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10 冒険者ギルド

 草原から街へまっすぐ向かう。特に道があるわけでもない。草も芝生のように背が低いから特に歩きにくいということはない。今はいているのは運動靴だけど、ヒールを履いていなくて本当によかったと思う。こんな草と土の中をヒールで歩くなんて、ヒールが地中に埋まってしまって、靴が脱げてしまうだろう。

 その点は、あの巫女に連れ去られたときに車を運転していたというのは幸いだ。ヒールでの運転は、社用車利用の規則で禁止ってなっている。だから私はヒールは助手席足下に置いて運動靴で運転をしていた。そのことが幸いしたのだろう。その分、スーツに運動靴っていう少しばかり変な組み合わせになってしまった。スーツに運動靴という組み合わせで外を歩くのは、避難訓練のときくらいだろうか。

 変な巫女に誘拐されて、変な場所まで来たが、歩きやすい靴を履いていたという小さな幸運を見つけて、心の安らぎを得る。

 


 2時間以上歩いてやっと街に辿り着く。どうやら高さ18メートル弱の石造りの城壁が街を囲んでいるようだ。この城壁の周りには、水堀がないようだけど、もしあったとしたら皇居みたいな景観になるのではないかと思う。生活が落ち着いたら、毎日この城壁の周りをランニングしようかしら。運動靴も持ってるし。


 入口を探しながら城壁に沿って歩いて行く。すると、入口と思われる場所の両側に人が立っていた。警備員かなと思うけど、長い帽子を被って槍っぽいのを持っているから、番兵とかだろうか。とりあえず会釈をして街の中に入る。私が会釈したのに番兵さんは無反応。彼の眼球だけが私を追いかけているのが気持ちが悪い。首を動かせ、首を。

 ロンドンのバッキンガム宮殿を警備している近衛兵も決められた動作をずっと繰り返すだけで、冷やかしで手を振っても無反応だったのを思い出す。


 城壁の中に入ると、意外と建物の数が多かった。明らかに日本ではないような街の景観。ヨーロッパのような町並みを小汚く、雑多な感じにしたような街。街全体の家々の屋根を茶色に、家の壁面を白色に塗ったりして統一感を出せば、多少は綺麗な町並みに見え、観光客が喜ぶと思うのになぁ。この街の人達は観光に力を入れていないようだ。

 道は土で、風に舞った砂埃が見える。草原と比べてかなり埃っぽい。道に人もいない割に建物は沢山あるし、冒険者ギルドって場所、自分で探すよりも人に聞いた方が早いや、と思い、入口の番兵に冒険者ギルドの場所を尋ねる。

 門の反対側を見つめたまま、無言で冒険者ギルドの場所を指さす番兵。だから、首を動かせ、首を。あさっての方向を指さしているように見えるから、本当に正しい場所を示してくれているのか、疑いたくなってしまうじゃん。何、このやる気のない態度。

 「ありがとうございます」と私は形ばかりのお礼を言って、示された方へと歩いて行く。建物には小さな看板があるから、一応、見落とさないようにしながら通りを歩く。



 『冒険者ギルド』という小さな看板を見つけて、私は中に入った。中に入ってみると、BARのようなカウンターがあり、さらに窓際には丸テーブルが並んでいる。そしてテーブルには沢山の男が座っている。アルコールの匂いが漂ってくるから、酒でも飲んでいるのか。こんなに沢山の人が昼間っから酒を飲んでいるなんて、失業率が絶望に高い世界なんじゃないかと心配になってくる。とりあえず、ここがBARだとしたら、女一人で飲みに行きたいとは思わないような場所。

 さっさと用事を済ませて、とりあえずホテルを確保しようと思う。経験上、こんな場所に長居をするとろくなことがない。カウンターに私は向かった。そして受付の男性に声をかける。テーブルに座っている男達の、見ていないようで見ている視線がこびり付いてくる。


「冒険者ギルドの登録をしにきたのだけど」


「新規の登録ですね。こちらが登録申込書となります」と受付は言う。事務的と機械的の中間のような対応。

 申込用紙に記載する内容は至って簡単だ。名前を書くのと、ギルド口座の開設を希望するかのYes/Noのどちらかに丸をするだけ。良く分からないけど、たぶん銀行口座的なものだろうと思い、Yesに丸をする。ここで仕事を受けるのだとしたら、給与振込口座となるのだろう。住所と生年月日を書くことを要求されない時点で私の警戒心は上がる。普通なら、名前、住所、生年月日はセットでしょ。意味不明な申込書過ぎる……。


 それにしても申込書に記載されている注意事項が多い。『クエスト報酬が支払われた場合、報酬の1%を仲介手数料としていただきます』とか、仲介手数料にしては安いなと思う。まぁ、たぶん、クエストの依頼者から手数料を取っているか、クエスト報酬をピンハネしているだけなのだろうけどね。不動産仲介手数料無料! なんて広告が新聞の折り込まれているけれど、物件を丁寧に比較すると、仲介手数料がない分、家賃に上乗せされているということが分かったりもする。まぁ、この冒険者ギルドも、この登録申込書だけを見れば、手数料1%の良心的商売をしているように見せかけて、実は裏でがっぽり利ざやを抜いているのだろう。

