さぁ 恋を始めよう 2
僕の名前は松戸拓哉
3年くらい前に報道番組のキャスターとして抜擢され、その頃からじわじわと色々な番組にも出して頂けるようになり、
先日の雑誌アンケート『イケメンだと思うアナウンサー』第一位と、10代から70代の女性に聞いた街頭調査『好きなアナウンサー』第一位を頂いた。
おかげさまで本当に仕事は充実していると思う。
今年で29才。
順風満帆に過ごしてきたツケが今…回ってきたとしか思えない。
人に話した事は無いけど…
僕には『運命の赤い糸』ってのが見える。
物心付いた時にはすでに見えていたと思うし、人間の足には『糸』が付いている物だと思っていた。
それが俗に言う『運命の赤い糸』だと分かったのは、両親にも『糸』が付いていてそれが繋がっていた事と、僕の周辺の大人にも繋がってる人が沢山いたから。
子どもだったからか、何の疑問もなく…すんなりそういう物だと理解した。
恋人同士や夫婦になる人は『糸』で繋がっている。
同時に、昔から空気を読むのは得意だったから、『赤い糸ってさぁ』と発言した時の周りの反応が
『ロマンチック〜』
『えー意外!!赤い糸の伝説知ってるの?』
と女子にワーワー騒がれ、その時のリアクションが見えてなさそうだった事から、『赤い糸』ってのは、僕にしか見えない物なのだと悟った。
それ以来、『赤い糸』の話を人前でした事は一度も無い。
僕が見ている『赤い糸』。
よくイラストで見かける手の小指に絡んだものとは違って、足先から伸びている。
蜘蛛の糸のように細くて繊細な『糸』もあれば、ピアノの弦のように強くて丈夫そうな『糸』もある。
多分…太い糸は絆が強くて、細い糸はこれから太くなっていくのかもしれないね。
誰にも確認した事がないから、確実な事じゃないけど…何となくそう思えた。
中には『糸』が繋がってない夫婦やカップルもいる。
それぞれの『糸』が別の方向へ向いているのに、どうして結婚するんだろう?って不思議に思うような人達もいる。
まぁね…みんな『赤い糸』が誰と繋がっているのか分からないのだから、間違える事もあると思う…
そういうのを見ちゃうと、オレはラッキーだと思っていた。
最初から『糸』が繋がっているのが解っているのだから、実に効率的。
間違いなく、確実な方法。
『ロマンチック』には程遠い、超現実主義者だと思うけど…
オレの『赤い糸』が一体…誰の足に繋がっているのか、想像するだけでワクワクしていたし、夢も見ていた。
なのに………
僕の足先から真っ直ぐに伸びた『運命の赤い糸』。
どうして…
目の前の男に繋がってるんだ?!
どういう事だ?
チョット待って?!
職業柄アーティストの人とも取材を通して会う事が多いから、仕事関係かな?とは考えていた。
確かに、仕事関係だ。
予想通り、アーティストの人だ。
でも…男だ。
彼の名前は、『3104』(さとし)。
『Flower』のバズリで、一躍時の人となった話題の人物。
昨日から散々見ていた彼の資料には、若い頃から歌の才能やダンスの才能を認められ、沢山の舞台に出演している事。
テレビへの露出が少ない事が書かれてあった。
昨今歌番組が少なくなっている中『Flower』はファンの地道な拡散から始まって、一気に花開いたらしく、根強いファンがいる事を知った。
そんな彼の、初めてに近いテレビへの露出がウチの番組である事を嬉しく思う。
その時に、彼の歌も聴いたけど確かに上手いと思った。
取材出来るのが楽しみだと思った…
でも…
『赤い糸』の相手とは思わなかった。
ってか男って…アリなの?!
ないないないないないないない・・・ないだろう。
「よろしくお願いします。」
目の前で、綺麗なお辞儀をする男を見てハッとする。
仕事中だ…!何やってるんだ!!
自分に喝を入れ直す。
あまりにも驚いた為に、現実を逃避していた。
オレは今日、この人『3104』にインタビューして多くの人に彼の存在を知ってもらうのと、新たな魅力を引き出し視聴者に伝えるのが目的なんだろ?!
視聴率絶対に良いぞ!ってスタッフの期待もかかってる…しっかりしろ!
「初めまして。今日…取材をさせていただく松戸拓哉と言います…」
営業スマイルを浮かべて、何事も無かったように手を差し出す。
でもやっぱり気になる…チラッと目線が足下に向く。
間違いなく…繋がってる……
「さとしです。」
再び顔を見ると、彼は柔和な笑みを浮かべていた。
そして…僕の手を取った瞬間、キュッと目をつむり、小さな音がした。
何故か…目を大きく開け、驚きの表情を浮かべている。
「どうかしました?」
…静電気?
バチッと音がすることもあるアレは痛いらしけど、自分はなったことはないから良くわからない。
それよりも『糸』だ。
平常心を装いつつも、頭の中は疑問符だらけだ。
どうして男の彼に『糸』が繋がっているんだろう…
もしかして……『さとし』は女の子?!
