18 都市防衛クエスト
私は、ギルドの裏口の脇にあった丸太に腰掛けて、訓練している人達を眺める。
よく見ると、プロレスをしている人達の動きが人間離れしている。空手チョップをバク転して躱したりしているのはまだ理解できる。一番不思議なのは、プロレスをしている2人組の、小柄な方。細マッチョと形容するに相応しい人なんだけど、動きが明らかに変だ。壁など蹴る場所がないのに、三角飛びをしている。空中を蹴っているように見える。どこを踏み場にしているのか不思議に思う。
海の上を走る方法ということで、右足が沈む前に左足を上げ、左足が沈む前に右足を上げると冗談で聞いたことがあったが、空中でそれをやっているのだろうか。あり得ないと思うんだけれど、現に目の前で、空中三角飛びをしている人がいるのだから、訓練をすれば可能なのだろう。どんな訓練をすれば可能になるのか知らないけれど。
ん? あ、そっか。魔法か。魔法を使っているね、と私は思い当たる。マカイラスさんの口調では、大体の冒険者が魔法を使えるようなことを言っていた。なにか、不思議な力で空中を蹴っているのだろう。
空気中の窒素や酸素などの分子を一時的に動かないように固定させたら、踏み場にすることが可能なのかも知れない。だけど、普通に考えて、そりゃ無理だよね〜、なんて思う。
「マカイラス、行くぞ」と、先ほどの弓矢を持った人の声がきこえてきた。トクソさんだっけ。彼は、間からイオスさんから30メートル程度離れたところで弓を構えている。体の向いている方向からして、マカイラスさんに矢を放とうとしているように見える。マカイラスさんも、剣を構えているし。
与一、鏑を取つてつがひ、よつぴいてひやうど放つ。
なんて、平家物語のことを考えていたら、トクソさんは本当に弓矢を放った。え? 人に向けて放ったら危ないでしょ、と思って矢を目で追おうとしたが、私は直ぐに矢を見失った。特急とか快速の新幹線が、駅のホームを止まらずに走ってくのよりも速い気がする。
マカイラスさんに矢は刺さっていないようだった。というか、マカイラスさんの足下に矢が刺さっているのを見つけた。どうやら外れたようだ。度胸試しにしても、質が悪い気がする。サーカスのナイフ投げで、綺麗な女性の頭の上に置いた林檎にナイフが刺さるのを見るだけでもドキドキするのに、こんなの見せられたら私の心臓は高血圧でパンクしてしまう。
「ちょっと、貴方たち危ないわよ。万が一でも刺さったら命に関わるじゃない」と私は丸太から立ち上がり、2人に向かって大声で叫ぶ。
「黙って見ているのだ。腐った卵よ」と、トクソさんが言って、また弓を構える。誰が腐った卵よ。
「もう一回だ、トクソ」とマカイラスの声が聞こえる。どうやら私の忠告は無視されたらしい。
今度は、弓を構えたトクソさんではなく、マカイラスさんを注視する。
びゅぃぃぃぃん、という嚆矢が風を切りながらマカイラスさんに向かっているのが分かる。私の目には、地面側が青く見える。そして、マカイラスさんの前方に風が発生した。空から地面にたたき付けるような突風だ。地面の気圧が低くなり、上方から空気が地面に向かって流れ込んできているのだろう。そして、矢が地面に突き刺さる。先ほどよりもマカイラスさんより遠い地面に矢は突き刺さった。
私は、マカイラスさんの方へと歩き、地面に刺さった矢を引き抜いた。黒曜石のような黒光りした鏃が鋭く尖っていた。
「ねぇ、いまの、魔法で矢を反らしたの?」と私は聞いた。
「あぁそうだ。そういえばまだ言っていなかったな。俺は風魔法が使える。だから、よっぽどのことが無い限り、矢は俺には当たらない」と、マカイラスさんが言った。
「ふーん。でも、前に見せてくれた、なんとか一閃とは違うの?」と私は聞く。
「空烈横一閃だ」と彼は言ったあと「攻撃と防御、使い方は違うが、根源は一緒だ。つまり風魔法だ」と言う。
「この距離の矢を外されると、弓師としてのプライドがズタズタだ」とトクソさんが私の背後で言う。突然後ろから声がきこえたので私はびっくりした。いつのまに私の背後にこの人は来たのだろう。まったく気づかなかった。
「いや、流石はエルフ随一と言われる弓だ。軌道を反らせるだけで精一杯だ。弓に集中してこれだから、お前ともう1人、2人組で襲われたら撃退は不可能だろうな。尻尾を巻いて逃げ切ることができたら幸運というものだろう」とマカイラスが言う。
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私は、マカイラスさんとトクソさんが訓練場を走ったり、組み手をしたりしているのを暫く見学をした。
「汗を流したところで、飯にでもするか」と近寄ってくる。脱いだ上半身は、筋肉の盛り上がりはさることながら、体から湯気が立っている。冬場の温泉あがりのようだ。
「私もお腹空いたわ」と言う。特に何かした分けではないけれど、お腹は勝手に空くのだ。
「トクソ、お前も食ってけよ。今日は俺がご馳走するぜ」とマカイラスが拳で、自分の胸筋を叩いた。
「ありがとう。遠慮なくご馳走になるわ」と私が言うと「いや、お前には言ってないんだが……」という、寂しい答えが返ってきた。




