23 都市防衛クエスト
甲冑を着た兵士たちと巻物を読んだ外套の男たちが帰った後、冒険者ギルドの中は騒然となった。酒を浴びるほど飲み始める者達。「有り金全部使って、飲んでやる」というような声も聞こえる。
その他にも、肩を落として冒険者ギルドから出て行く者達、「酔い醒まし」と呼ばれる苦そうな干し草を丸呑みにして、訓練場へと向かう者達。先ほどまでの、だらだらとお酒を飲んでいる雰囲気とは全然違う。例えるなら、普段の職場と、社長が視察にくる直前の職場、くらい雰囲気が違う。普段使わないで引き出しの奧に仕舞っている社章を、全員が付けているという異様な緊張感を思い出す。
マカイラスは、腕を組み、目を閉じて椅子に座っていた。ちょうどマカイラスの隣の席が空いているので、私はそこに座る。マカイラスは何かを考えているのか、難しそうな顔をしている。
「ねぇ、マカイラス」と私は声を掛ける。マカイラスは、左目だけ開けて私を見た。
「モニカか、意外と冷静だな」
「ええ。あまり今の状況が分かっていないのよね。だから、情報収集をしに来たってわけよ。冒険者っぽいことをしているでしょ」と私はすまし顔で言う。
「いや、この事態を知らない時点で、冒険者未満なんだがな。というか、この街の住民未満だ。知らないっていうのもある意味幸せだな」と軽くため息を吐きながらマカイラスは組んでいた腕を解いた。
「知らないことが幸せ、嫌な言葉ね。知って初めて、幸せか不幸かが分かるのよ。何が起こっているのか、教えてくれない?」と私は言った。「知らないことが幸せ」、久しぶりに嫌な事を思い出したわ。もう5年前か。あの二股男め。知らなかった事が不幸だったわよ。
「エール、一杯で手を打とう」とマカイラスが言った。
「分かったわ。じゃあ、貰ってくるわ」と私は言って、受付のカウンターでエールを2杯受け取った。依頼の手続きをする受付の男は無愛想だが、飲食の受付の女性は、溌剌とした感じだった。麦色の肌に、胸元が開いた服。看板娘、ということなのだろう。冒険者の男の何人かは、この子目的でここに屯しているのかも知れないなと思った。
「お待たせ」とテーブルにエールを置く。中ジョッキのような透明なガラス製の容器をイメージしていたのだけれど、木製のコップだった。
「ああ。お前も飲むのか?」と私の手元のあるコップを見て言った。
「まぁね」と私は答える。一応、会社の宴会でも乾杯の時だけはビールを飲むことにしているしね、と考えていたら、マカイラスは飲み始めた。あ、乾杯的なことはしないのね……。
私も口にエールを飲んだ。まず思ったのが、温いということ。常温じゃん。味は、アイリッシュ・パブで飲んだギネスに近い気もするが、何かが違う気がする。ちょっと苦いかなぁ。
「随分、顔に皺を寄せているな。エールは初めてか?」とマカイラスが言う。
「皺とか言わないでよ。似たような物は飲んだことがあるわよ」と私は言う。
「そうか。さて、本題だ。都市防衛クエストは、経験の浅い冒険者が死ぬ。2ヶ月前にも都市防衛クエストはあったが、経験の浅い冒険者は大体死んだ。俺は、お前が今回ので死ぬと思っている」とマカイラスが言った。
「え? 何となく危険そうなのは、周りの反応から分かってたけれど。私は、そんな依頼、もともと受けるつもりはないわよ。私も、そんな危なそうな橋を渡りきる自信はないしね」と私は言った。
「お前って奴は……。悪いが、この都市防衛クエストは、冒険者全員の強制参加だ。冒険者登録の時、登録申請書に書いてあっただろ?」とマカイラスが言った。
うん? そんなの書いてあったっけ? 思い出した。あの時か……。
「あ、思い出した! 読んでないわよ! 仲介手数料とか、前渡金とかの記載は読んだけど。その後に書かれていたことは、マカイラス、貴方がめんどくさく絡んできたから、読まずに受付に提出しちゃったのよ! 強制参加って、私も参加するってこと? 」
「この街にいる冒険者は例外なく参加だ。もちろん、お前もな。しかも相手はサイクロプスだ。お前なんか、奴らの鉄棒で一瞬でミンチだろうな」と真顔で言うマカイラス。
鉄棒って、鈍器でしょ。それでミンチになるって、意味が分からないのだけど、その意味不明なところが私の恐怖を誘う。
「貴方のせいよ!」
「いや、確かにあの時邪魔したのは悪かったが、サイクロプスが来るのは俺のせいじゃない。奴らなりの事情だ」とマカイラスが言う。
「私、逃げなきゃ」
「敵前逃亡は、死刑だぞ。逃げられないように、既に門は封鎖されているはずだ。それに、冒険者の登録名簿、宿の宿泊名簿から、お前がこの街にいることはばれている。まぁ、俺もだがな」とやれやれ、と言った感じでマカイラスは首を振った。
「なんとかならないの? 危ないこととか、嫌なんだけど」
「まぁ、落ち着け。今度は俺が奢ってやる」とマカイラスは言って、エールをお代わりを取りに行った。
私も同じく席を立つ。当然、行くべき先は、南側の門。魔物は、北から来ていると、外套の男は言っていた。逃げるなら、当然、逆方向だ。私は、そさくさとギルドを後にして、門へと向かう。