 『クエスト受注の際には、クエスト報酬の5%を前受金としていただきます。期限内に依頼を完遂出来なかった場合には、前受金は原則返還致しません」とか、意味が分からない。例えばの話、毎月の給料の5%を、自動天引きにして社員持株を購入させるとか、給料の5%を会社の共済会費として徴収しますとか、そんな会社があったとしたら確実にブラック企業だ。働く側に、いきなり前金を要求するなんて、日本の常識とかけ離れている。この冒険者ギルドは、悪徳業者なのじゃないかなと疑いたくなる。

 

「お前、冒険者に登録するのか?」と後ろから男の声がする。私は、申込書から顔を上げて後ろを振り返った。茶色の髪、顔に幾つもの切り傷がある男が立っていた。どうやら、私に対しての発言だったようだ。


 顔で判断すると40代くらいだろう。しかし、40代にしては体ががっちりとしている。胸筋の発達が衰えていない。大学時代にわりと強いと有名な私大でアメフトをやっていて、社会人になってからも社会人リーグでアメフトを続け、今は一線を退いたものの、筋肉トレーニングは週3回欠かさず行い、チームの監督としてアメフトに関わり続けているっていう企画部の課長よりも、胸筋が盛り上がっている。ちなみに、その課長は暑苦しい筋肉をしている割にスマートな印象を受ける顔立ちだ。しかし、私の目の前に立っている男は、筋肉馬鹿という形容がお似合いな感じ。別に悪い人のような感じは受けないけどね。


「そのつもりですけど、何か?」と、私は答える。


「後ろ姿を見ただけだが、色白でひ弱そうな奴だったから、どんなつらをしているのか拝みにきたってわけよ」と彼は言う。後ろで、笑い声が一斉に沸く。テーブルで酒を飲んでいた柄の悪い人達が囃し立てる。ああ、何処かで同じようなシチュエーションに遭遇したことあるな、と既視感を感じる。


「別にあなたに関係はないわ」と私はそっけなく答える。


 彼は近づいてきて、カウンターの上に置いてあった私の申込書をさっと取った。


「へぇ、モニカっていうのかい。名前もよわっちょろいぜ。辞めとけ、辞めとけ、どうせお前なんか死ぬだけだ」と言いながら、私の申込書を両手で破ろうとする。


「ちょっと、何するのよ」と私は申込書を奪い返す。そして、カウンターに申込書を乱暴に起き、ギルド受付に「登録お願いします」と言った。


「おいおい、人が親切に忠告してやっているのに、無視するってわけかい?」


 ザワァとした感覚が私のお尻に走った。私は、振り向きざまに男の頬をめがけて右手を出す。


 ピッ


 男は難なく私の右の手首を掴む。私の右手は彼の左頬10センチ手前で止まっていた。


「威勢は良いようだな」と男が言ったところで、ドッと笑いが起きる。


 私は右足を男の急所に向けて蹴り上げる。しかし、さっと半身で私の蹴りを躱す。躱されることが私にとっては想定外で、私は体勢が崩れる。あ、後ろに倒れちゃう、と思った瞬間、右手がグッと引っ張られて私は倒れずにすんだ。

 男が、倒れないように私を引っ張ったのだと分かると、頭に怒りで一杯になる。


「本当に威勢がいいな。じゃじゃ馬ってやつかい?」と、男は口元に笑みを浮かべながら言う。さっきよりも大きな笑い声が部屋の中に響く。


「離しなさいよ」と言って、私は右手を引っ込める。男も、ずっと私の右手を掴んでおくつもりはなかったようで、私の右手を離した。


「登録は終わったの?」と私は、その茶髪の男を無視して受付の男に対して大声で言う。


「終わりました。これが貴女のカードです」と、何事も無かったようにカードを私に差し出す。私はそれを乱暴に受け取る。

「あと、宿を取りたいのだけれど」と乱暴に私は受付の男に言う。

 男は、静かに紙をカウンターの下から取り出す。見ると、宿の相場表だった。一泊、一流宿が金貨1枚、二流宿が銀貨1枚、三流宿が銅貨5枚と書かれていた。私の手元には金貨が10枚しかない。銀貨換算で100枚しか持っていない。手持ちのお金だけで100日はこの世界で生き残れるようにしたいから、宿代の出費はできるだけ安い方がよい。


「三流宿でお願い」と私は答える。それにしても、三流宿って、酷いネーミングだ。宿の人が、三流宿という名前を聞いたら怒るのではないだろうか。少なくとも私は、三流宿と自称しているような宿には泊まりたくない。この状況だから仕方がないが……。


「承りました。宿に名前を伝えれば宿泊できるようにしておきます」と受付は無感情に答える。


「冒険者に成り立ての奴が宿を取るなんて、随分と生意気だなぁ、おい」と、茶髪の男が笑いながらいう。それに合わせて、テーブルの人達も笑い出す。

 私は完全無視を決め込む。私は受付から宿の場所を聞き、冒険者ギルドの出口へと向かう。


「おいおい、新米。冒険者ギルドに登録はしたがいいが、仕事は受けないってのかい?」と茶髪の男の声が言う。


 あ、確かに。私ここに仕事を探しに来たんだ、と思い返す。とりあえず、どんな仕事があるだけでも把握しなきゃ、と私は頭を冷静にしてまた受付に戻った。

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