25 都市防衛クエスト
翌朝7時の北の城門前。集まっているのは冒険者と兵士達だ。兵士達は統一された甲冑を装備しており、秩序正しく整列している。一方で、冒険者の人達は思い思いの服装で統一感がない。トクソさんなんか、声を掛けられるまでいる場所が分からなかった。だって、トクソさん、モミの木の上に登っているのだもの……。トクソさん、木登り好きなのかなぁ。近づいてくるサイクロプスを見ようと思ったのかも知れないけど、どうみても木より城壁の方が高いし。
「モニカ、ちゃんと来たな」とマカイラスさんに肩を叩かれる。振り返ると、歌舞伎に出演しそうな人がいた。そしてそれがマカイラスさんだった。歌舞伎の隈取のように、顔の血管を誇張するように赤い化粧が塗られている。
「マカイラスさん、その格好は?」と私は反射的に言った。まさか、これから歌舞伎のお芝居でもするつもりなのだろうかとさえ思う。
「戦化粧だ。まあ、情報通りの敵なら、今回のは死化粧となるだろうがな」とマカイラスさんが言った。
「縁起でもない。まぁ、似合っているわ」と私は言った。顔の堀が深い分、化粧に迫力があるような印象を受ける。
「サイクロプスは、現在、北50キロの地点。数は175。繰り返す、サイクロプスは、現在、北50キロの地点。数は175」と、乗馬して北門に走り込んできた人が言った。偵察の人だろうか?
その声を聞いて、ため息交じりの静寂が訪れる。
「随分と、多いじゃねぇか。あと、5時間でご到着って分けか」とマカイラスが言う。すでに集まっている冒険者が100人くらい。兵士さんは、30人×4列で、120人はいる計算になる。やっぱり綺麗に整列されていると数が数えやすいわね……。こちらは220人くらいだから、数の上ではこちらが有利ということだろうか。
「ねぇ、そういえば、作戦とかないの?」と私は聞いた。
「作戦? どうせいつも道理だろ」と渋い顔でマカイラスさんは言った。表情から察するに、その「いつも道理」の作戦に大層不満があるようだ。
「いつも通りと言われても、私は分からないのだけれど」
「あぁ、そうだったな。基本は、城壁を背にしての防衛だ。城壁の上から兵士達が弓を放つ。俺達冒険者の仕事は、サイクロプスを城壁に近づけないことだ」と言った。
「割とシンプルなのね……。って、じゃあ、冒険者は、城壁と魔物の間に立つってこと? しかも、城壁から弓を放つんでしょ? 冒険者に弓が当たったりするということはないの?」と私は聞く。
「乱戦になったら、分からん。それは、兵士の腕を信頼するしかない」
「いやいや、乱戦になる前に城壁の中に逃げるでしょ。普通。味方に当たるなんて考えたら、兵士も矢を打てないでしょうに」
「城壁の門は閉められるし、兵士も構わず矢を放ってくる。お前も、逃げるなら西か東に城壁に沿って逃げるしかないぞ」とマカイラスに言われた。
「ちょっと、なにそれ。なんか冒険者が捨て石というか、人間の盾のようになってない? 前には敵がいて、逃げ道は限られてて、後ろから味方の矢が飛んでくる可能性があるって、危険極まりないじゃない」と私は言った。
「その通りだ。まぁ、冒険者に対しての国の扱いなんてそんなもんだ」とマカイラスが言った。
冒険者は、国にとっては御しがたい存在で、金次第では魔王側にもつくと思われているようだ。兵士と冒険者の間の中も、もともと険悪らしい。国から発令される強制クエストは、ギルド側も拒否できないという規則を盾にとってことある毎に冒険者ギルドの戦力を削ごうとするのが国の実態らしい。
「『勇者』も冒険者じゃないの? 魔王を倒す存在がいるのに、それを邪険に扱う可能性がない?」と私は疑問を聞いたが、どうやら、『勇者』が現れた際には、女神の宣択があるらしい。その宣択で、『勇者』は国公認となり、冒険者というより国賓待遇をうけるらいし。いや、その女神の正体って、あの巫女じゃないわよね…… と一抹の不安を私は感じた。
「冒険者ども。これより点呼を取る。呼ばれたら北門を抜けて、配置につけ」と命令口調で1人の兵士が言った。甲冑の兜の上に、紫色に染められた羽根を一毛付けている。指揮官とかなのかも知れない。
冒険者の人は、私も含めて、その兵士の命令口調でなんとなくやる気をなくしたように、静かに北門の前に移動していく。これから共闘する仲間に対する口調じゃないわよね、と私は思った。
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私の名前も呼ばれて、私も北門を通る。私の名前は、最後だった。おそらく、冒険者の登録順とかで呼ばれているのだろう。マカイラスなんて、最初の2、3番目に呼ばれていた。冒険者の古参というのは本当だったのだろう。
「全員、そろったようだな」と、白髪のおじいさんが言った。貫禄のある張りのある声。60歳はとうに過ぎているのに、若い者にはまだ負けんというような意気込みを感じる。
「聞いての通り、サイクロプスがこの街に迫っている。お前等の指揮は俺が執る。異存はないな?」と凄味のある声で聞いてくる。他の冒険者達も、当然だろうというような感じで腕組みして聞いている。冒険者ギルドで名物な人なのかも知れない。
「異論がないようだな。では、作戦を伝える、といってもお決まりのパターンだ。剣や槍を使う奴は前に。弓や魔法を使う奴は後ろだ。前の奴は、後ろに抜かれないことだけを考えろ。後ろの奴は、全力で攻撃して余力は残すな。後は、各々、自分の間合いに入ったと思ったら勝手にやれ。それだけだ」と言った。
本当に、それだけ? と思ったけれど、本当にそれだけなようだ。他の人達も、うんうん、と頷いている。隣にいる人、昨日、ギルドで酔いつぶれていた人のような気がするのだけれど、今の顔は凜々しく猛ている。重要な案件を薦めている男の顔だ、と思う。
「あと、お前等にいいことを教えておいてやる。サイクロプスの目玉を焼いて食うと、頭が良くなるという話がある。俺も若い時に、サイクロプスを倒して目玉を食ったことがある。旨いとは言えないが、まあ、食べてみる価値があるだろう。俺がてめぇらより頭がいいのはそれが理由だ。わかったか、馬鹿ども」と白髪のおじいさんが言うと、冒険者達が一斉に笑い出す。さすがは経験があるだけあって、こういう緊張の和まし方は上手だと思うし、勉強になる。
私は、剣や槍を使えないので、後ろの方に移動する。もちろん、前方にマカイラスさんの姿が見える位置だ。マカイラスさんとも先ほど目が合ったから、私がここにいることを彼も認識しているだろう。逃げるタイミングとか合図をくれるはずだ。下手なタイミングで逃げると、城壁の兵士から矢を射られそうだしね……。




