くちびるに三日月。
いち、に、さん。
ベッドの上に持ち上げられて、床に座る彼の顔を見る。
彼の悪戯な手は髪をすいて、頬をすべって、あたしのあごを自分のもとへ引き寄せた。
ついばむようなキスに呼吸が奪われて、くちびるが名残惜しそうに離れていく。
「まだ、慣れない?」
「む、む、むりだっ」
金色の目にうつる自分の顔が、赤く見えたような気がした。
実際、沸騰寸前で、体内の水分が蒸発してしまいそうなのだけれど。
がさつで、男子にしか見られたことがなくて、どうしようもないあたしの前に現れたこのひと。
挨拶代わりだと言い張るキスは、もういったい何度目なのか。
朝に夜に、出会い頭と、外国のひとの文化はあたしの理解の範疇を超えていた。
実際、だまされている様な気さえする。
「練習が必要だね」
「は?」
「はい、どうぞ」
金色の目が伏せられて、端整な顔があらわになる。
そもそも、こんなのに練習って必要なんだろうか。
ますますだまされている気がしてならない。
「ほら、はやく」
「ちょ、むりだ、無理。そもそもなんでこういう展開になるんだ」
日本語が上手すぎる彼に、それでも必死に身振り手振りで猛烈アピール。
顔の前に腕でバツを作って、遠ざかったのもつかの間。
ベッドのスプリングが軋んで、彼がのぼってきたのがわかった。
「出来ないことを練習する、それは当たり前だと思わないかい? きみが毎日学校の先生に教えてもらっているように、僕もきみに教えたいんだよ。さあ、なにも恥ずかしいことじゃない。これは授業だ。僕は教師だ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥っていうだろう?」
なんで、そんなに言葉を知っているんだろう。
本当に不思議で仕方ない。
いやに説得力のある言葉に、ぐらついてしまって油断したのが運のツキ。
背後には壁。
目の前には金色の目。
「さあ、はやく」
ふたたび伏せられた目に、ゆっくり近づいて。
頭のなかで呪文のように繰り返す。
(いち)
鼓動が、うるさい。
(に)
顔がやけどしそう。
(さん)
触れたと思ったその瞬間にあわてて離れた。
本当に触れたかどうかすらあやうい。
これ以上後ろには下がれないのに、反射的に背筋を反らしたせいで後頭部を強打。
痛みで思わずうずくまる。
「最高にかわいいね」
「つ、たた……。てか、どこが」
痛む場所を押さえている手の甲に熱。
顔を上げれば、満足そうに細められた金色。
まるで三日月のようだ、と思った。
「じゃあ、もう一回。次はもっと長く、ね」
「ふざ、っ」
ふざけんなとどついてやるつもりが、両手の自由と呼吸を奪われた。
長い、長すぎるキスのあと、このようにと耳元でささやかれて。
どう見ても、どう考えても、だまされているような気がしてならなかった。
******** **
読んでくださってありがとうございます。
英語が苦手なのに、こういうものに挑戦してしまいました。
久々に書いた短編はやっぱり楽しかったです。
(追記 2008.11.13)
修正しました。
******** **