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15 冒険者ギルド

 体感で徒歩40分くらいしたところから、草原の草の種類が目に見えて変わった。先ほどまで歩いていた場所は、芝生をすこし長くしたような、草の背も私の踵に届くか届かないくらいの草が生えていたが、ところどころにススキのような草が生えていたり、棘のある草がまとまって生えているような様相となった。

 ゴルフ場で例えるなら、私が先ほどまで歩いていた場所は、フェアウェイの芝よりも草が長く刈ってあるラフのような場所。たまに靴に草が絡みついて歩きにくいけれど、歩くのに苦労するって程じゃない。

 しかし、これから私が進もうとしている場所は、ゴルフボールを探すのに苦労する、クラブで草をかき分けなければボールを見つけられないような藪が点在しているような場所。え? こんな所を進んで行かなければならないの? って感じ。当然、歩きやすい場所を歩いて、藪の中は避けるけれどね。


 この付近一体で藪ではない場所に多く生えているのはシロツメクサだった。シロツメクサが白い花を咲かせている。四つ葉のクローバーを探したくなってしまう。

 いや、休憩ついでに四つ葉を探そう。

 私は、腰を落としてシロツメクサの葉を優しくかき分けて、四つ葉のクローバーを探す。シロツメクサで王冠も作っちゃおうかしら、なんて考えてしまう。

 

 あ、有った。私は、四つ葉を見つけてそれを摘んだ。


「ステータスが変化しました」という声が頭の中に響く。四つ葉を摘んだ瞬間だった。


 わ、なんだなんだ、と思いながら『ステータス画面』と私は念じた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

名前:モニカ

レベル:1

職業:会社員(経理)

魔法属性:転移魔法

体力:30

魔力:499⇄500 

スキル:普通自動車免許 (ON)

    日本商工会議所簿記検定1級 (ON)

    魔力自動回復・強 (ON)

    魔法自動追尾 (ON)

    魔法持久力・強 (ON)

    魔法自動継続 (ON)

    無媒体結界術 (ON)

    空間把握能力・強 (ON)

    距離感・強 (ON)

    体内気圧計 (ON)

    気圧視認   (ON)

    巫女巫女ホットライン(使用不可:7日後に再使用可能)

状態:幸運(持続時間:残り59分42秒)(NEW)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 大分長ったらしくなった私のステータス画面とかいうやつの一番下に、状態という欄が追加されている。状態が幸運? なんのことだろうと考えたが、四つ葉のクローバーを見つけたから幸運になったのかなぁと思い当たる。四つ葉のクローバーを見つけると幸運になるって、言い伝えとか伝説の類いだったけれど、どうやら本当だったんだなぁ、と感心をする。だが、ステータス画面とかでそれを確認できたら確認できたでなんとなく興醒めしてしまう。本当であるか分からないからこそのロマンというのがあるのだと、私は思う。幸運になるということが確認できてしまったら、四つ葉を探すのは放課後の夢見がちな小学生とかではなくなり、年末ジャンボを買って脱サラを夢見る人々が宝くじを買う前に探す、というようなことになりかねない。ため息しかでないわ。まったく、あの巫女、ステータス画面とか余計な機能を私にくれたわよね。低気圧で頭が痛くならないだけでよかったのに、と愚痴る。


 さて、気を取り直して、巣穴を探しますか、と私は歩き回る。アナウサギの巣穴は意外と簡単に見つかる。ヨモギばかりが生えているところ、オオバコが沢山生えている場所、なんとなくこっちかなと思った方向へ歩いていけば大体見つかった。アナウサギの巣穴は、草原の中にぽつんと土が見えるところを探せば大体そこには穴があった。アナウサギが穴を掘ったり、地面の土を掻きだしていくことによって、土が露出する場所になったのだと私は予想を立てる。穴をのぞき込んだが、穴は結構深いようで、ウサギの姿は見えない。


