第10話 赤髪の女の子
門を通り抜けた俺を待っていたのは、普段とは様子の違うダンジョンだった。
まず全体的に淡く光っている。普段はマナクリスタルが淡く照らすだけの空間だが、そのクリスタルがよりきらびやかに発光しており、少し先まで見通せるほどだ。
そして空間自体に嫌な違和感がある。時空が歪んでいるような、胃をひっくり返されているかのような違和感だ。
「3層って言ってたか。じゃあ急ぐか」
そんな嫌な気配漂うダンジョンの中だが、体調は今までで一番良い。どこまでも飛んでいけそうな万能感があるといえばいいだろうか。
ゴウとブースターを唸らせながら、3階層を飛びまわる。
「くそっ見つからねぇな」
ふと立ち止まってみた瞬間、今まで来た空間が歪んだ。
「なんだ!?」
ぐねりと曲がった空間はまるで練り菓子のように捻り混ざり合い、やがて新たな一本の道へと変化した。
「なるほど、これが変遷ってやつか」
なぜダンジョンに機械の手が入らないのか、地図なるものが存在しなかったのか。
それもこれも、変遷によって内部がぐちゃぐちゃになるからだろう。
「もしかして飛んでなかったら俺も今頃……」
後ろの新たな姿になった道を見て、ぞくりと背筋を嫌なものが通り過ぎた。
「いや、そんなこと考えてる場合じゃねえ」
そう呟いたときだった。
「きゃーっ!」
いつもより聴覚が冴えてるからこそキャッチできた、かすかな叫び声。
「こっちか!」
俺はなりふり構わずに、ブースターを最大出力で点火した。
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「確かにこっち方向だったんだが」
そっちにいたのは、大きなクマ型のモンスターだった。ちなみに今は俺の腕の中で物言わぬ屍になっている。
「なんか良い機能ないかな」
眼前に表示されるモニターを探ってみれば、生体感知器なるセンサーが搭載されているようだった。
「……何用の機能なんだこれ」
しかし今は緊急時である。そんなこと言っている場合ではない。
「センサー、オン!」
機甲から電波のような何かが発せられ、そして計測結果がモニターが映し出される。
「ああなんだ。こんなに近くに隠れてたのか」
そこは道から死角になっている洞穴のような空間だった。
覗き込めば、制服姿の女の子が――
――歯をガタガタ言わせながら、目を見開いて、首を振りながらこっちを見ていた。
「あっえっと、助けに来たよ~」
「ひっひぃっ!」
あーだめだ、完全に警戒されてる。まあそれもそうか。話すリビングアーマーなんて普通いないからな。
「ま、まって。助けに来た、OK?」
「あたし、もう終わりなのね……ガクリ」
「いや、ガクリって口でいうやつがあるか」
「リビングアーマー風情がツッコミしてくる幻覚をみるなんて」
「まて、とにかく落ち着いてくれ。ここから出よう」
「無理よ、私はいまからウォーベアをワンパンする強さのリビングアーマーに殺されるんだわ」
「……いがいと余裕あるだろお前」
「ないわよ。変遷に巻き込まれて生還した探索者はいないわ」
「じゃあ1番目になればいいだろ」
「というかなんなの?死に際に見る夢?」
「俺はちゃんと存在してる!」
「じゃあなに、助けに来たヒーローとでもいうわけ?」
「ヒーローっぽいだろ?この見た目」
がちゃがちゃと機甲をかき鳴らす。
「あまりにも悪人面すぎるヒーローね」
「そ、そうか?」
「まあこの際ヒーローでもダークヒーローでもいいのよ」
赤髪の子は土埃を払って二つ結びの髪をいじる。
「私を助けてくれるの?」
「ああ、助けに来た」
「ははっ、ふふっ」
「何がおかしい」
「笑ってないとやってられないわよ。変遷で人生終わったと思ったらリビングアーマーが助けに来るんだもの」
「やっぱ余裕あるだろおまえ」
「ないわよ。でも、一筋の希望が降り注いだ瞬間、最初に沸き立ったのが笑いだっただけ」
赤髪の子は手を伸ばしてくる。
「さあ、私を助けて見せて、私の王子様」
「……はぁ。仰せのままに」
俺はその手を取った。
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「なあ、苦しくないか?」
「いいえ、むしろいい気分ね」
お姫様抱っこの形で腕に抱えた子を気遣いながら、俺はブースターをふかしていた。
「まさか足が折れてるとはな」
「変遷の兆候に気付く前の戦闘でちょっとね」
「一緒に潜ってた子にはなんて言ったんだ」
「えっと……いいえ、口には出せないわ。ひどいことを言ったもの」
「ひどいこと?なんのために」
「彼女が私を置いていくようによ。でなければあの子まで変遷に巻き込まれるもの」
「ひどいことを……ね」
何を言ったのかは深く詮索しなくてもいいだろう。
なぜなら、そのひどいことを言われた女の子は、泣きながら友人の助けを求めていたのだから。
「合わせる顔がないわ。ふふっ生きて帰れたらね」
「帰れるさ。そのために俺がきた」
「簡単に考えすぎよ。変遷はダンジョンの自浄作用。養成校で学ばなかったの?」
「あいにく、入学したてでな!」
おっとあぶない。曲がり角で接敵した相手を壁にめり込ませながら、先へと急ぐ。
「じゃあ教えてあげる。この変遷の調査のために国はビーコンを設置したわ」
「そのビーコンが消えたってことか?」
「消えたならいいわ。問題は消えずに、奥深くの空間がある場所から信号が出ていたの」
「つまり通路がシャッフルされるのか」
「だからきっと……ここはもう第3層ではないわ」
目の前に唐突に、天井から何かが降り注ぐ。避けるためにブレーキをかけると、ソレは天井から壁を伝って這い寄ってくる。
濁った身体。土砂や遺物などが体内を蠢く。眼のような器官がぎょろりとこちらを見据え、いびつな発声器官が声ならぬ声を紡ぐ。
「マッドクロウラー、たしか15層以降のモンスターね」
マッドクロウラーは道を塞ぐように身体を伸ばしている。倒していくしかなさそうだ。
「ちょいとこれは厄介そうだな」
「スライムが暴食した結果という説が濃厚よ」
「ってことは物理攻撃に対して……」
「ええ、スライム以上の耐性を持っているわ。ちなみに燃やしてもだめよ。有害ガスが出るわ」
「ちょっと待て」
物理攻撃はダメ、延焼もダメ。俺の武器の両方が防がれてる。
「まずい、手詰まりになったかも」
「……嘘でしょ」




