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26 都市防衛クエスト

 私は、何度も目を擦る。砂埃が舞い上がっているような土地柄だから、目に砂が入って、それで私自身の目が曇ってしまったのではないかと思ったからだ。だが、なんど目を擦っても、見開いても結果は変わらない。遠近感が完全に狂ってしまったわね、と心の中でため息をつく。当たり前のことだけど、遠くの物は小さく、近くの物は大きく見えるものだ。

 ゆっくりとしたスピードなようだが、確実に此方に近づいてくる化け物の大群。明らかに変だ。だって、遠くに生えている木と同じ大きさに見えるのだもの。私からの距離で言えば、その木と化け物達とは同じくらい離れている。しかし、化け物達の方が大きく見える。

 蜃気楼っていうやつかしら? と思ったが、ここは砂漠という感じでもない。まぁ、砂漠化1歩手前のステップ気候って感じだけど、蜃気楼が起きるような気候の場所ではないと思う。

 私の目の前に広がっている光景は、凄い違和感のある光景だった。



「噂通り、でかいな」と、私の隣に立っている人が呟いた。どう見ても15歳くらいの年齢なのに、年寄りくさい杖を持っている人だった。足腰丈夫そうなのに、なんでこの坊や、杖なんか持っているのかしら? 杖の頂点には、大きな宝石のようなものが埋め込まれている。お金持ちなのかしら。


 ん? でかい? 私の右耳から左耳へと抜けていった言葉が私の所へ戻ってきた。この杖の坊や、いま、「でかい」って言ったよね。あ、なるほど、残念だけれど、見落としていたことがある。


 どうやら、あの化け物、サイクロプスは、本当に大きいようだ。巨人なのだ。もし、私の遠近感が狂ったわけでないのなら、サイクロプスは4階建てのビル程度の大きさがある。恐竜が絶滅しないでそのまま生き残っていたら、あんな生物だったのだろう。でも、頭に大きな目玉一つしかないというのは、なんで? と思う。


「そこの坊や。ちょっといいかしら?」と私は杖の坊やに話しかけて、「サイクロプスって、何を食べて生きてるの?」と私は聞いた。


「俺は坊やじゃない。もう一人前だ。まぁ、いい……。奴らが普段どんな生活をしているか知らないよ。だけど、人間を丸呑みにすることもあると聞いたことはある」と杖の坊やが言った。


「人間を食べるって……。肉食、もしくは雑食ってことね。だとすると、すこし変だわね」と私は思った。

 ほ乳類で言えば、目を2つ持っている。そして、動物の目の位置で、肉食動物もしくは雑食か草食動物かを、大体見分けることができる。

 人間を含めて、犬、猫、ライオンなどは、顔の前方に両目がついている。これは、2つの目で見ることによって、遠近感を正確にするのだ。獲物を追いかけるのに、遠近感は絶対に必要となる。だから、両目が顔の前方についているのだ。

 しかし一方で、草食動物は目の位置が離れている。草食動物は、遠近感は重要ではない。重要なのは、広い視野だ。自らを捕食する動物が近くにいないを常に視ている必要がある。だから、馬やシマウマは、目が、どちらかといえば顔の横についているのだ。

 一方で、サイクロプスはなぜ目玉が一つしかないのか。地球の生物の常識で考えれば、おかしい。遠近感を必要としない、つまり肉食動物のように遠近感が必要ではなく、広い視野も必要がないということだ。考え得るのは、ガラパゴス諸島のゾウガメのように、天敵がいない、且つ、食料が豊富にあるという環境下のみサイクロプスという種の存続が許される環境だろう。しかし、天敵がいない環境下で育ったくせに、人間の街を襲撃するという攻撃性、人間を丸呑みにするという肉食性。進化論や生物学の常識からだいぶかけ離れた行動をサイクロプスはしている。意味が分からない。

 しかも、あんなに大きな目玉で、瞬きはどうやっているのだろうか。乾燥しやすい目というような水準じゃない。あんなに大きな目立ったら、常に目薬をさしていなきゃ、痛くてしょうがないのではないだろうか。こんな砂埃が酷い環境に来て、目を開けていられるのか、甚だ疑問だ。

 それに、あの巨体を維持するだけの食事とは、如何ほどのものだろうか。あのような巨体であれば、人間を1人食ったところで、おやつにもならないだろう。惑星が衝突して氷河期が訪れたりこの世界でしたかどうかは知らないけれど、急激な気候変動によって食料が激減した際などに、よく彼等は絶滅しなかったなぁと感心をする。

 あと、右手になにやら武器のような棒を持っているけれど、知能があるってことかしら? 道具を加工して使っているのだから、知能は猿以上にはあるように思える。

 いや、そもそも、彼等は二足歩行をしている。あの巨体でどうやって二足歩行をしているのか? 自らの重みで、歩けなくなりそうだが……。

 さらに巨体であることを言えば、あの棒などを振り回すというような有酸素運動を行ってよいのだろうか? あれほどの大きな巨体に血を循環させるのに、どれほど大きな心臓が必要か。単純に計算をして、ぞうの4倍くらいの大きさの心臓が必要になるんじゃないかしら。いや、体積はもっと増えるだろうから、それ以上の大きさの心臓が求められるか……。

