星の配置図
大賢者ロータスが呟く終わりと始まりの音
石造りの塔の最上階。
幾千の書物が積まれ、積み重なった知識の山は天井に届こうとしていた。
蝋燭の炎が揺れ、その光に浮かぶのは一人の男──大賢者ロータス。
その瞳は深い闇のように澄みきっていたが、どこか乾いていた。
彼は長命の術を身につけ、まだ一千年は生きられる身体を持っていた。
だが──その心はすでに終わりを迎えていた。
「強き者も、もういない。賢き者も、もういない」
低く漏れた声は、広間に虚しく響いた。
かつては竜を討ち、魔を退け、王に叡智を授けた。
どんな問いも答えを持ち、どんな難も解いてきた。
だが、気がつけば。
自分より強い者も、賢い者も、もうどこにもいなかった。
戦場に立っても勝敗は決まりきっていた。
謎に向き合っても答えは見えすぎていた。
人の涙を救おうとしても、繰り返す絶望の形は知りすぎていた。
その全てが、退屈だった。
「…………飽きた」
たった一言に、すべてが凝縮されていた。
彼は絶望してはいない。ただ興味を失ったのだ。
世界を見尽くし、未知の欠片すら残っていなかった。
⸻
ロータスは立ち上がり、石床に指先を走らせた。
幾何学のような紋様が浮かび上がり、光が走る。
──転生魔法陣。
魂を別の世界へと渡す、禁忌の術。
「この世界には、もう学ぶものがない。
ならば、まだ見ぬ世界へ行こう。
未知があるなら、そこにこそ……生の価値がある」
淡く笑みを浮かべた。
それは勝者の誇りではなく、ただ一人の旅人の表情。
「さらばだ、退屈な世界よ」
魔法陣が輝きを増し、塔の書物が光に呑まれて消えていく。
強者を求め、知を求め、それでも満たされなかった賢者の魂は、
流星のように虚空を渡り、新たな世界へと飛び去った。