3 不動産屋
その日の午後。私は新居を購入した不動産屋へ向かった。
「水の音? 雨漏りなどの不具合ですか?」
「いや、そういう訳ではないんですが……」
私は、正直に最近見る「水滴の夢」や、耳が水で濡れたこと、あと、息子の絵の話をした。
こんな変な話、まともに聞いてくれないよな……話し始めたことを後悔した私だったが、意外にも不動産屋は真剣に私の話を聞いてくれた。
「なるほど、水ですか。うーん……」
不動産屋が腕組みをして唸った。そして、少し考えてから私に言った。
「あの物件は仲介でしてね。こちらで把握している限り、特に問題はないんですが……」
そう言いながら席を立った不動産屋が、ひとつのファイルを持って戻って来た。私が購入した戸建てを含む宅地のエリア図だった。
「この宅地を開発したのは地元の建売業者さんなんですが、実は、そこの社長さんが先日亡くなりまして」
「亡くなった?」
「ええ。若い独身の社長さんだったんですが、自宅の寝室で亡くなっていたのを社員が見つけたそうなんです。ただ、ちょっと気になる話がありまして……」
不動産屋が、周りを見回した後、私に顔を近づけ、小声で言った。
「……その社長さん、なぜか溺死だったそうなんですよ」
「溺死?!」
「ええ。亡くなっていたのはベッドの上で、どこも濡れてないのに、何故か肺に水が入っていたらしく……警察も頭を抱えているらしいんですよ」
私は、思わず右耳に手を触れた。
……ぽたり。
昨晩の水の感触が思い起こされた。
† † †
夕方。私は不動産屋とその知り合いの老大工を連れて、自宅に戻った。無理を承知で不動産屋に相談したところ、不動産屋が手配してくれたのだ。
驚く妻に事情を説明した後、私は不動産屋と老大工と一緒に、家の中を見て回った。
「うーん、やはり特に変なところはなさそうですね」
ひととおり見終わり、リビングに入ると、不動産屋がそう言った。老大工は無言のままだ。
「あとはこのリビングですね……あ、あれが例の絵ですか」
不動産屋がリビングの床に残されていた画用紙に気づいて言った。息子は横のソファーで眠っている。
「ええ、そうなんです。何の絵か分からず気味が悪くて……」
私が苦笑しながらそう言うと、老大工がその絵を見て呟いた。
「黒い丸に水玉か……」
そして、その絵が置かれていた場所に座り込み、床に耳をつけた。
「ど、どうされました?」
驚く私に、老大工が自身の口元に人差し指をあて、「静かに」とジェスチャーで伝える。
妻がつけっぱなしになっていたリビングのテレビを消した。一同が無言で老大工を見つめる。
「そうか……あの社長、やりやがったな」
しばらく床に耳をつけてじっとしていた老大工がそう呟くと、立ち上がり、私の妻に言った。
「奥さん、日本酒と塩と米はありますか?」
「え、ええ……」
「とりあえず有り合わせのものでいいんで、コップとお皿に用意して、ここに置いてもらえますか」
「な、何かあったんですか?」
驚き尋ねる私に、老大工が厳しい顔で床を見つめながら言った。
「井戸だ。この下に井戸がある」