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28 都市防衛クエスト

 ーー命の危険が迫っているーー


 私はそれを体感した。生まれて初めての体験であったかも知れない。確かに、私は若い、とは言えない年齢になってたし、老いという名の死が日々近づいてきているのは、肌にベースがしっとりとノラなる日々を思えば分かる。肌の若さと弾力が無くなったからノリが悪くなったのではない決してないと、使っている化粧品が単価の高い物へと変わっていき、より高価で効果のある品を求める生活。月が満ちては欠けるに従って、高い化粧品を買えるだけの金銭的余裕が生まれたということではない。


化粧品というのは、無情なほどに値段と効果が比例する。私が10代の時に使っていた化粧水と乳液を、今の私の年齢で夜、付けて寝たとしたら1週間で皺が増えるという恐ろしい確信がある。使っている化粧品のグレードを上げるのは、数年に一度だ。しかし、その度に己が歳を重ねたということを空しく思い、マツモトキヨシのコスメ売り場の陳列棚で立ちすくんでしまう。しかし、総じてしまえば、この二十年、私が感じてきたのは、緩慢にやって来る死の気配だった。


 しかし、今私が感じている命の危険は、終電で返させないように居酒屋で無駄に話を引き延ばす男よりも直情的で、2人きりのカラオケの個室でバラードを歌いながら私の太ももに手を置いてくる男よりも直接的だ。私の顔面にナイフを突きつけられているというよりは、既に刃先が睫に当たるほど、眼球近くに突きつけられているようだ。


 こんな命の危険を感じたのはいつであっただろうか。あの男といった遊園地のジェット・コースターであっただろうか。いや、そんな急降下するジェット・コースターが教えてくれるのは、擬似的なスリルだった。処女おとめが冬の日に夢見る真夏の恋よりも安全な火遊びだ。夢見た白馬の王子様は現れず、霜焼けとなって両手はハンドクリームが塗られること無く朝を迎える。


 私の目の前に、そこにある化け物の群は、確かに私を死の沼地に引き込むのに十分な質量を持っていた。針に食いついた魚がウキを海中に引き込むように、私はこの世界という現実に引きづり回される。

 先ほど、冒険者が叫んだ魔法の影響だろうか。サイクロプス達のおぞましい叫び声は聞こえてくるものの、平常心を保つことはできている。ただ、体が震えるだけだ。疲れてもいないのに、膝が震える。膝が笑う。


 逃げるなんて無理よ、と私は思う。サイクロプスが歩みを止めず近づいてくる。


 サイクロプスに向かって、光の矢が飛んで行ったのが見えた。矢の進む方向を追うと、サイクロプスの群れに行き着く。しかし、その光の矢が効果があったのかどうかは分からない。一匹のサイクロプスの右肩の所に、先ほど放たれた矢が輝きを失わずに刺さっているが、被矢したサイクロプスは矢を意に介せずにいるようだ。他の冒険者は構える気配が見えない。おそらく、この光の矢が、私達の集団の中でもっとも長い射程を持つ武器なのだろう。


 再び、矢が放たれる。放ったのは、トクソさんだった。次は、同じサイクロプスの左肩に刺さった。サイクロプスは、両肩に矢が刺さっているのに関わらず、他のサイクロプスと同じように着実な1歩を進んで来る。痒くもないかのようだ。


 さらに矢が同じサイクロプスに向かって飛んでいく。しかし、今度はサイクロプスは矢を右手で掴んで止めた。そして、その矢を握りつぶしたように見える。矢が、寿命が到来して黒ずんだ白熱灯のように輝きを失っていく。そして、やがて消えた。

 矢の軌道からして、サイクロプスの目玉を狙ったのだろう。しかし、それは防がれた。


「矢をつかみ取りされた……」と絶望する冒険者、「目玉が急所というのどうやら本当なようだな」と分析的な言葉を発する冒険者、「…………」と、絶句している冒険者もいる。


「造作なく矢を掴み取れるのに、肩に刺さった矢は防ごうともしなかった……」と冒険者が呟く。しかし、その先は、その冒険者は聞き取ることができなかった。その冒険者は沈黙した。いや、沈黙せざるを得なかったのだろう。『防ぐまでもない攻撃だったのか?』という詞が私の頭の中を過ぎる。先ほどの冒険者のつぶやきを聞いた者であるなら、そう連想するであろう。口に出した本人もそう思っているのだと思う。

 しかし、私は、足掻く決意をその瞬間できた。万策尽きたと思えて初めて策を講じたくなる、八方塞がりだと悟ってから、西方浄土を目指す。私はそんな皮肉れた女かも知れない。


 私は、サイクロプスの群を包み込むように結界を張る。そして、気圧魔法をイメージする。最近、鳥を生け捕りにするような、富士山山頂のような気圧では効果がないような気がする。サイクロプスは、あの巨体にかかわらず、飛んできた矢を素手で掴むほどの素早い動きができる生物だ。あの巨体で激しい運動ができるほど、心肺機能は高いと言えるだろう。富士山程度の気圧では、動きを鈍くすることも出来ないかも知れない。もっと、もっと気圧を低くして、高山病や酸欠を誘発されるくらいやらなきゃ、と思う。

「世界最高峰周辺の気圧か、エベレストの気圧か、チョモランマの気圧か、できるならもっと、もっともっと低く! 」と私は念じた。

 そして、唐突にサイクロプス達の雄叫びは、私の鼓膜まで伝達することはなくなった……。

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