 しまったなぁ、こんなに簡単に見つかるなら、袋とかも持って来ればよかったと私は少し後悔をする。ヨモギは手で千切ればいいのだけれど、オオバコは、採取依頼に条件が全草と書かれていた。根っこまで綺麗に取らないといけない。オオバコの葉を握って取ると、途中でちぎれてしまい、条件と合わなくなる。スコップがないと、根っこまで綺麗に抜くのはなかなか難しいようだ。私は、頭の中の必要な物リストに、袋とスコップを追加する。

 アナウサギに関しては、巣穴の出入り口付近に罠をしかければ、捕まえることが可能だろうと思う。


 私は頭の中の地図に、どんどん巣穴の場所やヨモギ、オオバコの群生地を書き込んでいく。以前は方向音痴だったのだけれど、何故か今は、目を閉じながら歩いてもこの場所から自分の宿の部屋まで帰れるような気がする。頭の中に、スマホの地図アプリのようなものが浮かんで来て、「ここはヨモギの群生地」とか「アナウサギの巣穴」とか情報がどんどん追加されていくんだもん。おまけに、地図上で今、自分がどの方向を向いているのかも分かってしまう。あ、私って、方向音痴だと思っていたけど、違ったんだぁ。オフィスビル街って、似たビルしかないし、それで良く迷っていたのね。私は都会の弊害の中で生きていたんだわぁ、なんて思い直す。私って、方向音痴じゃなかったんだ。自分でも知らなかったなぁ。


 そういえば、婚活パーティーで少しだけ会話をした余りいけ好かない男に「私って方向音痴で、知らない場所に行くと良く迷います」なんて話をしたときに、「女性は地図を読むのが苦手ですからねぇ。でも、僕、いや俺は、デートの時もしっかりエスコートするので、僕について来ていただければ大丈夫ですよ。はっはっはっ」なんて言っていたっけ。とりあえず、臨床研修を終えて、研修医身分を卒業してから来いや。医者という身分で押すなら、さっき会話をした開業医(整形外科)、年齢38歳、愛車はポルシェです。やっと医院も軌道に乗って一息ついた所で、ふっとパートナーがいないことを寂しく思って、この会に参加しました、っていう人に完全に負け取るわ。開業医の方は、倍率きつそうで、私ではちょっと捕まえられ無さそうだったけれど……、なんて思った記憶もある。


 話を戻すと、自分は方向音痴じゃなかったのかぁ、という新たな自己発見が嬉しい。どんどんと頭の地図にポイントを追加していく。



 ・


 アナウサギの巣穴も50個以上見つけ、ヨモギ、オオバコがまとまって生えている場所も60個所以上見つけた。ヨモギもオオバコも、1ヶ月くらい採取したとしても無くならない量を確保できそうだ。アナウサギも、姿は見えないけれど、巣穴はあるのだから、罠をかけていれば捕まえることができるだろう。

 なんとか食いつなげそうね、なんて考えていたときに、何かの気配を後ろから感じた。

 私はとりあえず、近くのススキの生えている近くに身を隠す。


「おい、新米。隠れたつもりだろうが、見えてるぜ」という男の声が響く。あのギルドにいた茶髪マッチョの男だ。

 私は、立ち上がる。案の定、茶髪マッチョ男が立っていた。全身マントを着込んでいて、マッチョなのは確認できないが……。


「あら、あなたなの? 貴方もアナウサギを捕まえにきたの?」と私は大声で叫ぶ。おそらく、私の後をつけてきただろう。こんな人気のない場所で、後をつけてきたと思われる男に声を掛けられるのは恐い。


「そんな駆け出しの依頼なんか受けるかよ。どうも胸騒ぎがして、お前を追っかけてきたんだよ」と茶髪マッチョ男は言った。


「何? 心配してくれてたの?」と強気を装って私は言う。声が少し震えているのが自分でも分かる。


「当たり前だ! お前、丸腰でここまで来ただろう! もうすぐ夕暮れだ。この場所にはアナウサギ目当ての狼がうじゃうじゃ現れるぜ。狼に襲われたらお前、どうする気だったんだ!」と茶髪マッチョ男は怒鳴る。

