルスとかの存在を知らないのに、それを経験則として発見し、蝿の王とかいう架空の存在を生み出しながらその危険性を後世に伝えてきたのには、頭が下がる。
もしかして、風邪を引いたと思ったら、梅干しを焼いて食べなさいとか、おばあちゃんが言っていたけど、意外と本当に有効であったかも知れないと私は思い直した。馬鹿にして、話半分だったけど。ごめんなさい。もし元の世界に戻れたら、線香を仏前にあげます。
ここ数日、私を含む冒険者が何をしているかというと、サイクロプスを埋めている。あの巨体を運ぶということが困難だから、切断して、人間が運べるくらいに切り分けて埋めている。掘っては、切って、そして埋めて、その繰り返し。口と鼻を被うマスクのような布を支給されたけど、はっきり言って、花粉すらまったく防げないだろうと思われるボロキレだった。危険なウイルスの感染予防なら、防護服ぐらい用意しろ、と思ったが、それはこの世界の文明的に無理だ、せめて立体マスクくらいは用意してよ、と思ったが、それすらも叶うことは無い。私がマスク用として支給された布は、口に当てて吸い込めば、その布に含まれた埃が口の中に入っていくのが分かるくらいに汚れていた。パッチワークが趣味の人がいたが、こんな薄汚いボロキレを使ってパッチワークするような人はまずいないだろうという水準。むしろ、現代ならば当て布としても使う人もまずいないだろうというようなレベル。戦争中や、戦後混乱期なら、もしかしたら当て布に使われたかも知れないけれどね。そんな汚い布を感染予防のマスクとして使いながら、汗びっしょりとなって、砂漠に近いような環境で作業する過酷さだ。
サイクロプスが普通の状態であれば、倒した獲物を、有効活用できるものとそうでないものに分別処理することが簡単にできそうな冒険者だが、それが今回無理なようだった。もちろん、私も絶対無理だ。
その要因は、サイクロプス達の死体の状況だ。私の世界で表現をすれば、サイクロプスはエボラで死亡しました、というような様相だ。
彼等の全身からは血が吹き出ている。皮膚と皮膚の割れ目から、間歇泉のように血が吹き出たような感じになっている。彼等の1つしかない目玉は飛びでているし、飛び出した目玉は視神経らしきものと繋がっており、その線の先を追うと、彼等の頭蓋骨に空いている眼球が収まっていたらしい頭蓋骨の隙間へと行き着く。そして、その目が収まったと思われる場所には、味噌っぽい残骸が飛び散っている。脳漿って言われるものなのか、脳本体の残骸なのかは分からないけれど、頭蓋骨の内部に収まっていたものが、飛び出してきたということは分かる。
「この目玉、食うと頭が良くなるって、じいさんが言ってたな。食ってみるか?」と、気丈に振る舞っていた冒険者が冗談めいて言ったが、それにだれも反応する者がいなかったほどの惨劇だった。砂場に落ちて砂にまみれたおにぎりを食べたいと思うような人はいないだろう。砂のザリっとした感触で、美味しくないだろう。サイクロプス達の目玉も飛び出て、砂にまみれている。しかもよりグロテスクに。誰も食べみようという食欲が沸くような者はいなし、逆に胃の中にあるものを逆流したくなる。
サイクロプス達の、目、口、鼻、耳は、何かが飛び出てきているようで気持ちが悪い。それ以外の体全体も、細かくぶくぶくに膨れあがっているし、所々は赤い血が吹き出た後が見える。
はっきり言って、普通の状況じゃない。
私の世界の常識で言えば、エボラ出血熱が発症したということだし、この世界の感性でも何かの病気だ、疫病だ、と考えるのは当然のことのように思える。
人間が数人で運べるような大きさに切断し、それを他の冒険者が掘った穴に埋める。そして、それに土を被せていく。この作業が精神を削っていく。
「これを丸ごと土で覆い被せることができる便利な魔法とかないの?」と私は聞いたら、「そんなことができる奴がいたら、お前に言われる迄も無くそれをやっているさ」と、マカイラスさんは不機嫌そうに答えた。うん、それもそうだ。
そして、この数日、私の食欲と精神を極限まで削っているのが、あの糞野郎、って言葉が悪くなってしまたけれど、紫の羽根を兜につけた人の、思いつきとしか思えない発言だ。
「そうだ。このサイクロプスからの防衛を記念して、街の広場にサイクロプスを飾ろう。あ、あと、そうだ。王に、サイクロプスの全身骨格を寄贈しよう。2体は、綺麗に肉をそぎ落とした後、鉛を塗れ」とか、紫の羽根野郎は言い始めたのだ。
恐竜の骨、たとえばティラノサウルスの全身骨格とか、たしかに博物館に飾ってあるのは見たことがあるけれど、それは化石を地中から掘り起こしたから可能なのであって、数日前に死んだ生物の死体から出来るようなものでは到底ない。しかし、紫の羽根野郎はそんな指示を出すし、冒険者は、気骨がないのか、その指示に従ったし、私もしょうがないからその指示に従った。
私も運が悪いことに、その全身骨格作成チームとなってしまった。火魔法が使える魔法使いが、サイクロプスの死体の表面を軽く焼いたあと、その肉をナイフでそぎ落とす。そして、焼けた部分の肉がそぎ落とされたら、また魔法使いが火で、残っている肉を焼く。そして、私はそれをナイフで削る、という細かい作業だ。火葬場みたいに一気に焼いてしまえばいいじゃんと思ったが、そうすると、燃え尽きてしまう骨もあるらしく、表面を軽く魔法でこがし、それをナイフで丁寧に削いでいく、という作業の繰り返しだ。
肉に残った余熱で私の手の表面は火傷するが、回復魔法という魔法が使えるというお医者さんも、全身骨格作成チームに配属されていて、あっという間に手の火傷を治してくれる。医学に関しては、こちらの世界が進んでいるかもしれないと思うほど、火傷があっという間に回復するのには驚いた。
そんな、地獄のような日々を過ごす私だった。