「今回のインタビューでは『Flower』のミリオンヒットと今後の活動をふまえて、さとしとは…に迫って行きたいと思っているのですが……さとしさん?」
言いながら、さり気なく顔を覗き込むと、見る見る真っ赤になってしまった。
「あっ……はい!何でしょう」
「いや…緊張されてますか?」
おかしい…
どう見ても男だ。
骨格は男性の物だし…のど仏もある。
性転換している人も確かにいるけど、骨まで変える事は出来ない。
「うっ……そんな事…ない…で…す。」
しどろもどろな言い方に、少し潤んだ瞳。
小さく動く、艶やかな唇に目を奪われて胸がザワザワする。
ない!ない!ない!ない!ない!ない!
あり得ない!!
「しつれいします。どうしました?さとしさん。真っ赤ですよ。すいません。松戸さん…ちょっとだけ、時間下さい。」
ディレクター曰く、さとしの敏腕マネージャーが間に割って入って来た。
おかげで少し助かった。
はっ!…助かったってなんだ?!
「いいですよ。ちゃんとリハーサルしてから撮影しますから、緊張しなくても大丈夫ですよ。さとしさん。」
「う…はい。」
マネージャーに腕を引っ張られて、部屋を出るさとし。
僕の『糸』はズルズルと彼に繋がったまま、伸びてゆく……伸びていってる……
……何でだ?
僕は普通に女の子が好きな、普通の人だよ?
僕とあの人が『運命の赤い糸』で繋がっているって事は、将来は恋人同士になるって事?
病める時も健やかなる時もって、将来を誓い合うって事?
タキシードを着て、二人で指環交換する姿が頭に浮びゾッとする。
確かに『さとし』は男にしては綺麗系だとは思った。
線も細いし、オレより身長は低かったし…驚いた表情を浮かべた『さとし』
瞳がウルウルしていた。
見上げられて…唇が薄く開いていた。
艶々してた唇。
あー何だ?何だ?!
何を可愛いって思っているんだ?オレ!!
それは無いだろう…無い無い。
とにかく…仕事だ。
仕事。
えっと…
ファンのコメントの中に『3104くんは踊るとクールでカッコいいけど、喋ると癒し系』というのがあった事を思い出す。
女の子はギャップが好きらしいから…その辺りを掘り下げて…
確かに…真っ赤になってる所は、SNSからは想像出来なかった…
チョット待て!
こんな風に、段々と彼が可愛いとか綺麗だとか
これは『赤い糸』の作用なのか?!
何で『糸』なんかに振り回されて、男と恋をしなきゃいけないんだ?
冗談じゃないぞ……何としても、抗ってみせる。
そうだよ…
運命は変えられるって、何かの本だったか有名な人が言っていたじゃないか。
何が『運命の赤い糸』だ。
僕が知らないだけで、あの糸が一生同じ人物と繋がっているって保証はないじゃないか。
もしかして…僕が抵抗したら『糸』自身が、相手が間違いだったって気付いて、他の人に繋ぎ直されるかもしれないじゃないか。
やった事無いんだから…試してみる価値はあるだろう。
「申しわけありません。」
しばらくの間部屋を出ていたさとしと彼のマネージャーが、再び部屋に戻って来た。
愛想の良いマネージャーが、頭を下げて彼を促す。
「お待たせしました。もう大丈夫ですので、ビシビシ質問してやってください。」
手招きされて、彼は僕の目の前の椅子に座った。
伸びていた『糸』は自然に巻き取られて、短くなった状態で繋がっている。
「すいませんでした。外の空気を吸ってきたら落ち着きました。」
額をかきながら、さとしは緩く微笑んでみせた。
フニャとした笑顔が素敵だ…
「さとしさんって踊っている時はクールなイメージがあるけど、普通にされていると…癒し系って言われませんか?いや……何でもないです。スイマセン。」
はっ!!一体…何を言ってるんだ僕は…
怖い。
怖すぎるぞ…自分。
「同年代だからさぁ…さとしさんって言われると照れくさいんだよね。」
「えっと…なんとお呼びしましょう?」
チラッと、彼のマネージャーを見ると何故だかうんうんと頷いている。
そっか…そうだよな。
僕は『糸』のせいで先入観があってさとしを見てしまったけど、良く考えたら同年代。
もっとざっくばらんに、話をする事だって出来るはず…
「うーん。呼びすて」
ちょっとだけ眉を寄せて、首を傾げる仕草は小動物を思わせる。
友達…ヤローの友達…
頭の中で何度も反すうする。
「いきなり呼びすては、ハードル高いなぁ〜。じゃぁ…さとしくんってお呼びしていいですか?」
よしっ!
普通に会話出来たぞ。
もう大丈夫…『糸』の事なんて気にせず、インタビューに入ろう……
「んふふ…敬語もなし。まだ本番じゃないんだろ?今日はよろしくね。たくちゃん!」
ズキュン……
微笑む彼に、一発撃ち抜かれた。