 そういえば、ペガサスも空を飛んでいたけれど、だいぶ常識とはかけ離れていたなぁ、と思い出す。鳥類は、空を飛ぶために、並ならぬ努力をした。骨の中を空洞にすることによって体重を減らしたり、空気抵抗の少ない羽毛を生やしたりして、飛行能力を体に入れたのだ。一方で、ペガサスは、馬に翼を生やしただけにみえたが、それだけでは飛べないだろう。もし、それで飛べるのだとしたら、団扇うちわを両手に持った人間が、その団扇を必死に扇いだら、空を飛べるだろう。イカロスは伝説上の人物ではなく、毎年琵琶湖での鳥人間コンテストで見かけることができるような存在となるだろう。

 

「おい、黙り込んでどうしたんだ? 怖じ気ついたのか?」と杖を持った坊やが言った。いや、坊やの方が怖じ気づいているじゃない。杖を持った手が震えているわよ。

 安全な日本で暮らしていた私には実感し難い、命が奪われるような状況。巨人が押し寄せてくるという状況を、坊やは正しく認識しているのだろう。たぶん、この状況では震えているのが、正しい感覚なのかも知れない。銃を知らない赤ん坊が、銃口を突きつけられて無邪気に笑う。そんな状況が今の私なのかもしれない。


「いえ、ちょっと考えことをしていたのよ」と私は言った。


「そうかい。魔法の詠唱を始めたのかと思ったぜ」と言って、坊やは自分で言って自分で笑い始めた。震えていたくせに、無理して口元を吊り上げ、笑顔を作っている。まだ成長期も終わっていないような子供。絶対に獲らなきゃ行けない受注案件に向かって精一杯働いている男の顔、にしては幼いし、まだ迫力を感じない。健気に頑張る男の子、って感じかしら。10年後、20年後は、男の顔になるのかしらね、と思い、私はマカイラスの方を見る。マカイラスさんは、迫り来る巨人をじっと見つめているようだ。見えるのは、彼の後頭部と背中だけだが、きっと男の顔をしているんじゃないかと思う。


 坊やは、まだ笑っていた。目に一杯涙を貯めて笑っている。

「何がおかしいのよ? 何を笑っているの?」と私は聞く。坊やが本当は笑っていないことは知っている。恐くて仕方が無いのだろう。だから、何を笑っているのか、と聞いたのは、彼を立ててあげる私の優しさだ。日本だと、中学生? いや高校生くらいの年齢かしら。日本の子なんかよりしっかりしているわね。日本の子が、こんな状況に立たされたら、真っ先に「お母さん」とか言って泣きわめきそうなものだもの。


「サイクロプスが、お前の魔法の射程圏内に入ったのかと思ってよ。自分で言って、自分で笑っちまったよ。お前みたいな貧弱そうな、冒険者に成り立てのひよっこが、あんな遠くのサイクロプスにまで届く魔法を使えるわけないのにな! どうやら恐くて頭が麻痺しちまったみたいだ。はっはっ」と、彼は笑う。冒険者に成り立てだなんて、この子、よく知っていたわね。それにしても、貧弱そうだなんて、この坊やに私はあなどられたということなのだろうか? 別に子供に何言われようが別に良いのだけれど……。


「坊や。もしかしたら私は凄腕、かも知れないわよ?」とすまし顔で言う。まぁ、そんな筈はないことは自分でも分かっているけれどね。


『だから俺は、坊やじゃない「あら、ごめんなさい」と私はわざと高飛車に彼の言葉を遮った。


「貴方は、どう見てもまだ子供なのに、一人前だったわね。見た目じゃ、分からないことってあるものね」と、私は言った。


「……」


 坊やも黙り込んだ。私の言わんとしていることが分かったのだろう。まぁ、私は凄腕でもないからどうでもいいのだけれどね。


「まぁ、お互い頑張りましょ」と私は言った。


「おい、頼みがある」と彼が話しかける。


「頼み? 」と私は首を傾げる。


「もし、この戦いでお互い生き残ったら、俺に、女を教えてくれないか?」と坊やが言う。


「……」

 私の思考は一瞬固まった。女を教えるって、私はもしかして、筆下ろしを頼まれているということなのだろうか。いやいや、この少年は何を言っているのか。この坊やが何を言わんとしているか、聞き返すのも嫌だ。


「だ、駄目だろうか?」と念を押すように坊やは言った。私が迷っていると彼は思ったのだろうか。この坊やの視線が、私の胸から離れない。この坊やは、筆下ろしの意味で、女を教えて欲しいと言っていると私は確信した。

 そのうえで、いや、無理でしょ、と思う。ってか、未成年にそんなことをしたら犯罪だ。


「生き残ったらなんて、条件を突きつけて女を抱こうとするなんて、まだまだ若いわね。まずは、私があなたに抱かれたいと思うほどに、あなたが戦いで活躍するのが先ではないかしら」と私は、話をはぐらかす。こういう話は、きっぱりと断るのではなく、煙に巻くように断るのが、たしなみというものだ。

 もちろん、この彼が戦いで活躍したらOKなのかと聞かれれば、答えはNOだけれどね。そもそも、私は戦いのドサクサでこの街から逃げる予定だから、もう彼と会うこともないだろう。


「分かった。俺の活躍を見ていろよ」と言って、彼は化け物の方へと歩き出す。より敵と近いところで戦い、雄姿を私に見せるつもりだろうか……。

 だがさっき程、白髪のおじいさんが剣や槍で戦う人は前で、弓や魔法で戦う人は後ろという隊列を組むと指示していたことを思い出す。あの坊やが持っていたのは、杖だ。剣や槍の類いではないから、どちらかと言うと、後列にいるべき人のような気がするのだが……。張り切って、前列に行ってしまったが、大丈夫なのだろうか。張り切りすぎて、無茶しなきゃいいのだけれど……。

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