27 都市防衛クエスト
サイクロプスの群の行進が止まる。私達は群と相対した。城壁を背にした冒険者達、そして、城壁を見上げれば甲冑を着て弓を構えた兵士達。距離にして400メートル。この距離が、お互いの安全距離なのだろうか。この距離より近づいたら、互いの射程圏内に入り、攻撃が開始されるのだろうか。
「ぐるがぁぁぁ」というサイクロプス達の威嚇するような雄叫びが止むことなく私達に向けられる。さすがに恐い。彼等の吐息はここまで届かないが、彼等の叫び声によって砂埃が舞い上がっているのが分かる。
もし、深い深い山の夜道を1人で歩いているときに狼の遠吠えが聞こえてきたら、背中に氷を入れられたみたいな冷たさが走り、無意識にしろ意識的にしろ早足となり、道を急ぎはしないだろうか。
今の私の状態は、狼の遠吠えというレベルじゃない。一言でまとめるならば「敵意」が私達に向けられている。サイクロプスの雄叫びは、私の生存を脅かす有りとあらゆる危険性を伝えてくる。
オマエノテアシヲクイチギリタイ
ハラヲオシツブシタイ
アナトイウアナヲオカシツクシタイ
オマエノズガイコツヲカミクダキタイ
リョウアシヲヒキチギリタイ
ノミソヲスリツブシタイ
ハラワタノマフラーヲツクリタイ
オマエノロッコツヲツマヨウジニツカイタイ
そんな、幻聴のようなおぞましい感情が私に伝わってくる。恐らく私だけにではないだろう。確認する余裕なんてないのだろうけど、皆震えているように思える。もしかしたら、私の視界が揺れるくらい、私自身が震えているのかもしれないけれど。
「勇気凜々」とどこからともなく声が響く。そして、私の周りを、細かいガラスの結晶のようなものが、桜の花びら程の速度でゆっくりと乱反射しながら落ちていく。太陽に反射したガラスの結晶は、暖かい春の陽だまりとなって、恐怖に凍った私の心を雪解けさせた。
「敵の威圧は無効化した。立て直せ!」と誰かが叫び、冒険者各々が腹の奥底からの声を上げている。ずぶ濡れになった犬が、自らの毛についた水気を振り払うかのように、冒険者達は自らの恐怖を取り除くために声を上げた。
私自身も、両目からは涙が流れていること、鼻からもだらしなく水が垂れ流れ、内股に沿って水が伝わり落ちていることを自覚した。そして、口の中は乾パンを一気に食べた時のように乾いていた。舌で口の中をなめ回してみても、ざらついた感覚しかしない。人間は本当の恐怖に落ちたとき、肺から空気を吐けなくなるようだ。空気を吸えない苦しさではない。肺から空気を出そうとしても、空気が出せないのだ。
やがて、「あぁぁぁぁ」という叫びに冒険者の雄叫びが収斂した。人間が無意識の中で大声を叫ぶと、口を大きくあけた発声、つまり「あ」の発音に行き着くのかもしれない。そして何を隠そう、私自身も同様に叫び始めた。生きたいとか、この場から逃げたいとか、そんなことではなく、声を出さないと自分自身がどこか深い闇に足首を掴まれて引きづり込まれてしまいそうだったのだ。
次話以降、予告なく「残酷な描写」が出ますのでよろしくお願いいたします。




