22 都市防衛クエスト
飛ぶ鳥を落とす勢いという慣用句がある。しかし、冷静に考えると、飛ぶ鳥を落とす勢いとは、どれほどの勢いなのだろうか。鳩だって時速90キロの速度で飛ぶ。秒速に換算すると秒速22メートル。
人間の最高速度は、100メートル走中の最高速度で計算しても秒速12秒弱。肉体的な速度では、飛ぶ鳥を落とすことは不可能であろう。ツバメは、時速320キロメートル、秒速88メートル。飛び立った鳥を落とす勢いというのは、とても難しいことであろう。
さて、どうしてそんなことを私が考えたかというと、私の手には生け捕りにした雁が4匹。気圧魔法で飛んでいるところを落とした。飛ぶ鳥を落とす勢いという分けではないが、実際に飛ぶ鳥を落としている。
4匹の雁の首には縄を巻きつけており、逃げられないようになっている。定期的に飛び立とうとするが、縄の端はしっかりと私の右手で握られているので、逃げることはできない。捕まえた雁が一斉に逃げようと飛び、縄に阻まれてただ、私を中心として旋回する。これはまるで、遊園地のバルーンを持っている子供だな、と自分自身の今の状況を形容する。
私は、城壁の中へ入り、冒険者ギルドの中へ入った。
「雁の生け捕りの依頼、4匹よ」と私はギルドの受付に縄を渡す。
「はい。納品された品を改めますので、少々お待ちください」と受付は表情を変えずにその縄を受け取る。そして何食わぬ顔で、雁を引き連れてギルドの奥に入っていった。
私は、気圧魔法で鳥を気絶させることが可能ということが分かってから、ここ数日、私の採取依頼の実りは良い。アナウサギの採取の報酬なんて目じゃない。鳥を生け捕りにするというのは、罠を仕掛けないと難しいが、罠を使うにしても捕まえることができる数には限度がある。トクソさんなら矢で射落とすということが可能かもしれないが、それだと生け捕りにするのが難しい。つまり、採取依頼の報酬が高いのだ。
鳥類の採取依頼を手当たりしだい受注する。今日は、城壁の外に出たらすぐに雁の群れが飛んでいるのをみつけたので、実質稼働時間は2時間程度である。
「モニカ、景気がいいじゃねぇか」とテーブルの方から声が聞こえた。マカイラスの声だ。
「まぁね。おかげさまでね」と私は振り返ってマカイラスに言った。品の良くない感じの人たちとテーブルを囲んで酒を飲んでいるようだ。ほんと、この人たち、いつ仕事をしているのかしら。
「大変お待たせしました。こちらが報酬の銅貨11枚と銅銭88枚でございます。お預かりしていた前受金は、返還致しますか?」と聞かれた。私もこのやり取りは既に何度もしたので、慣れたものだ。
「同じ依頼を継続して受けるからそれは不要よ」と私は答える。
鳥の捕獲依頼も、生け捕りに関しては高級食材として扱われる。王族や貴族の晩餐の定番の一品ということらしい。別に生け捕りじゃなくても新鮮であれば美味しいのではと思うのだが、さすがは王族貴族、視点が違う。生きている鳥を調理してすぐ食べるというのは、主に毒見の負担軽減ということらしい。生きている鳥ならば、毒を混入させる方法が限定的となるので重宝されるそうだ。
「モニカ、お前も飲んでいかないか?」と受付での手続きが終わったのを見計らってマカイラスが声を掛けてくる。
「まだ昼だし、遠慮しておくわ」と私は素っ気なく断る。
「じゃあ、夜ならいいのかよ」と聞き返されるが、「そういうことでもないわ」と、昨日と同じ言葉を返しておく。本当に、ワンパターンな誘いしかしないようだ。誰があんな柄も悪い、品も悪い人たちと同じテーブルで飲まなきゃならないのよ。「まだ昼だし」というのは、体の良い断り文句である、と理解して欲しい、というか空気をちゃんと読んでほしい。
私が食事にでも行こうかと、ギルドを出ようとした際、甲冑を来た兵士が冒険者ギルドの中に入ってきた。そして、紫とか青とかの刺繍が入った高級そうな外套を着た男が、仰々しくギルドに入ってくる。
乱暴に扉を開けて入ってきたし、当然、注目が入ってきた兵士や外套の男に集まる。
突然外套を来た男は巻物を取り出しそれを広げ、「これより、都市防衛クエストを発令する」と言った。
「うげぇ、マジかよ」というような声が、テーブル側から聞こえてきた。テーブルで先ほどまで気楽に飲んでいた冒険者達は、頭を抱え始めた。意気消沈しているのが分かる。さっきまで気分良く飲んでいたのに、テンション、ダダ下がりという感じだ。
「対象は何だ?」とマカイラスが椅子に座りながら言った。そして、冒険者も静かになった。対象がなんであるかが、とても重要なことなのだろうか。
「サイクロプスだ。奴らの大群が、この街に向かっているという情報が入った。明日の午後には、北の城壁に到着するだろう」と高そうな外套の男は言った。
「うわぁ~」と冒険者たちが悲痛な叫び声をあげている。
私はいったい、この場で何が起こっているのかが理解できず、ただ茫然と立ちすくんでいることしかできなかった。




