20 都市防衛クエスト
食事後も、私はギルド裏の丸太に座って、冒険者達の訓練の見学をする。トクソとさんマカイラスさんは、相変わらず弓を放ち、それを避ける訓練をしている。危なっかしくて見ていられないので、雲を眺めながら「自分の魔法属性を理解し、臨機応変に対応するべし。」という言葉を私は頭の中で反芻していた。
自分の魔法属性っていっても、低気圧でも大丈夫にするだけのものだしねぇ。理解するほどのことでもないような気がするんだけど……。でも、1つだけ思い付いたことがある。それは、自分に対して使えるだけではなく、他人に対してもこの魔法を使えるという可能性だ。まぁ、トクソさんの受け売りな気もするが……。マカイラスさんは、草を切るのに使ったり、矢を防いだりするのに使っている。つまり、自分以外を傷つけるために使う事も、自分を守るために使う事も可能ということだろう。
私の周りを覆っている気圧魔法は、自分を守るために使っていると言って良いだろう。もし、他人にも同じことができるのであれば…… あ、もしかして、気圧性の頭痛を直すお医者さんのようなことが出来るのじゃん! たぶん、気圧の変化で体調を崩す人って、この世界でも多いと思うのよね。そういう人に、私の魔法って、需要があるのではないかしら。
よし、試してみよう。
私は、さっそく実験を開始する。なんか、パン屑を欲しそうに私に近づいてくる鳩。試しにこの鳩に魔法掛けちゃえ。
「気圧よ、下がれ〜」と私は鳩を眺めながら念じる。自分でも馬鹿みたいだけど、そう念じてみた。
ザーワァァァン、と風が音を出した。私が「気圧よ、下がれ〜」と念じた瞬間、突風が起こったのだった。
私は恐る恐る目を開けると、砂埃が舞っていた。そして、その砂埃が風に流されると、鳩が地面に倒れているのが見えた。しかも、羽根の毛がむしり取られたように派手に飛び散っている。そして鳩の片翼はあり得ない方向にひん曲がっていた。よく見ると、鳩の体には細かい傷が沢山できていて、血が流れている。
あれ? 一体何が起こったの?
「お前、今何をした?」とトクソさんが恐い顔をして近づいてくる。
「いえ、特に何もしてません。悪気はなかったんです」と私は右手を振りながら答える。
「強い魔力を感じたんだがな…… って、今、お前が魔法を使ったのだな?」とトクソが、鳩の死骸を見て言った。
「はい。すみません……。私がやりました」と私は名探偵に決定的証拠を突きつけられた犯人のように自白をした。
「お前、鳩を食べたかったのか?」とトクソさんが言った。
「鳩を? いえ、食べませんけど?」と私は、言う。何で鳩なんか食べるのよ。
「無益な殺生は感心しない。全ての生命は森の恵みだ」とトクソさんは言う。トクソさんが静かに怒っているのが分かる。
「ごめんなさい。魔法を使ってみようと思って失敗しました。殺そうとおもったんじゃないんです」と私は平に謝る。殺すつもりはなかったとか言っても、結果が全てだ。
「あちゃ、派手にやったな。羽根をむしる手間が省けたってもんだが……。トクソ、その鳩は俺が焼き鳥にして食うから許してやってくれ。モニカ、お前も少しは考えて魔法を使え。これが人だったら、洒落にならないぜ? 」とワザとおちゃらけたような態度のマカイラスさんが言った。
「まぁ、次に同じ事をやったら容赦しない」と言って、トクソさんは不機嫌そうに去っていった。もちろん、私だって、一回失敗したのと同じようなミスをしたりはしない。
「最初は、生き物とかじゃなくて、岩とか無生物にしときな」と軽い感じでマカイラスは言って、鳩を掴んで冒険者ギルドの建物の中へ消えて行った。彼は本当に鳩を食べるつもりなのだろうか……。
・
何が悪かったのだろうか。私は離れた場所にある岩を目標にして、先ほどと同じように「気圧よ、下がれ〜」と念じた。
私が念じた瞬間に、砂埃が岩の周辺に舞う。先ほどと同じ現象が起こっているのだろう。だが、先ほどのように近くで風が起こったわけではないので、私はじっとその現象を観察する。
私が「気圧よ、下がれ〜」と念じた瞬間、岩の周辺が真っ青な色に変わった。そして、そのあと砂埃が発生し、真っ青から徐々に周りと同じ色になる。
なるほど、と私は思う。岩の周りの気圧を私が魔法で極端に下げてしまったのだろう。そして、その超低気圧地帯、つまり空間の空白を埋めるべく、周りの空気が岩に向かって流れこんだのだろう。水は高い所から低い所へ流れる。気圧も平衡しようとする。その平衡しようとする動きが、突風、そして砂埃という現象の正体だろう。単なる物理現象か。そう思って私は少し安堵する。
私が次に考えたのは、それが、自分に魔法を掛けたときには起こらなかったかということ。理由は二つ考えられる。まず一つが、気圧の調整、そして二つ目が…… これはかなり物理から超越しているんだけど、結界という機能。
一つ目は、自分に魔法を掛けたときは、「自分に頭痛が起きない気圧」というような指標が存在した。その上で「気圧よ、下がれ〜」と念じたから、無意識であったにしろ、そのように気圧の調整が働いたのだろう。今回は、私はそのような調整をしていない。つまり、加減もしないで気圧を下げたということになる。
おそらく、「気圧よ、下がれ〜」と念じる際に、どれくらいの基準で調整するか、例えば920HPaで〜とか、そういうようなことを考えながら念じなければならないのだろう。私が加減をしないで「気圧よ、下がれ〜」と念じたから、一過性の台風のようなものが発生したのだろう。
台風というのは、熱帯地域で海水が温められ、それに伴って発生する積乱雲と上昇気流と熱帯性低気圧によって発生するが、同じような現象を局地的に私が作ってしまったということになる。私の魔法は、温まった海水や積乱雲がない分、一時的な突風という現象に収まっただけの話だろう。運が良かった……。暖かい海とかで、もっと大規模にやっていたら、本当に台風が発生して、手が着けられないことになっていたかも知れない。
二つ目が、結界という存在だ。そういえば、巫女巫女ミュニケーションの掲示番だっけ? たしかあれにも書いてあったが、「明確な気圧操作の有効範囲を決定する必要がある」のだろう。それはつまり、気圧平衡が発生しないようにする仕組みのことを言っているのだろう。私が調整した私の周りの気圧が高く、周囲の気圧が相対的に低いという状況になった際、私の周りから空気が出て行き、気圧を周りと平均化しようとする作用が働く。その作用を防ぐのが結界の役割なのかも知れない。だから、自分に魔法を掛けた時にも、まず結界を自分の周りに張るという手順が先にあったのだろう。
以上の2点の考察から、私が次に試すべきことは……




