21 都市防衛クエスト
私は、先ほどの岩に向かって結界の組成を試みる。しかし、実際にやってみようとしても上手くいかない。というか、どうやればいいのかが良く分からない。私から30メートル程離れた所にある岩に結界を張る作業、どうすればいいの? 念じたり、両手を岩に向けて気合いを入れてみたけれど上手くいかない。
手の届かない所にある物を取ろうと、必死に手を伸ばすような阿呆らしさが私自身を襲う。30メートル先に置いて有るコーヒーカップを、椅子に座わり手を伸ばすだけで取ろうとしているような感覚。はっきり言って、まったく出来る気がしない。
私の仮説が間違っているのかしら? 結界を張るという能力事態が、既に私から結界を張るとかいう能力が失われているのではないだろうか、あまりに遠いと結界を張ることができないのだろうか、すでに私の周りに結界を張っている状態だから他に結界を張ることができないのではないか、など、いろいろな可能性も思い浮かんだ。
マカイラスさんとトクソさんの訓練を見ているのも暇だから、というのが主な理由ではあるのだけれど、とりあえず可能性を一つずつ潰していく。
結界を張る能力が失われているのだとしたら、自分の周りにある結界を解除するというのは愚策だろう、というか、どうやったら解除できるのかも自分で分からないのだけれどね……。
とりあえず、自分の周りに、今張っている結界を覆う形で結界を二重に張るイメージを構築する。つまりは、サランラップでキャベツを包むイメージだ。
あ、出来た。
意外とあっさり出来てしまった。試しに三重、四重の結界を張ってみたけれど、簡単にできた。なんか、シャボン玉の中にシャボン玉を作る芸をする人がいるけど、自分がそのシャボン玉の中心にいるみたいな感じ。なんとなく包まれてるなってのが分かる。サランラップされた野菜の気持ちって奴?
今度は、結界を張るということに距離的な限界があるのかを試すべく、張った四重目の結界を大きくしていく。岩の所まで届くような球体をイメージする。
そうすると、あっさり結界は空気を吹き込んだシャボン玉のように膨張していった。そして、破裂しなかった。結果、岩を覆う範囲まで拡大することができた。つまり、私を中心に、半径30メートルの球形の結界が出来ているわけだ。地面を含めて。
「お前は何をやっている?」とトクソさんが、眉を吊り上げながら私に近づいてくる。マカイラスさんは、何がなんだか分からないような顔をしている。トクソさんが組み手の途中で、いきなりマカイラスさんの手を離し、私を怒鳴り始めたから、状況が掴めていないのだろう。
「あ、え? 訓練?」と私は言う。
「俺達を実験体にしての訓練か?」とトクソさんはさらに怒ったような顔で言う。マカイラスさんもやって来た。
「実験体?」と私が首を傾げていると、マカイラスさんが「トクソ、どうしたんだ?」と言った。
「この腐った卵は、大規模な結界を構築している。そして、その範囲に俺達も含んでいる」とトクソさんは言う。
「げ、まじか。俺は何も感じないが……。媒体も見当たらないぞ?」と、周りを見渡すマカイラスさん。
「珍しいが、こいつは媒体不要で結界を張ることが出来るスキル持ちだ」とトクソさんは言い切った。それを聞いたマカイラスさんも、しかめっ面になった。あれ? 私不味いことをしたかな、と思えてくる。
「おいおい、そいつは流石に冗談じゃ済まされないぞ」とマカイラスさんが言う。
良く分からないが、私は自分がやろうとしていたことを説明した。とりあえず、何故2人が怒っているのかが分からないのだけれど、一生懸命説明をした。如何に自分が馬鹿らしい、阿呆らしいことをしているのか説明するというのは、とても悲しい作業ではあったけれど、男2人が怒っているようだから仕方が無い。ギルドでうざく絡んできたマカイラスさんと明らかに違う、険悪な雰囲気だし。
「これも教えておいてやる」と私の説明を聞いたマカイラスさんが口を開く。
「無断で他人を結界で包むのは、攻撃をするという意思表示だ。大体、無断で結界を張ってくる奴は、奇襲しようとしている奴と、相場が決まっているからな。俺は感知できねぇようだが、トクソは気づいた。そして、お前は眉間に矢を射られても文句は言えないってことだ」
いや、眉間に矢を射られたら、文句を言う前に絶命しているだろうに、と突っ込みを入れようと思ったけれど、2人が真剣な顔なので心の中にしまっておく。
