1 プロローグ
「日本海を中心に低気圧が急速に発達しながら北東に進んでおります。今日は全国的に大荒れの天気となり、暴風、暴風雪、高波、大雪に注意が必要です」とお天気お姉さんが淀んだ空の下で笑顔で言っている。やはり低気圧がきているようだ。どうりで起きてからずっと頭痛がするわけだ。あぁ憂鬱だわ、しかも今日は工場に監査にいかなければならないし。あそこの工場、山奥だし。それに工場の人達、愛想悪いし…… 私も同じ会社の同僚なのに……。
工場の人達から見たら本社からやってくる監査なんて目の上のたんこぶなのは分かるのだけど。それに、本社からやってくるのだ30歳そこそこの私。工場長からしてみたら、自分の子供と同じくらいの私から「この数値の細かい内訳を持ってきてください」なんて言われたら腹が立つのは分かるけど……。私だって仕事でやっている訳で……。それに、あそこの工場、女子トイレが汚いんでよね。女性工員がいないから仕方がないんだけど、なんか厭なんだよね。
はぁ、今日は低気圧で頭痛し、3ヶ月に1度とは言え、もっとも厭な仕事をしなきゃならない日だ。厭なことは重なるなぁ。
会社に顔を出し、パソコンと必要書類、そして社用車のキーを持って地下の駐車場へ。
「うわ、煙草臭い」と私は車に乗り込むなり独り言を言う。たぶん、昨日社用車を使ったのは課長なのだろう。社用車は禁煙なのに、構わず吸うのだものなぁ。
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渋滞の首都高を抜け、車で走ること2時間。景色は定間隔に設置されている電柱と、収穫の終わった田んぼだけとなった。車のフロントウインドウに水滴がぶつかる。
「雨?」と思ったけれど、どうやら雨と混じって雪が降ってきてしまったらしい。本当に最悪だ。この時期に雪がちらつくなんて、都心とは大違いだ。このまま雪が積もってしまうなんてことはないよね、あ、でも天気予報で大雪注意とか言っていたな。帰れなくなったらどうしよう。でもここも一応関東だし、雪で車が動かなくなるなんて事態は起きないよね。
私はワイパーブレードの速度を速める。フロントガラスにひらひらと花びらのように舞う雪は次第に多くなってきている。
「はぁ」と私は大きなため息をついて一度車を止めた。そして、車から出てタイヤをのぞく。あぁ、やっぱり夏タイヤだ。誰か気を利かせて、スタッドレスに換えてくれててもいいものなのに。でも、私以外はみんな都内を走る程度だろうし、タイヤを換える必要性なんてないか。無いものねだりか。
工場から帰る頃に雪が積もってたりしたら嫌だなぁ。雪が積もってきたりしたら、こんな浅い溝のタイヤで大丈夫かなぁ、と私はタイヤを眺める。
ごろ、ごろろろろ
突然、頭上で大きな音がした。鋭い痛みが頭に走った。あ、渦雷だ。早く車の中に戻らなきゃ……。
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目を開けると、真っ赤な鳥居の前に立っていた。え? 神社? ここ何処? 車は? と辺りを見回す。雪のように白い地面、雲一つない青空、地平線が虹の形のようにはっきりと弧を描いている。地面に埋め尽くされているのは雪かと思ったが、その割には冷たさを感じない。掬ってみると、ドライアイスの煙のように消えてなくなる。なんだこれ?
もしかして私、さっきの渦雷に打たれて死んだのかな? ここは天国……? でも、相変わらず低気圧性の頭痛は続いているのよね……。