不貞の証拠として生きてる気持ちってどう?
「初めましてお異母姉さん、異母弟の朝日です。」
「初めまして!異母妹の真昼です!」
「そうですか。貴方達の父親と血の繋がりのある奏です。今回わざわざ何か御用なのかしら?」
「っ!…えっとですね、父が少し前に癌と診断されまして。」
「そうですか。」
「幸いステージ2でしたので手術すれば比較的問題ないと診断されました。」
「そうですか。」
「ですが、その手術がそれなりに厄介でして、癌が見つかってからずっと父が生き別れた貴女に会いたいと申しておりまして、それで…」
「お話しはわかりました。」
「でしたら!」
「いいえ、私は会いません。会いたくありませんし、死んでもどうとも思いません。」
「!?」
「そんな!」
「25年も放置しておいて今更なんですよ。」
「…それは…そうですが…!」
「ひどい…」
「ひどい?良くそんなことが言えますね、貴方達は自分のご両親からどう聞かされているのか知りませんけど」
「?」
「私と母は貴方達の両親の不貞のせいで捨てられ苦労しました」
「!?」
「嘘…そんな…」
「ところで貴方おいくつ?」
「…自分ですか…?24歳ですが…」
「あぁ、じゃあ貴方があの時にあの女のお腹にいた不貞の証拠なのね」
「…!」
「…まさか!」
「本当のことよ?貴方達の両親は不貞して母に離婚を強要したにも関わらず、慰謝料や養育費の支払いなどから逃げようとしたから、母とあの男はすぐには離婚しなかった。」
「父が…」
「お父さんが…ほんとに?」
「えぇ、母とあの男とあの女の両親や家族をも巻き込んで色々あって、ようやく離婚したのは朝日さん、貴方が生まれる数ヶ月ほど前と聞いているわ」
「…では自分は本当に不貞の…」
「えぇ、生きている限り生き証人?証拠?でしょうね」
「そんな…」
「お兄ちゃん…」
「そんな経緯があるし、母と別れてから会うこともなかったから、正直言って血が繋がっているだけの他人なのよね、感覚として」
「…」
「もう顔も覚えてないくらいだから、会ったところでって感じかしら?」
「今更あの男が私に会う理由もよくわからないわ。あの男には貴方達のお母さんと貴方達がいるのだから別に会う必要もないでしょう?」
「…」
「それとも『手術費を出してくれ』とかそう言ったことかしら?
それこそ他人に近い人間を助けたい理由もないから無理な話ね」
「そんなこと!」
「お父さんはそんなつもりじゃ!」
「そう、でもまぁどうでもいいわ」
「どうでも…」
「ひどい…」
「そう思えるということは貴方達は幸せに暮らしてきたのね。さっきも言いましたけど、私と母は貴方達の両親のせいでかなり苦労してきたのに…ね」
「それは…」
「正直言って貴方達と会うのも気分の良いことじゃないのよね」
「きょうだいじゃないですか!」
「だからなに?」
「だからって…」
「さっきから言ってるでしょう?血の繋がりがあるだけの他人だって」
「そんな!」
「貴方、朝日さんですっけ?貴方が生まれたこと自体に罪はないかもしれないわ、妹さんは正式にご結婚された後のお子さんですから余計に。それに子供は親を選べないですし」
「それは…」
「でもね、だからと言ってこちらが貴方達を受け入れられるかは別問題」
「…」
「もう二度と連絡してこないでくださいね。貴方達の家族ごっこに付き合う義理も義務もありませんので」
「家族…ごっこ…」
「そんな…」
「今回は、わざわざ興信所を使ってまでもコンタクトを取ってきたそちらに、これ以上付き纏われたくないからとりあえずお会いしただけ」
「…そうなのですか」
「えぇ」
「…」
「そうそう、あの男に私のことを聞かれたらこう伝えてください」
「えっ?」
「苦しんで勝手に死ね、私の前に不貞した男も不貞の証拠以下も見せるな。
こちらに二度と関わるな。お前には不貞の結果がいるのだから、そちらで満足してろ」
「…っ!」
「ひっ!」
「まぁ病気の中年に鞭打つようなものですから、伝える伝えないはどちらでも構いません。ただ私は金輪際関わるつもりはありません。どうしてもと言うならここに連絡してください」
「…法律事務所?」
「えぇ、今後は弁護士を通してください。
ここの伝票は払っておきますから、せいぜいこの香りの良いコーヒーと人気のクリームソーダでも楽しんでください。では」
彼女が颯爽と立ち去った後の喫茶店には年若い男女が項垂れていた。
初めて入った純喫茶の喫茶店を堪能する余裕すらなく、目の前のクリームソーダが溶けていくのを涙を浮かべながら虚な目で見つめる妹と、こんなはずではなかったと頭を抱えた兄が残されていたのだった。
兄side
自分達の親がそんなことをしでかしているとは知らなかった。
ただ父には前妻と子供がいるとだけは知っていただけで。
最近になってその前妻との子供、異母姉にあたるらしい彼女に会いたいと弱音を吐く父のために、まだ社会人として出たばかりの妹とお金を出し合って興信所に頼んだ結果が今日の会合だった。
父のためだけじゃない、父が「良い子だった」と言う異母姉に会ってみたかった思惑もあった。
だが結果はこれだ。
前妻との別れが不貞、不倫じゃなければこんなことにはならなかったのだろうか?
だが彼女は父は長年放置していたと言っていた。
問題なく別れて母と結婚してても、同じようになりそうな気がする。
彼女は私の10歳上だと聞いた。
であるならば、両親と前妻とのいざこざを知っているのではないか、いや覚えているのではないか。
それなら捨てておいて今更と思っても仕方ないのかもしれない。
どうすれば良いのか。
父には見つかったと言ってしまってる。
どちらにしろ結果は言わないといけない。
隣にいる妹は両親の事実を知ってかなりのダメージを喰らっている。
両親は本当に仲が良くて妹の理想だったのだ。
それが脆くも崩れ去った。
両親の言っていた真実の愛、運命的なの恋とやらはただの不貞だった。
もちろん、両親が私達兄妹を慈しみ育ててくれたことは事実だし変わることはない。
だがどうしても見方は変わるだろうし、今までの通りにはいかない。
父はなぜ今になって前妻の娘のことを気にかけているのだろうか?
しかも脳内で勝手に作り上げた娘が自分を受け入れてくれると思い込んでいた。
今回は前妻の実家が場所は変わっていなかったようで、そこに今住んでいる異母姉の叔母から連絡が行って、そこから興信所と異母姉との直接やり取りがあったと聞いた。
自分達が用意できるお金との兼ね合いで、異母姉の必要最低限の情報のみを知るだけで深掘りはできなかった。
だが詮索しなくて良かったのかもしれない。
もう向こうから会わないと言われてしまった。
多分、冠婚葬祭の類いでも連絡したところで意味はないだろう。
父に対してあの様な言葉を吐いていたのだから。
異母姉のことを色々知ってしまえば、今後未練が生まれるかもしれない。
これで良かった、そう思うしかない。
あぁ、それにしても帰るのが憂鬱だ。
それにせっかくの目の前のコーヒーの味がわからない。
妹に至ってはクリームソーダが溶けていくのを呆然と見るしかないようで、口をつける様子が見受けられない。
異母姉からの最初で最後の奢りは二度と味わいたくない代物になってしまった。
しばらくはコーヒーを飲む度に苦い気持ちが湧いてくるだろう。
素直な妹はクリームソーダを二度と飲めなくなるかもしれない。