「理由は分かった。そして、悪気がないこともな。だが、次にやったら、俺も警告なしにやる。それでいいな?」とトクソさんが言った。
それで良くないのだけれど、私は黙って頷いた。
「まぁ、これでさっきの話は終わりだ」とマカイラスさんが自分の両手でパッンという音を鳴らした。その動作、こちらの世界でも、仕切り直しというような意味があるのかもしれない。
「モニカ、お前、結界も使えるのに使い方が分からないって、そもそもどうやってそれを習得したんだ?」
という質問をマカイラスにされる。
私は、気づいたらこの世界にいて、そして何やら怪しげな人っていうか巫女に魔法が使えることを教えてもらった、と極めて要約的に説明をした。真面目に話すには荒唐無稽だし、笑い話として話すにもお酒の力を借りなきゃならないレベルの話だ。
「私の兄の1人がお前と同じように媒体なしで結界を使える。これは聞いた話だが、自分以外に結界を張る場合は、このようにイメージをするのだと教えてもらったことがある」とトクソさんは言って、地面に十字を書いた。
「この交差しているところが自分のいる場所だとイメージする。そして、対象がいる場所を、この書いた十字で認識するそうだ」とトクソさんは説明をしてくれた。
マカイラスさんは、首を傾げている。トクソさんも、お兄さんが話したことをただオウム返ししているだけのような印象だ。しかし、その説明を聞いて、私はピンと来た。つまりは、座標をイメージしろってことね。トクソさんが地面に書いた十字は、X軸とY軸ということでいいのだろう。でも、空間として結界を張るのであれば、Z軸まで考えた方がよいのではないか。まぁその辺りはトライ・アンド・エラーね。
「トクソさん、ありがとう。理解できたわ」と私はお礼を言った。トクソさんも、マカイラスさんも、先ほどの説明で理解できるのかが不思議、というような顔をしていた。
・
人間やればできるものだ、というのが結論。頭の中で空間座標を意識したら、視界の中にX軸、Y軸、Z軸が浮かんできた。ご親切に目盛りもついている。目盛りは「距離感・強」の効果だろうか。とっても便利だ。
私は岩の座標を把握し、その岩を包み込むように結界をイメージすると、簡単にできた。正方形の結界を長方形に変形させたりもできる。円錐に変形してから球体に結界の形を変形させたりするのに最初は苦労したけれど、図形を立体的にイメージしたら簡単に変形できる。
そして、気圧を下げる。とりあえず昔、初日の出を見に上った富士山の山頂の気圧をイメージする。結界の中が、夏の学校のプールを校舎の屋上から眺めたような色になっていく。とりあえずは、気圧が下がったと判断できる。成功したと言ってもよいのだろう。私はガッツポーズをした。
でも、なんとなく面白くない。岩の周りを富士山の山頂近くの気圧にしたところで何になるだろう。練習って意味合いはあったけれど、成功してちょっとでも喜んだ自分が、なんとなくむなしい気持ちになる。つまらない。
そんなところへ、また別の鳩がパンを求めて私に近寄ってくる。今度は気圧の調整もできるから、殺しちゃったりすることもないだろうから、やってみよう。
私は、鳩の周囲に結界を張る。鳩は平気な顔して私に近づいてくる。
クルルッポォ。
私は、先ほどと同じように、富士山の山頂と同じ気圧へと調整すると、鳩は豆鉄砲を食らったような顔をして羽ばたきしはじめた。結界は当然のごとく鳩を追いかけており、鳩の周りが空の青さとは別の青さがある。自動追尾って、本当なんだぁと実感をする。羽ばたき空へと飛び立ったが、すぐに地面に墜落した。
あ、やばいかもと思い、私は鳩の元へ駆け寄る。鳩は嘴から白い泡を吹いていた。両手で鳩を救い上げると、呼吸をしているような感触がある。胸も上下しているから気絶しているだけだろう。
それにしても、この鳩はどうしたらいいのだろう。生け捕りにした感じになっちゃったけれど。マカイラスさんは、もう一匹鳩を食べれるだろうか。このまま逃がしてしまってもいいのだけれど。
「マカイラスさん、鳩もう一匹食べますか?」と、トクソさんと柔軟体操のようなことをしているマカイラスさんに声を掛けた。
「あ? さすがに2匹はいらねぇな。って、その鳩生きているな。生け捕りにしたのなら、ギルドの採取依頼にあるんじゃないか?」とマカイラスさんは言った。マカイラスさん、年齢の割には体、柔らかいなぁ。




