19 都市防衛クエスト
ギルドの向かいの食事処でお昼を食べることになった。私とマカイラスさんは、赤ワインでじっくりと煮込まれた柔らか豚肉のシチューと黒パン。私とマカイラスさんが同じメニューになったのは、それしかメニューがないからだ。シチューは、豚肉以外にも、ジャガイモ、人参などがじっくりと煮込んである。煮込まれたシチューを黒パンにつけて食べると、黒パンのほのかな甘みとシチューのコクが口の中で混じり合う。美味しい、という一言に尽きる。
一方で、トクソさんは野菜丼と形容すればいいような料理だ。ピーマンや、黄色、赤のパプリカが丼に積み上げられており、それをトクソさんはそのまま食べる。たまに、塩を振って食べているが、ドレッシングなどを使うつもりはないようだ。
たぶん、茹でてもいない洗っただけの野菜な気がするのだけれど……。
「トクソさんって、菜食主義なのですか?」と私は尋ねる。政治の話と宗教の話は、食事の席ではしてはいけないというのは知っている。しかし、食卓を3人で囲んでいるのに、お互い無言でご飯を食べるなんて、ちょっと気まずいじゃない。それに、トクソさんが食べている野菜が新鮮なのか、野菜を囓るしゃきしゃきって音だけが響くってのもねぇ。
「トクソはエルフなんだ」とマカイラスさんが答えた。
エルフという聞きなれない単語で頭が一瞬思考停止したが、すぐに理解できた。ああ、あのelfね。この場合だと、elftと言った方が正確な気がするのだけれど。
「あ、なるほどです。ご兄弟が多いのですね」と私は言った。トクソさんは、11番目の子供ということだろう。トクソさんは、マカイラスさんと比べて、肩幅も狭いし、どこどなく肌の色も青白く不健康な感じがする。まだ、20代手前といった感じだし、恐らく食生活が貧しかったからこのような体格となっているのだろう。もちろん、細マッチョで筋肉は凄いのだけれど。
「ん? お前、意外と詳しいな」とトクソさんが興味を示したようだ。
「私の祖父も、貧村の8人兄弟の末っ子で、子供の頃に肉なんて食べたことがないと言ってました。だから、大人になっても、どうも肉は胃がなんとなく受け付けないと言ってましたからね」
「いや、何か勘違いをしているようだが。まあいい。それよりも、訓練を見て、得たものがあったか?」とトクソさんが言った。
突然聞かれた私はコメントに困る。「特になにも」が私の本心であるのだけれど、そんな答えをするほど若くはない。必死にコメントをひねり出す。
「マカイラスさんが、魔法を多様に使っていたことでしょうか」と私は言う。剣の風圧で草を切ったりするだけでなく、自分に飛んでくる弓矢を落とす。とてもダイバーシティを感じる。ちょっとトリッキーなパフォーマンスでは、スーザン・ボイルを破ったダイバーシティーと通じるものがあるかも知れない。いや、私は何を考えているんだ? 思考が迷走している。
「自分の魔法属性を理解し、臨機応変に対応するべし」と、トクソさんが言った。マカイラスさんもパンを咬みながら黙って頷いている。
「何それ? 訓示?」と私は聞いた。
「冒険者の基本中の基本だ」とトクソさんが言った。
「あら、それは失礼しました」と言って、私は皿に残ったシチューをパンですくい取って口に頬張る。
「出鱈目なやつだ。お前からは大きな魔力を秘めているのは分かるが……。 腐った卵なのは本当か。いや、宝の持ち腐れというやつか」とトクソさんが独り言のように言う。私にばっちりと聞こえて居るのだけどね……。
「まぁ、トクソの言いたいことは、お前の体には膨大な魔力が秘められている。まぁ、俺にはそれを感じる能力はないがな。お前、魔法を使ったことはあんのか?」とマカイラスさんが私に聞いてくる。
「いや、一度だけ? 自分に?」と私は言った。
「なんで自分で魔法を掛けておいて、自分で疑問系なんだ? 相変わらずはっきりしない奴だな」とマカイラスさんに言われる。
「いや、指示されるがままにやったから……。本当に効果があるのか、悪天候になったりしないと分からないしさ」と私は言う。だって、気圧前線が押し寄せてきて、気圧が変わったりしないと頭痛になったりしないのだもの。
『そういうことを言っているんじゃない。「自分の魔法属性を理解し、臨機応変に対応するべし」だ。分かったら復唱しろ』とマカイラスが言う。トクソさんは、目を閉じて、最後の一つの黄色のパプリカらしきもの味を味わっているようにみえる。
「自分の魔法属性を理解し、臨機応変に対応するべし。ねぇ、これで満足?」と私は言った。
「いや、お前、分かってねぇだろ?」とマカイラスさんが言った。私は黙って頷く。だって、分かっていないのだもの。
「鈍い奴、くしゃくしゃ、だな。頭まで本当に、くしゃくしゃ、腐った卵だ、くしゃくしゃ。マカイラスが言いたいことは、くしゃくしゃ、自分にその魔法が使えるってことは、他人にもその魔法が使えるってことだ、くしゃくしゃ」とトクソさんが行儀悪く言った。口に何かを含みながら喋らないで欲しい。口の中から黄色いパプリカの細切れが見えてるのよ! 言いたいことは分かったけれどね。それに、頭まで本当にくしゃくしゃの腐った、という風に聞こえて、とても不愉快だわよ!
「まぁ、そういうことだ」とマカイラスさんが言う。そういうことじゃないわよ、と私は心の中で突っ込みを入れる。
「そろそろ、訓練に戻ろう。お前も、しっかりと自分の魔法属性を見極め、自分の身くらい守れるようにしろ」といつの間にかパプリカを胃に収めたトクソさんが言った。
「よし、腹もふくれたし、また訓練といこうかね」とマカイラスさんが席を立ちながら言った。




