2 黒い絵
「水滴の夢」は、その後も続いた。心配になった私は、意を決して精神科を受診してみたが、特に問題はないようだった。
「まあ、仕事のストレスか何かで疲れが出てるのかもしれませんな。とりあえず睡眠薬を出しておきましょう」
医師にそう言われ、薬局で睡眠薬を処方してもらった私は、その晩、睡眠薬を服用して布団に入った。
ぽちゃん……ぽちゃん……
暗闇の中、水滴の音が聞こえる。
またこの夢か……
いつもと異なり、夢の中でぼんやりと私がそう考えていると、水滴の音が徐々に近づいてきた。そして……
ぽたり。
「わっ?!」
私は驚いて布団から上半身を起き上がらせた。右耳に手を持って行く。何故か右耳が水で濡れていた。ひんやりとした冷たい水だった。
「どうしたの? また悪い夢を見たの?」
妻が目を擦りながら私に言った。
「ああ。あと、雨漏りがしてるみたいだ」
「雨漏り? ここ数日、雨なんて降ってないわよ?」
天井を見上げながら、妻が不思議そうに言った。私も天井を見上げる。
常夜灯に照らされた薄暗い天井。雨漏りの跡は見つからなかった。
† † †
翌朝、土曜日。キッチンでお皿を洗い終えた私がリビングへ行くと、息子が床に座って画用紙にクレヨンで絵を描いていた。
大きな円を描き、その中を黒色で塗り潰し続ける。
「何を描いてるの?」
私が息子に聞くと、息子は絵を描きながら言った。
「暗いの」
「暗い?」
「うん。真っ暗」
息子は、画用紙の円の中を黒色で塗り潰し続ける。
ちょうどその時、洗濯物を干し終えた妻がリビングに入って来て私に言った。
「最近、この絵ばかりなのよ……」
「どこか具合が悪いのかな?」
「ううん、元気よ。近所の友達とも仲良く遊んでるし、特に問題はなさそうなんだけど」
私と妻が絵を描く息子を見守っていると、息子が水色のクレヨンを手に取った。
黒く塗り潰した円の周りに水色の丸を何個も描いていく。
「ぽちゃん、ぽちゃん」
息子はそう呟きながら水色の丸を描き続けた。驚いた私は息子に聞いた。
「それは何?」
「水だよ! ぽちゃん、ぽちゃん」
「水の音が聞こえるの?」
「うん」
「どこから?」
「ここ」
息子が水色の丸を描きながらそう言った。私と妻は顔を見合わせた。何も聞こえなかった。