無言の帰宅
私が昔から、様々な物と話をするのが好きだった。
それは1人っきりで夢想するような時もあるし、小さな子供を相手にぬいぐるみとかを動かしたりもした。
最近は古本を擬人化したりして話をしたりする。
小説をwebで書いているので、そんなことも必要なのである。
が、やりすぎると、情が移って処分できなくなるから気をつけないといけない。
本棚以外に、段ボールにしまった本をたまに取り出しては話しかける。
こんなことは、誰にも言える事ではないが、やっている時は楽しいものである。
今回は、ノストラダムスの予言書を取り出した。
この系統の本は世紀末に量産された。とにかく、ノストラダムスと書いてあれば売れた時代だと、誰かが言ってた、そんな時代だった。
私はそれを取り出して、最近、ネットで拾った話題を本に話しかける。
この時、ヘットフォンで何か曲を聴きながら、コーヒーを片手にリラックスして話しかける。
擬人化する時もあるし、しない時もある。
まあ、面倒くさいので窓から景色を見ながら背後の何かに話かけるようにすると、擬人化しなくても気にはならない。
「なんか、今は日本語が大変らしいわ。で、若者に日本語なのに意味が通じないものが出てきてるみたいだよ。」
私が本にいった。
「ノストラダムスの4行詩はいまだに理解されていないけれどね。」
本は笑う。私は渋い顔になる。確かに、あの詩はなんだったのだろう?核兵器に冷戦にさまざまな解説でいまだに新解説がネットを賑わせている。
「そうだね。19世紀にはシュメールの粘土板の詩の翻訳で数カ国の学者の翻訳が一致したっていうのにね。はは。そういわれると、困るけれど。でも、日本人が日本語を理解できないのって、やっぱり、違うと思うんだよね。
『無言の帰宅』って言葉があるじゃない?」
「ああ、その家の人物の亡骸が家に戻ることだろう?」
「うん。それがね、今は何も言わずに家族が帰ってくる、その様子を表してるって思われてるんだって。
こんな日本語もわからないのかって、誰かが嘆いていたよ。」
私はため息をつく。こういうネガティブな表現は間違ったところで使うと恥をかくから心配なのである。
本はしばらく何も言わなかった。私は深夜の夜空を見つめていた。
時代は変わっている。夜空も明るくなって、子供の頃のような星の降るようなそんな空は見られなくなっていた。
「でも、それは若者の方が正しいと思うぞ。」
しばらくして、本がつぶやくように言った。
「どういうこと?」
「人は家を出てなくなったら、もう、帰宅はできないからだよ。」
と、本に言われて反論しようと思った。が、何も出てこなかった。
確かに、生活様式が変わった事で病院で亡くなった場合、最近ではそのまま葬儀場に直行が主流になってきたからだ。これは家族葬など、葬式の規模が小さくなったこともあるし、不動産を売却する時の査定額にもかかってくる、団地など、高所に住む人が増えて、運ぶのが大変になったこともあるんだと思う。
極め付けは、数年前の感染症の流行だ。こういう時、死体は家族とすら別れをいう機会が奪われる場合も出てくる。
「そうだね。確かに、『無言の帰宅』なんて、贅沢な時代になったのかもしれないわね。」
私はため息をついた。
「ああ、前の主人もほんの少し、病院にゆくとそう言って別れたよ。退院したら、また、読むとそう私に言い残してね。本棚はそのままにいったんだ。
でも、それっきりだ。そして、私は売られてしまったんだ。ベテルギウスの爆発を一緒に見ると約束したまま。」
本の言葉が寂しく心を打った。確かに、人はいつ亡くなるか分からないし、入院する時に亡くなることを考える友人はいない。みんな元気に退院できると信じている。そして、家に帰りたいと願うのだった。
「ベテルギウスの爆発は、私も見られないと思うわ。仕方ないよ。」
少し切なくなりながらも茶化したように本にいった。
「でも、おまえさんは、私を置いて逝くんじゃないぞ。ちゃんと自分で処分してくれ。」
本の言葉が胸をついた。果たして、そこまで覚悟を持って生きられるのだろうか。
しばらく、考えて、私は本を手にして言った。
「そうね。少しはネットに慣れたし、頑張ってアンタが売れるように頑張るわ。いつか、ベテルギウスの爆発を、その誰かと見られるといいわね。」
私は本を見ながら覚悟を決める。
ああ、自分の本はともかく、古本をなんとか一冊でも売り抜けて死にたいものだと。
いつか、もう少し有名になって、古本店で特集を組んでくれる、そんな人物になりたいものだわ。
そんな妄想をした。古本を売りながら旅をして事件を解決する、フリマ探偵なんて話、面白そうだな。
と、バカなことを考えながら本をしまうと、本が笑ってこういった。
「ベテルギウスが爆発したら、人類が滅亡するかもしれないし、私は主人と。私を友と大事にしてくれたあの方と見たかったのだ。誰でもいいわけではない。
私を見送るのも、お前じゃないとな。友達ではないか。」
どこからか、もの寂しい虫の声が秋を歌ってた。