 今の会社に入社したときの工場での新人研修で、職人気質のおじいさんに、最後の手作業での研磨が、心が籠もっていないと怒られた記憶がよみがえる。


「え? 狼? そんなのがいるの?」と私は答える。


「やっぱり知らなかったのか。当たり前だ。安全な場所ならわざわざ冒険者に依頼なんてしないで料理店の店員が自ら獲りに行っている。ふざけた格好で冒険者に登録すると思っていたが、ここまで巫山戯た奴だったとはな。俺の胸騒ぎも捨てた物じゃ無いな」


「心配で来てくれたの? わざわざ?」と私は聞く。悪い人ではないとは思っていたが、どうやら良い人だったのかも知れない。


「まぁ、そういうところだ。新米ってのは、すぐ無茶をして死にに行くからな」と茶髪マッチョ男は、ため息をつきながら言う。


 私は、宿の受付の女の子が街からあまり出たことがないということと、三流宿に泊まる冒険者が最近少ないという話を同時に思い出す。街といっても、皇居くらいの大きの街だ。そこからあまりでないというのは、箱入り娘というか、引きこもりがちな娘だと思っていたけれど、街の壁の外が危険地帯であるなら、それは当然だったのかも知れないと思い返す。そして、三流宿に泊まる冒険者が少ない、帰って来ないことが多いということは、新人の死亡率がやはり高いということなのだろう。それを心配して、冒険者ギルドの中でこの男は、変に絡んできたのだろう。


「どうやら、あなたなりの親切を、私は受け取れていなかったようね。冒険者ギルドからいろいろと親切にしてくれていたようね」と私は頭を下げてお礼を言う。


「なに、気にするな。新米を鍛えるもの、古参冒険者の役割だ」と茶髪マッチョは言った。


「改めて、私は、佐々木……じゃなかった、私の名前はモニカよ。もしよかったら、名前を教えてくれないかしら?」と私は聞いた。


「マカイラスだ。よろしくな、モニカ」と答える。


「呼び捨てなんて、いきなり馴れ馴れしわね」と私は冗談交じりに言う。


「まぁ、いいじゃねぇか。あ、もう街に帰らなきゃならない時間だな。ペガサスがウルミア湖から、巣穴があるアララト山の麓に帰っているぜ」と言って、マカイラスは夕暮れの空を指さした。


 夕陽が作る黄昏の中を、地平線に沿って細い一筋の雲が浮かんでいる。そして、その中を走っている馬の群れがあった。


「え? あの馬、空飛んでない? って、いま、あなた、ペガサスって言わなかった?」

 完全に空を飛んでいるのは馬だ。それに、白い翼を羽ばたかせているのが見える。優雅に羽ばたき、空を駆けている。確かに、羽根があるなら、馬じゃなくてペガサスなのだろう……。

 燕のように空中を泳ぐように移動していない。ペガサス自らの足で空を蹴り、走っている。いや、飛んでいるのか……。

 私のあごは、重力に従っており、そのまま口は大きくO字型に開いている。開いた口が塞がらないとはこのことであろうか。


「ねぇ、マカイラス。ちょっと確認したいことがあるのだけれど」


「あ? どうした?」とマカイラスは平常モードで言った。マカイラスにとっては、ペガサスがいて、そしてそれが空を飛んでいることは珍しくないのだろうか。


「あれって、ペガサスよね?」と


「ああ。ペガサスだ。まさか、初めて見たのか?」


「初めてみたわ。実在したのね……」と私は言う。


『初めてみたのかよ。「ペガサスが山に帰るのを見たら、お家に帰るのよ」って、母親に教えられなかったのか? 今まで夕暮れに空を見上げたことがなかったのか? その歳になるまで」


