1話 冷やしパングラム始めました
夏真っ盛りの太陽が照り付ける中、路地は陽炎で揺らいでいた。そんな強い日差しを避けるように、少女である真幌は木漏れ日の当たるような涼しげな日陰を求めて歩いていた。
「ワシャワシャワシャワシャ」
勢いよく蝉たちが、ざわめいている。
真幌は街路樹の並ぶ木漏れ日の中を通って行くうちに、いつもは通らないような袋小路に入ってしまった。それでも好奇心を持ち、日陰を辿って歩く。一方通行だったり、行き止まりだったり、ゴミ捨て場に行き当たったり、知らない道を彼女は楽しんでいた。
すると、緑樹に囲まれたトンネルの先に、一軒のお店を発見する。昼間でも少し薄暗い、緑に囲まれた欅並木のトンネルの中を通ると、ひんやりと冷たい空気が漂っていた。
お店の前につくと、「冷やしパングラム始めました」の看板が目に留まる。
「冷やしパングラムってなに?」
真幌は不思議に思いながら、お店をのぞいてみる。中には皺だらけのお婆ちゃんなのか、お爺ちゃんなのか分からない、白いティーシャツ姿の老人が、ひっそりとたたずんでいた。目は開いているのか閉じているのか分からないが、真幌の存在に気づいたようだ。古ぼけた団扇を振って涼みながら、右目だけ少し大きく見開き、彼女を覗いていた。
「……ようかい」
「冷やしパングラムって何なの?」
「フハハハハ。それに興味があるのかい? ちょっと、そこへお座り。パングラムのことは知っとるか?」
「ううん」
真幌は大きく首を振った。
「パングラムとは、仮名四十六文字を重複することなく使い切る言葉遊びじゃ。そのパングラムに、ちょっとした呪いをしたのが冷やしパングラムじゃ」
すると、年寄りは真幌に近づき、彼女の目に手をやった。
「目を閉じて、文字を頭の中で浮かべてみんしゃれ。ほれ、パングラムが出来上がってゆく。それがお前さんの作ったパングラムじゃ」
真幌は年寄りの言う通りに目を閉じ、言葉を思い浮かべる。
「汗を拭い 揺れた野路
ヒンヤリとする並木町
細目お化け去っても
真向かえに寝転ぶ童」
真幌の頭に文字が現れた。汗をぬぐいながら、陽炎で揺れた路地を抜けていく。するとヒンヤリとした欅並木のトンネルの先にお店を見つけ、年寄りがたたずんでいる。そんな意味の文字が浮かぶ。それは真幌が、お店に来るまでの景色だった。
「細目お化け去っても
真向かえに寝転ぶ童」
この言葉の意味を考えていると、真幌はいつの間にか木陰で寝転んでいることに気づいた。そこにはもう、年寄りの姿はなく、お店すら存在していなかった。
「冷やしパングラムは、いらんかえ~」
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「冷やし中華始めました」の言葉遊び「冷やしパングラム始めました」でした。
怪談話のような不思議な話で、冷っとした体験を童話のような形でパングラムにしてみました。
こちらが、パングラムの部分です。
「汗を拭い 揺れた野路
ヒンヤリとする並木町
細目お化け去っても
真向かえに寝転ぶ童」
「あせをぬぐい ゆれたのじ
ひんやりとする なみきちょう
ほそめおばけ さっても
まむかえに ねころぶわらべ」




