第15話 Dランクへ
ルクスの第二形態から数日後、迷宮管理局から正式な通達が届いた。
レイラが、書類の束を抱えて、迷宮の入り口に姿を現す。以前の査察の時よりも、どこか晴れやかな表情をしていた。
「本日は、正式な審査結果をお伝えに参りました、はい」
俺は、スラトたちと共に、その言葉を静かに待った。
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「この迷宮のランクを、EからDへ引き上げます」
その一言に、迷宮全体が、わずかに震えたような気がした。
「……Dランク」
俺は、その響きを何度も頭の中で繰り返した。処分間際とまで言われていた迷宮が、ここまで来た。実感が、じわじわと後から追いついてくる。
目を覚ました日の困惑が、まるで遠い昔のことのように思い出された。生身の体を持ちながら迷宮そのものだという、奇妙な在り方に戸惑い、たった三ポイントしかない資源を前に途方に暮れていたあの日から、確かにここまで歩いてきた。
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【迷宮ステータス】
名称:(未設定)
ランク:D(正式昇格)
迷宮ポイント:68
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「短期間でここまでの成長を遂げた迷宮は、管理局の記録を遡っても、そう多くありません」
レイラは、書類をめくりながら、丁寧に説明を続けた。八体それぞれが、その言葉に耳を傾けるように、静かに集まってきていた。
「実を申しますと、当初この迷宮は、次の四半期での正式な廃棄手続きが予定されていました。私が初めて査察に伺った時も、正直、形だけの確認のつもりだったのです」
「そんなに、終わってた話だったんですね」
「ええ。それが、まさかこんな結果になるとは、私自身、今でも半信半疑な気持ちです」
レイラは、そう言って苦笑した。処分間際だったという事実を、あらためて突きつけられると、感慨もひとしおだった。
「従魔の質、量、そして種類の豊富さ。どれを取っても、規格外の評価です。加えて、核由来の魔獣の存在は、極めて稀少な事例として、上層部でも話題になっています」
「そんなに、大層なものですか」
「大層なんてものじゃありません。正直、私自身、この迷宮を担当できて良かったと思っています」
レイラは、そう言って小さく笑った。査察官という肩書きを超えた、素直な喜びが滲む表情だった。
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レイラは、そこで一度言葉を切り、書類の別の頁をめくった。
「ちなみに、他の管理局員たちからも、この迷宮の噂を聞かれることが増えました。中には、直接視察に来たいという者もいるくらいです」
「そんなに話題になってるんですか、俺の知らないところで」
「はい。かつて『あの死にかけの迷宮核』と呼んでいた者たちが、今では手のひらを返したように褒め称えていますよ」
レイラの言葉に、俺は思わず苦笑した。評判というのは、これほどまでに移ろいやすいものかと、あらためて実感させられる。
「これから、査察の頻度も増えると思います。国からの注目度も、これまでとは大きく変わってくるでしょう」
「厄介事が増える、ってことですか。正直、少し気が重いですね」
「むしろ、良い意味での注目です。今後の展開次第では、名称の正式登録もできますよ」
「注目される分、狙われることも増えるんじゃないですか。単純な話として」
率直な懸念を口にすると、レイラは少し表情を引き締めた。
「否定はできません。急成長した迷宮は、時として、名声を求める冒険者パーティの標的になることがあります。ですが、それだけの実力を、既にこの迷宮は備えていると、私は思っています」
レイラの言葉には、査察官としての客観的な評価と、それを超えた個人的な期待が、両方滲んでいるように聞こえた。
「何か、心当たりでも? 具体的な話とか」
「いえ、今の時点では、特には。ただ、この規模の迷宮となれば、いずれ腕に覚えのあるパーティが興味を持つのは、時間の問題かと」
レイラの言葉には、査察官としての冷静な分析と、それでも隠しきれない心配の色が混ざっていた。彼女なりに、この迷宮の行く末を気にかけてくれているのだろう。
その言葉に、俺は小さく頷いた。いずれ来るかもしれない試練を思うと、身の引き締まる思いだった。だが同時に、これだけの仲間がいれば、きっと乗り越えられるという確信もあった。