「年齢は関係ないじゃない……。それにしても、綺麗ね。とても幻想的な光景だわ」と、私は夕暮れのペガサスの群れに心奪われる。


「おい、いつまで見てるんだ。足を動かせ」と、立ち止まってペガサスの群れを見続けている私にマカイラスが言った。


「もうちょっと良いじゃない。とっても感動的よ。アフリカでシマウマの大群を見るのよりも感動するかも知れないわ」


「何を言ってるんだ。ペガサスは、毎日アララト山の住み処からウルミア湖に水浴びしに飛んでいってるだろうが。見足りないなら、明日も見ればいいだろう。ほら、帰るぞ」と言って、私の背中をマカイラスは押す。私もしぶしぶ歩き出す。


 そっか、私、ペガサスが本当にいるような世界に来てしまったのか……。ん? ここって、地球じゃないてことかしら? 流石に地球で、ペガサスが生息しているなんて聞いたことがないわ。生息していたら、きっと観光客が押し寄せるし、ペガサス観光ツアーとか一度は見聞きしたことがあるはずだもの。


「ねぇ、マカイラス。ここって、地球よね?」とマカイラスの横を歩きながら聞く。ペガサスを見た感動のせいか、頭に霧が掛かっているようで、頭が上手く回らない。


「は? 地球ってなんだ?」と怪訝な顔をしているマカイラス。


「ごめんなさい。質問を変えるわ……。 あなた、魔法を使えたりするの?」と私は突拍子もないことを聞いた。巫女が魔法がなんとかと言っていたから、まさかとは思うけど……。


「ああ、当たり前だ。これでも、冒険者の古参だからな」とマカイラスは当たり前のように答える。


「え? 本当なの? 嘘でしょ?」と私は言う。


「これでもか?」とマカイラスは、サッと腰に下げていた剣を抜いた。真っ青な弧状の真空が、ススキを切断しながら進んで行く。茎を切断されたススキが、重力に従って地面に落下していく。

 私には、鎌鼬かまいたちのような、真空現象が発生しているように見える。だが、抜刀の勢いだけで、30メートル以上先のススキを切り裂いているようにも見える……。


「あなたの剣って、長いの?」と私は聞く。


「長いように見えるか?」とマカイラスは再び剣を鞘から抜いて私に見せる。刃長は1メートルくらいだろう。流石に、長さ1メートルの刃物で、30メートル先のススキを切ることなど、常識的に考えて不可能だ。宮本武蔵だったら? なんて考えたが、おそらく無理であろう。

 そもそもマカイラスが持っている太刀というのは、刀身で斬ることを目的としている。だから、刀身は薄く、鋭くなっている。空気抵抗を極限まで減少させ、振りかざした剣の勢いを殺さないように作られている。そんな構造の太刀で、30メートル先まで届くような真空状態を作ることは不可能だ。人間の筋力ではというようなことではなく、物理的にだ。そんな真空現象が起こったとしても、大気圧によって即座に相殺されていく……。って、なんでこんな小難しいことが分かるのか自分でも分からないけれど、剣の勢いだけでこんな現象が発生するなんてことはあり得ない、ということが分かる。


「やっぱり魔法でだよね?」と私は言う。


「ああ。空烈横一閃という魔法だ。本気を出せば、50メートル先の狼だって一刀両断だ」と、マカイラスは笑顔で言う。「どうだ、凄いだろ?」というような感情が、含まれているような笑顔だ。


 信じられない、というのが私の感情だ。だが、魔法を目の当たりにしたのだから、信じない訳にはいかない。


 私は、呆然としたまま、マカイラスに連れられて街まで帰った。とりあえず、この世界は、とんでもない場所だということは分かった。巫女め、とんでもない世界に私を連れてきたなぁ、と私は思った。

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