2 チュートリアル
「あ、こんにちは」と私の背後から声がした。
振り返ると、神社の巫女のような姿をした女性が立っていた。服装は大晦日にバイトで絵馬とかを売っている人のような格好なのだけど、どこかおかしい。あっ、そうか。髪型が変なんだ。古代人とかヤマトタケルとか、そんな人達がしているように髪を変な風に束ねている。束ねた髪が、福耳のように見える。ぷっ。
「あの、こんにちは。聞こえていますか?」と巫女風の女性は言う。
「こんにちは。ここはどこですか?」
「良かった。こちらに来たショックで呆然とされているのかと思いました」と彼女は言う。この人、私の「ここはどこですか?」という質問を無視したよね?
「あの、ここはどこですか? 貴女は誰ですか?」と私は聞いた。
「貴女のような温和しそうな方で良かったです。謝罪するにしても恐そうな人だと恐いなぁと思っていたんです」と独り言のように彼女は私に話しかける。会話になってない。髪型も変だけど、頭の中も変な人なのだろうか?
「あの? すみません。ここはどこですか?」と私は再度問う。
「ここはどこですか? その質問に答えます。私の心の準備も整いました。では言います。言いますよ? 怒らないでくださいね? てへぺろ」と彼女は言って、自分の舌をちょっとだけだし、握りこぶしを作った右手で軽く自分の頭を叩いた……。なにこの人。ぶりっ子? と私は思う。
「伝家の宝刀、ジャンピング土下座! ごめんなさい、ごめんなさい。貴女を手違いでこの世界に呼んでしまいました」と突然彼女は土下座をして頭を何度も上下させて謝罪をする。
え? どういうことよ? とりあえず、地面に額をつけている彼女を起こして立たせる。
「ごめんなさい。私、巫女見習いで、神隠しの練習をしていたのです。誰もいない場所でやったつもりなのに、なぜかその場に貴女がいたんです」と泣きながら彼女は説明する。
どうやら私は、この人に誘拐されたらしい。でも、手違い的なことを言われてもさぁ……。私は携帯電話で時刻を確認する。誘拐されてからまだ10分程度しか時間は経っていないだろう。でも何故か携帯は圏外だ。車で走らせていた場所とは景観も変わっているし、そもそも車も見当たらないし。なんなんだ?
「泣かないでください。元の場所に今すぐ返してくれるなら別にいいですから。警察とかにも言わないでおきます。今ならまだ遅刻しないだろうし、もし遅刻しても、雪が降ってきたので速度を落としてきましたとか言い分けすれば大丈夫だろうしさ。そんなに泣かないで」と私は言って、彼女にハンカチを渡す。
「それが元の世界にお戻し出来ないんです。勝手に人を神隠ししたってことがばれたら不味いと思って、慌てて異世界召喚の求人情報を見て、ちょうど良さそうだと思ったのがあったので、それに登録してしまったんです。そしてらその案件は、数多の異世界召喚者や転生者が死亡、もしくは挫折した最高難易度の求人だったんです。あの魔王を倒すなんて無理ですよー。不可能ですよー」
「ちょっと待って、話が良く分からないのだけれど、神隠しって、つまり誘拐でしょ? 戻せないってどういうこと? それに求人募集ってなによ? 貴女って転職支援会社の人? 私、そんなのに登録した憶えないわよ」と私は言う。
「ごめんなさい。ごめんなさい。チート差し上げますから許してください」って、彼女は泣き叫び始めた。
「ちょっと落ち着いてよ。ただでさえ頭が痛いのに、キーキーと泣き叫ばれたら頭に響くのよ」
「ひぃー。ごめんなさい。ごめんなさい」とまた大泣きし始める。埒が明かなさそう。とりあえず彼女は無視して車を探すことにする。鳥居以外は目印がないからとりあえず鳥居から離れるようにまっすぐ歩く。どんどん鳥居と変な女から遠ざかっていく。
ぐるッ
一瞬、視界がぼんやりしたと思ったら、私は鳥居の真下に立っていた。さっきの変な巫女風の女も、私の3メートル手前くらいに蹲っている。どうなっているの? ちょっとこれ、やばい現象が起こっているのかもしれない……。