レイラが帰った後、俺はゴウルたちを集めて、彼女の懸念をそのまま伝えることにした。
「いずれ、腕に覚えのある奴らが、この迷宮を試しに来るかもしれない。そういう話だ」
「うける、というか。むかえうつ」
ゴウルが、力強くそう答えた。バドとシズも、負けじと意気込む様子を見せる。誰一人として、怯む素振りは見せなかった。
「頼もしいこと言うようになったな、お前ら」
この数ヶ月で積み重ねてきたものが、こういう時にこそ、確かな支えになる。俺は改めて、この群れへの信頼を強くした。
「名称、か」
そういえば、この迷宮には、まだ正式な名前がなかった。誰にも見向きもされなかった頃には、必要のないものだった。だが今は、少し違う気がした。
「考えておきます」
レイラは、満足げに頷くと、書類を片付けて迷宮を後にした。
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迷宮の中央には、八体の従魔たちが集まっていた。
「聞いたか、みんな。Dランクだってさ。俺たちの、正式な評価だ」
スラトが、嬉しそうに体を震わせる。アズ、ネル、ミトも、それぞれのやり方で喜びを表現していた。ゴウルは静かに、しかし確かな誇りを滲ませて頷き、バドとシズも互いに顔を見合わせている。ルクスは、俺の隣に寄り添い、大きな体を優しく擦り寄せてきた。
「ぬし、がんばった」
スラトの一言に、俺は首を横に振った。
「俺だけじゃない。みんなが、それぞれのやり方で頑張った結果だ」
「みんなで、がんばった」
スラトが、言い直すようにそう告げた。それに合わせて、七体それぞれが、思い思いの仕草で頷いた。誰か一人の手柄ではない。八体――いや、この迷宮に関わる誰もが、少しずつ積み重ねてきた結果が、今日この日に繋がっている。
レイラの査察、リディアの調査、そして名も知らぬ商人や冒険者たちとの関わり。この迷宮の外にいる人々もまた、知らず知らずのうちに、この成果の一部を支えてきたのかもしれない。誰か一人で成し遂げたことなど、何一つとしてなかった。
「お前らのおかげだよ、本当に」
思えば、たった数ヶ月前まで、この迷宮には誰もいなかった。目を覚ました時の困惑、最初のスライムが生まれた時の高揚、そして今、八体が肩を並べて喜び合う光景。地道な積み重ねの果てに、こんな景色が広がっているとは、あの日の俺には想像もつかなかった。
誰にも見向きもされなかった迷宮に、今、確かな仲間と、確かな未来があった。
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その夜、俺は迷宮の見取り図を広げ、次の展望に思いを巡らせた。
ランクが上がったことで、新しい階層への拡張権限が得られた。従魔の数も、今後さらに増えていくかもしれない。あの日目にした核の異変――その正体も、いつかは分かる日が来るのだろうか。
見取り図に、新しい階層の候補地を書き込みながら、俺は今後の展望を思い描いた。水を活かした区画、開けた訓練場、そして、いずれ増えるかもしれない新しい従魔たちの居場所。考えるべきことは、尽きることがなかった。
同時に、レイラが口にした懸念も、頭の片隅から離れなかった。名声を求める冒険者パーティが、いずれこの迷宮に目をつけるかもしれない。今はまだ先の話だとしても、備えておくに越したことはないだろう。
「みんなには、もっと力をつけてもらう必要があるかもしれないな」
誰にともなく呟いた言葉に、隣で丸くなっていたルクスが、静かに顔を上げた。
「まだまだ、これからだな。伸びしろしかない」
「ぬし、つぎは、なにする?」
スラトの問いに、俺は少し考えてから答えた。
「まずは、この迷宮に、ちゃんとした名前をつけてやろうと思う」
名付けは、簡単には決まりそうになかった。誰かに見せるための名前ではなく、この場所そのものを表す名前にしたい。そう考えると、なおさら慎重になった。
「候補は、いくつかあるんだけどな」
頭の中に浮かんだ言葉を、一つずつ検討していく。地道な歩みを表す言葉、育ちゆく命を表す言葉、そしてこの群れの温かさを表す言葉。どれも捨てがたく、なかなか一つに絞れない。
「ぬし、なやみすぎ」
スラトの指摘に、俺は苦笑した。急いで決めるものでもない。せっかくなら、誰もが納得できる名前にしたかった。
「じっくり考えるとするか。この迷宮に相応しい名前を」
スラトが、待ちきれないとばかりに、体を小刻みに揺らした。急かされているようで、俺は思わず笑ってしまった。
誰にも見向きもされなかった最弱の迷宮が、確かな一歩を踏み出した夜だった。




